[取材先]塩山食品株式会社(熊本県)
熊本県南関町。福岡県との県境に位置する緑豊かなこの町は、かつて交通の要衝(ようしょう)として関所が置かれ、江戸時代には参勤交代の宿場町として栄えました。この町に古くから伝わる揚げ豆腐が「南関あげ」です。普通の油揚げと比べて固い板状に仕上げられた見た目もさることながら、その食味は水分含有量を極限まで抑え、独特のモチモチとした食感。常温でも約3カ月もの長期保存が可能で、味染みのよさも抜群です。マスメディアでもしばしば取り上げられ、全国にファンが増えつつある熊本のソウルフード南関あげのトップメーカーが塩山食品です。地元に根差し、変わらぬ味を守り続ける企業努力について、同社3代目の塩山 治彦社長にオリックス熊本支店 国本 拓平が伺いました。
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メーカーとしては後発ながら、シェア9割にまで成長
――そもそも「南関あげ」とは、どのようなものなのでしょうか?
塩山氏:古くから、この地域で食べられてきた油揚げです。その誕生の歴史ははっきりとはわかっておらず、江戸時代初期とも、明治時代とも言われています。製造方法は、一般的な油揚げと大きくは変わりません。大豆から豆腐をつくり、それを5~6mm程度の厚さにスライスして、油で揚げます。しかし、揚げ工程の前に、プレス機で1時間かけてじっくり水分を抜くのが、南関あげならではの工夫です。極限まで水分を抜いたカチカチの豆腐を1枚1枚手揚げすることで、「ふっくらジューシーな食感」「常温で3カ月保存が可能」「ダシや水分が染み込みやすい」といった特徴をもつ南関あげができあがります。
実は、当社が南関あげの製造を始めたのは1980年代前半で、メーカーとして後発です。それまでは総菜製造などを行っていましたが、事業拡大をにらんで中古の機器を導入して南関あげの製造を始めたと先代からは聞いています。
――後発でありながら、「シェア9割」まで成長した要因は、どこにあったのでしょうか?
塩山氏:一番は、お客さまに恵まれたことです。幸いにも、南関あげの製造を始めて間もなく、地元の食品メーカーや問屋に評価いただきました。そのおかげで徐々に九州全域のスーパーに置かれるようになりました。その後、それまで一般的だった約20cm角の南関あげを4分の1にカットした10cm角サイズを新たに開発し、これが「使い勝手がいい」と評判になり、さらに販路が広がっていったのです。現在はより細かくカットした「きざみ」タイプが主力商品になりつつあります。消費者の方々からは「みそ汁にパッと入れられる」とご好評をいただいております。
味わいの決め手は、職人の手作業による「揚げ」工程
――私もみそ汁や鍋などに入れています。この独特の味わいやおいしさの秘訣は、どこにあるのでしょうか?
塩山氏:やはり、“人の手”で仕上げていることだと思います。水分を抜いた豆腐を揚げると4倍以上に膨れ上がるのですが、それはつまり、わずか2~3ミリの豆腐の形の違いが1cmになって現れるということです。加えて、豆腐の水分の抜け具合なども1枚1枚、微妙に異なります。そうした豆腐の状態を職人が見極めて、ムラがないよう絶妙な加減で揚げるのです。
さらに、揚げたあとの選別・カット工程も機械には任せられません。25cm角ほどに膨らんだ豆腐がきれいにムラなく揚がっていれば、縁をカットして20cm角の大判サイズとして販売できるのですが、もし一部に不良があった場合には、その部分を取り除いて10cm角サイズやきざみ用にカットする必要があります。豆腐の揚がり具合を正確に見極め、どうカットすれば一番無駄がなくなるか。それを瞬時に判断できるようになるには経験が求められます。
――熟練した人材が鍵となる事業なわけですね。他にはどのような工夫を?
