事例に学ぶ!中堅・中小企業が新規事業・事業転換で成功する秘訣

[監修]早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄
本記事は2025年4月時点の情報を基に作成しています。

人手不足や物価上昇などにより、中堅・中小企業は厳しい経営環境にさらされている。早稲田大学ビジネススクールの入山 章栄教授は、「新規事業の立ち上げや事業転換などの改革を行えば、さらなる成長を実現することも可能」と語る。そのための秘訣(ひけつ)や注意点について、具体的な事例を挙げながら解説していただいた。

中堅・中小企業が新規事業・事業転換に挑むべき理由

──入山先生は経営学がご専門であり、とりわけ中堅・中小企業の新規事業や事業転換についても深く研究されています。現在、中堅・中小企業にとって、新規事業や事業転換はどのような意味や意義を持つのでしょうか。

中堅・中小企業にとって、新規事業や事業転換はもはや単なる成長戦略ではなく、事業存続のための現実的な選択肢だと言えます。

というのも、これからの中堅・中小企業は、かつてないほど多くの構造的課題に直面することとなります。既に経営のかじ取りが難しくなっている企業も少なくありません。

最も深刻なのが、人手不足です。これは今に始まった話ではなく、少子高齢化の流れの中でますます加速していくでしょう。加えて、インフレに伴う原材料価格の高騰やコスト増も経営を圧迫しています。こうした状況下で「現状維持」の姿勢でいることは、リスクでしかないのです。

だからこそ、新規事業の立ち上げや既存事業の見直しといった「変化への対応」が重要になってきます。実際、大きな変革に挑み、成果を上げている中堅・中小企業も数多く登場しています。

──M&Aや事業承継という選択肢もあり得るかとは思いますが、まずは自社の力で厳しい状況を乗り越えたいと思うなら、新規事業や事業転換が必要不可欠ということですね。

まさに、その通りです。加えて昨今、政府の政策スタンスも変わりつつあります。かつては経営が厳しい企業に対し、資金繰り支援などを通じて延命を図ってきましたが、現在は市場の新陳代謝を促進する方向へとシフトし始めています。いわゆるゾンビ企業を温存することが、日本経済全体の活力を損ねるという認識が広がってきたからです。

経営者にとっては、自社の将来をどう描くか、まさに大きな判断が求められるタイミングだと言えるでしょう。変化を恐れず、時代の要請に応じた事業の再構築に踏み出すことが、これからの中堅・中小企業にとって不可欠になっていくはずです。

企業のイノベーションを促す「両利きの経営」

──中堅・中小企業が新規事業・事業転換を成功させるためにはどのような取り組みが必要でしょうか。

新しい知を追求する「知の探索」と既に知っていることを活用する「知の深化」の2つを両立させる「両利きの経営」という経営理論があります。

多くの企業は「知の深化」に注力しがちです。しかし、既に知っていることだけではイノベーションは起きません。遠くに行って知らないものをたくさん見て、いろいろな知識を得て、面白いと思ったら持ち帰って組み合わせる「知の探索」の作業が重要です。

私の尊敬する著名なイノベーターが、非常に興味深いことをおっしゃっていました。「発想は移動距離に比例する」というのです。知と知の新しい組み合わせのためには、近くではなく、遠くを見る必要がある。「知の探索」の一番手っ取り早い方法は、自分自身を物理的に移動させることだというわけです。実際に、その方は世界中を移動しながら仕事をされています。

中堅・中小企業の経営者にも、好奇心を持っていろいろな人に会い、いろいろな現場を見ていただきたい。地元の同業者組合のような集まりで毎月同じメンバーと会い、同じような話をするというのが一番よくありません。

──移動するためには、会社から離れる時間をつくる必要があります。

そこはポイントの1つです。「動いていろいろな人に会い、いろいろなものを見た方がいい」と言うと、「それは大企業だからできることで、われわれ中堅・中小企業は人手もないし、そんな余裕はない」と反論されることがあります。そこで、DX(デジタルトランスフォーメーション)が重要になるのです。

人手が足りないのなら、AI(人工知能)にできる作業はAIに任せ、経営者や社員は人間でなければできない「知の探索」をやるべきです。中堅・中小企業ほど、DXやAIが必要です。

DXに抵抗を持っている経営者もいるかもしれませんが、DXは事業を変える力を持っています。とある飲食チェーンでは、工程を可能な限りデジタル化し、現場の従業員が顧客の接客に集中できる環境を整えました。その結果、顧客満足度を大きく向上させることに成功しています。

とある老舗旅館は、高齢の従業員が多いにもかかわらずデジタルを使いこなしています。きっかけは、勤怠管理のデジタル化だそうです。入力しないとお給料がもらえませんから、全従業員が必死になって使い方を身につけたのです。

新規事業・事業転換には「経営者の高い視座」が不可欠

──日本企業では、なかなかイノベーションが生まれないといわれますが、要因はどこにあるのでしょうか。

既存の仕組みや制度に縛られることを意味する「経路依存性」(Path Dependence)という言葉があります。企業はさまざまな要素で成り立っており、多くの要素が全体的にうまくかみ合うことで運営されています。しかし、全体がうまくかみ合っているがゆえに、要素の1つが時代に合わなくなったとしても、なかなか変えることができない状況が生まれています。

