[Publisher] MASHING UPより転載
「在宅勤務制度」や「ロボットによる業務自動化(RPA)の導入」などにより、社員の働き方が大きく変わったことで注目されるオリックス・ビジネスセンター沖縄(以下、OBCO)。同社はオリックスグループのシェアードサービス企業であり、法人向け金融サービスの与信申し込み受け付けや契約条件の確認などを担当。現在は778名(男女構成比:女性88%、男性12%)が従業員として働いています(※)。
※2019年4月1日現在
特筆したいのは、ある社員が自らの働き方を変えたことをきっかけに、会社に新たな勤務制度を提案したことから、働きやすい職場づくりのリーダーに任命され、業務改革がスタートしたということ。その結果、介護や子育て中の人、遠方に暮らすため在宅を望む人など、多様な個人が生き生きと効率的に働ける会社になったといいます。
組織戦略論・戦略リーダーシップ論を専門とする野田智義さん(大学院大学至善館 理事長、アイ・エス・エル ファウンダー)も、これから必要とされるリーダー像について「リーダーは人を引っ張るのではなくまず自分をリードすることから始まる。まずは、自分が自分らしく生きているというしなやかさ、たしかさがあることが重要であり、自立することがすべての原点。その自立があって初めて、他者を認めたり、尊重ができるようになって、多様性が生まれる」と話しています。
キャリアコンサルタントでWaris 共同代表の田中美和さんを聞き手に、リーダーとしてOBCOの業務改革プロジェクトを推し進めた平良一恵さん(現・オペレーション事業本部副本部長)、そして、平良さんたちが10年をかけて培ってきたOBCOの社風を受け継ぎ、人材育成に携わる德田侑季さんとの鼎談を実施しました。
平良さんの歩みはこれからのリーダー像の好例、そして、OBCOの取り組みはこれからの組織づくりの好例といえるでしょう。その10年の道のりを紐解きます。
母としての自身の苦悩が原点。「正」の字を書くことから始まった業務の可視化
田中美和(以下、田中):在宅勤務やRPAの導入など、業務改革を推進することになったきっかけは何だったのでしょうか。
平良一恵(以下、平良):在宅勤務推進は、私の経験が元になっています。当時小学5年生だった娘が体調を崩してしまって。そのころの私の帰宅は毎日夜10時くらい。弱った娘の姿を見て、「退職してそばにいよう。そうするしかない」と覚悟を決めました。ですが、上司に相談したら、勤務時間を午後だけにするなど柔軟に対応してくれ、おかげで私は仕事を続けることができました。
弊社は、社員の約9割が女性です。この経験をきっかけに、これからも同じような理由で辞めざるを得ない人が出てしまうのではないかと考えるようになり、在宅勤務制度をつくるプロジェクトを立ち上げました。
ただ、私たちの仕事は365日の対応が求められます。金融関連の業務も扱うためセキュリティ対応のハードルも高く、在宅勤務制度を導入しても社員全員が使うことはできません。そこで、フレックス制度や1時間単位で取得できる有給休暇制度(時間単位年休制度)などを同時に整備しました。
田中:在宅勤務、フレックス、1時間単位の有給休暇制度、3つ同時とは大きなチャレンジですね!
平良:はい、始める前には役員からも疑問の声があがりました。「セキュリティはどうするのか」「仕事の進捗をどう管理するのか」と。それらの解決に役立ったのは、2008年のリーマンショックをきっかけに導入したタスクを細分化して、仕事を可視化するプロジェクト「ECOまる(E-効率でゆいまーるの略)」です。
リーマンショックの影響でバックオフィス業務の改革が急務となり、「社内で複数あるチーム間の“ゆいまーる(沖縄の方言で「助け合い」)”で、効率よく働くことを考えたんです。そのためには、各チームの業務の見える化が必須。「どの社員がどの業務をどのくらいの時間をかけてやっているか」というデータを蓄積していったところ、チームごとに閑散期と繁忙期が異なることがわかり、閑散期のチームはほかのチームを助けるなど、ゆいまーるができるようになりました。リアルタイム計測ツールとVDI(※)の導入により、業務毎の進捗が遠隔でも把握でき、スムーズな在宅勤務制度の導入に繋がりました。
※仮想デスクトップインフラ Virtual Desktop Infrastructure。デスクトップ環境を仮想化させて、サーバ上に集約させる仕組み。
田中:画期的なメソッドですよね。全スタッフの全業務が細分化され、その進捗がリアルタイムでわかる。2008年当時は進捗管理をエクセルでしていたとか。
平良:このメソッド構築の過程は、涙なしには語れません(笑)。
弊社はオリックスグループの11社から業務を請け負っているのですが、その一つ一つの業務プロセスをアクティビティ単位で区切り、進捗を管理しています。現在は独自のシステムで計測していますが、約10年前のスタート時は、1時間あたりに処理した件数を「正」の字で紙に書いていました。
書くほうもチェックするほうも膨大な量になります。正直やりたくないですよね(笑)。社員の抵抗もかなりありましたが、何度も実施する意義を説明して協力をお願いし、ようやく応じてくれた3つのチーム、計30人程度から始めました。現在は800人近い社員の業務の進捗を計測しています。
組織のメリットと個人のメリットがリンクすることを伝え続け、改革の意義を浸透させた
田中:德田さんは、実際の入力作業に関してどう思われていますか?