塩山氏:人に頼るだけではなく、設備投資も積極的に行っています。例えば、熊本地震が起きた翌年の2017年には、大豆を煮込んで豆乳をつくる「豆乳プラント」を最新式のものにしました。ちょうど全国各地のデパートなどで“熊本応援フェア”が頻繁に開催されていた時期です。大変ありがたいことに当時の生産能力以上の注文をいただき、現場はパンク状態に。従業員の維持のためにも生産効率の向上が急務となりました。
そこで、自動洗浄機能付きの扱いやすい豆乳プラントに変えたのですが、やはり旧式とは勝手が異なり、導入当初はまったく弊社の品質基準を満たせませんでした。新型プラントでつくった豆腐を揚げても、まったく膨らまないのです。試食して「ボソボソで、雑巾みたいな食感」という従業員の言葉は耳に痛かったですね。
――ただ設備投資をすれば解決する、ということではなかったんですね。
そこからが試行錯誤の始まりで、わたし自身もタンパク質の熱変性について勉強しなおしたり、プラントメーカーに頼るだけではなく、自分で溶接を勉強して部品を調整したり。数か月がかりでようやく申し分ない豆乳をつくれるようになりました。いまは従来のプラントでつくった南関あげよりもおいしさがアップし、品質も安定していると思います。担当する従業員の残業時間も30%削減することができました。
ここ3年間で平均給与を約19%アップ。従業員がやりがいをもてる会社に。
――全国の伝統食品のメーカーのなかには、苦しい経営状態のなか、廃業を選択するところも少なくありません。伝統を受け継ぎ、事業を継続していくためには何が大切だとお考えですか?
塩山氏:やはり大切なのは、従業員がやりがいをもって働ける“職場環境の整備”だと思います。実は弊社も直営の「特産品センター なんかんいきいき村」の不振が原因で、数年前までは苦しい経営状態が続いていました。
いきいき村は、地元の食品メーカーや小売店などと連携して2007年に父である先代が立ち上げた物産館です。私と違って、先代はカリスマ性を武器に「勘と度胸」で道を切り開いてきたタイプでした。その先代が、お客さまを第一に考えるあまり、採算度外視で商品の価格設定をしていたため、いきいき村はなかなか収益を上げられていなかったのです。
そこで私が2022年に社長になってからは、現場担当者に権限を持たせて、きちんと粗利計算をしたうえで適正な値付けをする方針に切り替えました。同時に、それまでの正月以外年中無休をやめて、月1回の休館日を設定。全従業員が一斉に休む日を設けることで、従業員同士が一緒に食事をしたり、遊びに行ったりして交流を深める機会をつくりたかったのです。
――なるほど。変えるべき箇所にきちんとテコ入れをする、ということですね。制度面などでも改善を重ねられているとか。
塩山氏:工場勤務者を含めて全従業員を対象に、待遇改善も推進しました。この3年ほどの間に5回の基本給の底上げを実施し、ボーナスも年2回支給を継続しています。さらに福利厚生の充実にも努め、万が一の病気や事故で長期間の休業、退職を余儀なくされたときに、給与の最大8割を補償するLTD(長期障害所得補償制度)保険にも加入しました。
こうした取り組みが実を結び、ここ数年は離職者の数も減り、従業員のモチベーションも上がっているように感じます。それが数字となって現れ、いきいき村の運営部門も南関あげの製造部門も、2024年8月期は大幅増益を達成することができました。
――経営が苦しいなかでも、従業員の待遇改善に努める。なかなか勇気のいる決断ですね。
塩山氏:そうです。「卵が先か鶏が先か」ではありませんが、私は環境整備をすることで利益が伴ってくるという考えです。組織運営は、いかに従業員にやりがいをもってもらえるかに尽きると思います。当社の従業員の9割は女性で、6割は町外の居住者。しかも福岡県と隣接しているという土地柄、相応の待遇を用意してあげなければ、すぐに待遇のいい福岡県内の会社に移ってしまう状況です。
やはり地域の名を冠した特産品をつくっているわけですから、事業を通じて町の産業発展に貢献したいという思いがあります。従業員には長く働いて、地域に根付いてもらいたい。そのためには、残業代ありきの給与水準ではなく、残業しなくても十分な収入が得られる給与体系、待遇にすべきで、目下、その目標に向かって経営改革を進めているところです。
関東進出を見据え、TOKYO PRO Marketへの上場が当面の目標
――昨今は原材料費や電気代も高騰していますが、塩山食品では何か対策をされていますか?