典型的な例が、ダイバーシティ経営です。本当の意味でダイバーシティ経営を行おうとするなら、企業は新卒一括採用、終身雇用制などを見直さなければなりません。評価制度の見直しも不可欠です。多様な人がいれば、一律基準の評価はあり得ません。多様な働き方を提供するために、働き方の見直しも必要でしょう。こうした部分に手を付けず、「ダイバーシティだけ」を進めようとしても、他の部分がかみ合っているためうまくいかないのです。

このような「経路依存性」のしがらみは、組織が堅固に構成された大企業の方が強い傾向にあります。大企業でもまれに大ナタを振るおうとするトップが現れることもありますが、既存の仕組みを変えたがらない社内の抵抗勢力につぶされがちです。

しかし、中堅・中小企業は「経路依存性」のしがらみが弱いため、トップダウンで変えることができます。中堅・中小企業の場合、オーナー経営のデメリットが指摘されることも珍しくありませんが、経営者の才覚と胆力次第で改革がしやすいのは大きなメリットです。中堅・中小企業の方が、新規事業・事業転換に対する伸びしろやチャンスは大きいと思ってください。

──中堅・中小企業が新規事業・事業転換を成功させるには経営者、特に同族企業の場合はオーナーの取り組みが重要だと思われます。求められる考え方や行動はどのようなものでしょうか。

大げさでなく、中堅・中小企業の新規事業・事業転換の成否は経営者次第です。そこで大事なのは、経営者ならではの高い視座を持つことです。

30年、50年先にはどのような社会になっているのか、正解は誰にも分かりません。しかし未来への想像力を働かせ、会社の進むべき道を示すのが経営者の役割です。

例えばSDGsは、将来にわたり重要なテーマであることに変わりはないでしょう。未来の課題解決のために、自分の会社はいったい何ができるのか。それを考えることがイノベーションにつながります。

──イノベーションを起こすには、社風や文化も大切なのではないでしょうか。

もちろんです。ただし、「こういう文化や社風にしよう」と掛け声をかけるだけでは実現はしません。文化や社風は、勝手にできるものではなく、戦略的に、意図的につくるものだからです。そのためには経営者が率先して自らの行動で示すことが大切です。

今までにない新しい価値をつくる挑戦ですから、イノベーションに失敗はつきもの。社員が失敗しても、それを受け止め、チャレンジしたことをたたえることが、イノベーションを生む文化を育みます。

実際、大きな成功を収めた企業ほど失敗しています。例えば故スティーブ・ジョブズは、世に出した製品の9割以上は失敗したと言っています。

「見つけてもらう」努力が中堅・中小企業の可能性を広げる

──中堅・中小企業の新規事業・事業転換の成功事例があれば、ご紹介ください。また、成功のポイントをお聞かせください。

中堅・中小企業にとって重要なのは、自分たちから無理に市場を開拓しにいくこと以上に、「顧客やビジネスパートナーに見つけてもらえる状態」をつくることです。

というのも、新規事業や事業転換に取り組む際、「ゼロから価値を生み出し、販路も一から切り開こう」と考える企業は少なくありません。しかし実際には、まず自社が既に持っている強みや価値をきちんと発信し、それを必要としている相手に知ってもらうことの方が、現実的で効果的です。そうすることで、「それなら、こんなビジネスが一緒にできるのでは?」と声をかけてもらえるチャンスが生まれます。

つまり、新たな展開は、自分たちで探しにいくのではなく、自社の価値に気づいた相手に“見つけてもらう”ことから始まるケースが少なくないのです。

その意味でも、私が中堅・中小企業、特に製造業の皆さんにお勧めしているのが、これまでと異なる分野の展示会に出展してみることです。異業種との接点を持つことで、自社では想像もしなかった企業から声がかかり、新たなシナジーが生まれる可能性が広がります。

とある金属加工のメーカーは、元々公衆電話の部品をつくっていたのですが、携帯電話の普及とともに市場が縮小し、業績が悪化していました。そこで3代目社長が事業承継した際、まず実施したのが「顧客アンケート」でした。その結果、特に小ロットの部品の品質について顧客からの評価が高いことが分かったのです。そこで航空宇宙産業の展示会に出展したところ、来場者や出展者の関心を集め、大手航空会社や研究機構から発注を受けるまでになりました。

顧客は国内だけに限りません。大都市圏外にある中堅・中小企業は「まず東京進出」と考えがちですが、私は東京を飛び越えて、世界に出た方がよいと思いますね。

とある農機具メーカーは、米国で売り上げを伸ばしています。大手の巨大な競合企業がいるにもかかわらず成功を収めた理由は、社長自ら現地の農家を訪問し、その声を製品に反映させた徹底したカスタマイズです。

──入山さんがおっしゃるように、中堅・中小企業ならではの新規事業・事業転換がまだまだ創出できそうです。

長く事業を続けていると、いつの間にか、その枠の中で考える習慣が付いてしまいます。しかし、「うちはこれしかできない」と決めつけるのではなく、経営者が率先して挑戦してほしいですね。

入山 章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学ビジネススクール教授

1972年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を経て、2019年より現職。専門は経営戦略論、国際経営論。著書に『世界標準の経営理論』などがある。

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