德田侑季(以下、德田):「忙しいのに、何でこんなことをするの?」という思いはありました。でも、上司が「実施する理由と効果」をきちんと説明してくれたので納得できました。実際、勤務時間が8時間から7時間に減り、フレックス制度の利用や有給休暇の取得もしやすくなりました。また、計測の履歴が残っているので、自分の成長の過程が見える良さもあります。
田中:管理職の方と部下にあたる社員の双方が「効率的に働く」という価値観を共有するには、苦労があると思います。
業務の効率化を目標の一つとされる管理職はこれにコミットする気持ちも強いですが、部下からしたら「今でも一生懸命やっているのに」と押しつけられている感覚になることもあります。この差をなくすために平良さんが留意していることは何ですか?
平良:やはり、「自分たちに還元される」ということを理解してもらうことがキーだと思います。
作業の可視化以外にも、中間管理職にある程度の裁量権を与え、チームごとの簡易P/Lを持っていることも価値観の共有につながっているかもしれません。1年ごとに、委託元からいくらいただいて、どうチームを回すとどれだけの利益があがるのかを管理しています。効率化で得られた利益をグループへ還元すると同時に、2018年には所定労働時間の短縮、退職金制度の導入などが実現しました。
働き手の多様化は、新たな雇用による社会への貢献とビジネスチャンスにつながる
田中:御社は2016年からクラウドソーシングの本格活用も始めているんですよね。いち早くRPAも導入しています。
平良:「働き方の多様化」に加え、「働き手の多様化」を考えています。クラウドソーシングを推し進めることで、小さなお子さんがいて家を空けられない方など、短時間で働きたい方に働いてもらっています。現在、クラウドワーカーは県内外あわせて70人弱。月収数万円の働き方をする方が多いですが、生活の足しになり、社会と繋がっている満足感を得られるという声もあって、私たちも雇用創出の喜びを感じます。
RPAについては、現在106体のロボットが、一カ月あたり20〜30人分の仕事をこなしています。社員がしていたルーティンワークをロボットが肩代わりするかたちになるので、一般にはRPAを「人間の仕事を奪うもの」と捉える風潮もありますが、私たちは「仕事を奪われる心配をするより、早く味方につけたい」と考えています。
ルーティンワークをロボットが代行してくれるのであれば、それによって生まれた余力時間で、社員は営業やクリエイティブな業務など、ロボットにはできない仕事にチャレンジすることができます。
常に一歩前へ。OBCOに根づいたマインドが業務改革を成功に導く
田中:どうして、OBCOではこのような改革を次々と進められるのでしょうか?
德田:2016年に弊社のマインドを明文化してみようと始まった「KUKURUプロジェクト」(※)を進めていてわかったのですが、「常に一歩前へ」というマインドが浸透しているからだと思います。この言葉は、先輩たちの会話によく登場する「まずはやってみる」という言葉がもとになったものです。
※「KUKURU」=沖縄の方言で「心」
先日は入社2年目の子が「まずはやってみます。できなかったとしても、そのときは必ず支えてくれる先輩がいる。だから安心してトライできる」と言っていて。そんなふうに先輩たちから受け継がれている社風があるから、みんな業務改革にも積極的に挑戦できるんだと思います。先輩たちが築き上げてきたものを土台に、これからは私たちがリーダーとなって会社を発展・進化させていきたいです。
田中:前向きな社風や価値観が脈々と継承されているんですね。バリューシェア(価値観の共有)は企業のキモですよね。共通のバリューが社員にしっかりと浸透していれば、それに基づいて行動する人々は同じ方向を向いた同士であって、それぞれの個性を認めあい、それぞれの方法で活躍することができます。
そして、そんな社員たちの働き方を支える御社の取り組みは、素晴らしいという一言に尽きます。
日本の働き方の課題は、業務が属人化されていて、見える化されていないのが最大の問題です。でも、御社は属人化させず、体制を整えている。また、在宅勤務やRPAの導入なども、他社ではセキュリティの問題などさまざまな課題を前に二の足を踏んでいるところが多いのが現状です。でも、御社には「まずはやってみる」というマインドあった。そんな色々な要素が組み合わさった結果だと思います。
一人のリーダーから始まった働き方改革は、理解してくれた数チームの協力を経て、しだいにOBCO全社へと広がっていきました。また、業務の見える化による効率化を手始めに、新たな勤務形態・制度の最適化がなされ、働き方の多様化を実現。さまざまな個人が、それぞれの事情や思いにあわせて、生き生きと働ける組織を生むことに成功しています。
この成功によってOBCOには現在、冒頭の野田智義さんの言葉のように「自分が自分らしく生きているというしなやかさ、たしかさのある人材」が多く存在し、「他者を認め、他者を尊重できる」組織運営がなされています。OBCOの10年の道のりは、多様な個の力を生かすこれからの組織づくりに大いに参考になるものでした。
- 平良一恵(たいら・かずえ)
オリックス・ビジネスセンター沖縄株式会社 オペレーション事業本部副本部長、業務編成部 兼 第1事業部部長。 - 德田侑季(とくだ・ゆうき)
オリックス・ビジネスセンター沖縄株式会社 総務部人事チーム チーフリーダー。 - 田中美和(たなか・みわ)
株式会社Waris 共同代表。国家資格キャリアコンサルタント。編集記者を経て現職に。これまで取材・調査を通じて接した働く女性の声はのべ3万人以上になる。
記事制作/MASHING UP 撮影/TAWARA(magNese) 取材・文/土田ゆかり