塩山氏:当社はアメリカ産やカナダ産の輸入大豆を主に使用していますが、仕入価格はコロナ前と比べて1.5~1.8倍程度まで上がっています。揚げ油においては、一時期2倍にまで高騰していました。そこで大型の貯蔵タンクを設置し、それまで1tずつ月15~16回購入していていた油を、10t単位で購入することに。これによりロット割引が効いて、仕入れ値を以前よりも安く抑えることができるようになりました。こうした工夫を重ねて、なるべく現状の販売価格を維持していくつもりです。
――企業努力に頭が下がります。最後に、今後の展望について教えてください。
塩山氏:大きく2つ、目標があります。ひとつは夏場の稼働率の向上です。南関あげは、汁物料理に使われることが多いという特性上、冬季に注文が増え、夏季は減るというサイクルが決まっています。特に12月のピーク時には1日に2万枚を製造する一方で、7~8月は30~40%減産することも珍しくありません。
その閑散期を利用して、いなりずし用の味付き南関あげを製造することを検討しています。いきいき村では、南関あげを使ったいなりずしを販売していて、連日、売り切れ必至です。また、東京にも多くの南関あげいなりずし専門店があり、当社の南関あげなしでは商品が成り立たないと非常に高い評価をいただいております。
こうした背景から、いなりずし用の味付き南関あげは、toBとtoCの両方で需要があるのではないか?と見込んでいます。新たな設備投資が必要になりますが、夏場の売り上げ確保のためにも早々に実現したいですね。
――では、もうひとつの目標は?
塩山氏:商圏の拡大です。特に関東圏への進出を目指しています。おかげさまで、ここ数年はメディアで南関あげを取りあげてもらう機会も増え、全国的に知名度が上がっていると感じます。しかし、輸送費の問題から、販売圏が九州近隣エリアにとどまっているというのが実情です。以前から生産力強化のために新工場の建設を検討しているのですが、関東に建てることも前向きに考えています。
そのための足掛かりとして、5年以内にTOKYO PRO Marketへの上場を目指しています。上場によって信用力、資金調達力を強化し、経営基盤を強固なものとしたうえで、万全の状態で関東に進出したい。そのためにもまずは足元の経営を安定させ、人材育成にも力を入れていきたい。従業員の皆さんがいきいき働ける会社にしていきたいですね。
――ぜひ熊本の誇りである南関あげを、全国に広めてください。オリックスの一員としても、ひとりの熊本市民としても応援させていただきます。今日はありがとうございました。
塩山氏:こちらこそ、ありがとうございました。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 熊本支店 国本 拓平
熊本に住む人たちが、普段何気なく口にしている南関あげ。当たり前にある郷土の味ですが、その裏側には塩山社長をはじめとした、塩山食品で働く皆さんの不断の努力があるのだと感じられた取材でした。上場から、関東圏への進出とますます大きくなる塩山食品の夢にしっかりと伴走し、今後もオリックスとして南関あげの普及に力を尽くしていきたいです。
企業概要
社名 | 塩山食品株式会社 |
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本社所在地 | 熊本県玉名郡南関町小原32-2 |
設立 | 1990年12月1日 |
代表者名 | 塩山 治彦 |
従業員数 | 130名 |
事業概要 | 食品製造卸・小売 |