経営難を切り抜けた「別府温泉 杉乃井ホテル」の成功に見る、オリックス流ホテル運営術

日本一の湯量を誇る温泉地、大分県別府市にある「別府温泉 杉乃井ホテル」は、2024年8月に創業80周年を迎えた。かつて団体旅行ブームをリードした同ホテルだが、2001年にはブームの収束やバブル景気の終焉とともに、経営危機に陥ったことも。しかし、2002年のオリックスグループによる取得を機に、再建に着手。2019年より始まった大規模リニューアルプロジェクトも、2025年1月の新客室棟「星館」開業でフィナーレを迎え、別府を代表するホテルとして存在感を増している。変化の背景には、金融事業をルーツとするオリックスグループならではの大胆な経営改革があった。

今回は、オリックス・ホテルマネジメント株式会社 執行役員 営業本部長 森 直樹氏に、オリックスが考えるホテル運営の眼目や、自社施設だけでなく地域全体の価値向上を見据えた宿泊体験のあり方を聞いた。

危機こそ変革の契機。オリックスグループ初のホテル事業誕生の経緯

オリックス・ホテルマネジメント 執行役員 営業本部長 森 直樹

——まず、金融事業からスタートしたオリックスグループが、宿泊施設の「再生事業」を手がける経緯を教えてください。

:オリックスグループが宿泊施設の運営事業に本格的に参入したのは、まさに別府温泉 杉乃井ホテル(以下、杉乃井ホテル)を取得した2002年に始まりました。

もともと私は前職で不動産開発会社に勤務しており、その会社の特別清算を担っていました。所有していたゴルフ場やホテル、リゾート施設などの事業譲渡をしつつ、弁護士や会計士といった方々と連携して事業を清算するのが当時の主な仕事です。実は、当時杉乃井ホテルを運営していた事業者とは、その時に施設を引き受けていただいたご縁があったのです。

その後、私がオリックスに転職し、「杉乃井ホテルを引き受けてもらえないか」と相談があり、2002年にオリックス不動産が杉乃井ホテルを取得することになりました。

——オリックスグループにとって、ホテル事業は未知の分野だったと思います。なぜ、取得に乗り出したのでしょうか。

:オリックスグループは、これまでも自社が手がけている事業の隣接分野への進出で拡大してきましたし、常に新たな事業の種、お客さまのためにできることを探しています。当時、不動産事業や、ホテルではないにせよ、宿泊型研修施設の運営も始めていたので、既存事業の知見も活用できるということで、社内に提案を進めていったのです。金融からスタートしたオリックスグループは、資金の流れから経営課題を分析するノウハウを長年蓄積していますし、私としても、前職で倒産する会社のしんがりを務めてきました。個人的にも、「事業を再生する」というミッションには強い思い入れがあったのです。

プランを作る際にはマーケティング的な観点での戦略立案ももちろん行いましたが、それだけでは不十分だろうと考えていました。そこで簡単に勝算が見いだせるようなら、他社でもできることとも言えます。より本質的な改善が必要なのだろうと、当初から覚悟していました。

ただ、しばらくの間、運営は直接私たちが手がけていたわけではなく、外部のオペレーターに委託していました。杉乃井ホテルを取得してから6年後の2008年、オリックスグループは杉乃井ホテルを直営化。マーケティング戦略まで一括して、本格的にホテル事業に注力していく方針を固め、杉乃井ホテルの抜本的な“再生”に着手したのです。

ハード・ソフト両面の改革で、変化していった現場の空気

——実際に行った改革は、どのようなものだったのでしょうか。

:はじめに行ったのは「組織の立て直し」です。当たり前のことですが、経営が不安定になると、人材が流出していってしまいます。必然的に組織の力も弱まるので、いかにして全員で同じ方向を向いて再生プランを実行していくかが課題でした。

現場でお客さまと接するのは「人」です。杉乃井ホテルのスタッフからすれば、オリックスグループは買収によっていきなりオーナーになったいわば「外部」の存在なので、信用がありません。「どうせコストカットで黒字化して、すぐに売ってしまうんだろう」と思われても不思議ではないですから。まずは自分たちが本気で取り組んでいると現場の方々に信じてもらうためにも、私も最初の1年間は別府に常駐しました。

——まずは内部の立て直しと関係構築が必要だったと。

:そこがまずは最優先のミッションです。そのうえでようやく初めて、集客にあたっての改善に着手できる。まずは目玉となるコンテンツを作ろうと考えました。

温泉リゾートに必要なものはシンプルで、とにかく温泉と食事です。この二つさえ魅力的であれば、お客さまは必ず集まるはずだという確信がありました。

まず作ったのは、現在も杉乃井ホテルの名物となっている「棚湯」です。別府は日本有数の温泉地で、杉乃井ホテルは高台から別府湾を一望できる絶好のロケーションです。しかし、当時はその眺望を生かせる浴場が整っていませんでした。

(上)リニューアル以前の大浴場、(下)5段からなる湯船を棚田状に広げた大展望露天風呂 棚湯。2023年7月にリニューアルオープン。

そこで思い切って露天風呂を大分の「棚田」をオマージュした構造にして、どの段の浴槽からも絶景が楽しめる設計にしました。実はこの棚田状の湯船は、私がプライベートで訪れたホテルのインフィニティプールからも着想を得ています。インフィニティプールとは文字通り、境界線がわからないように設計され、海や空と水面がつながっているかのように感じられるプールのことですが、それを見て「温泉もこんな風にやってみたらいいんじゃないか」と思ったのです。結果的にこの棚湯は大ヒットし、集客は大幅に改善されました。

——食事については、どのような改革を行ったのでしょうか。

:料理については、当時はまだ珍しかった本格的なビュッフェ形式を導入しました。500もの客室を埋めるためにはファミリー層をターゲットにする必要があります。ご家族でいらっしゃる3世代の皆さまに満足してもらうためには、各世代が自分好みの味を楽しめるビュッフェ形式がいいだろうと考えたのです。

ただ、これも一筋縄ではいきませんでした。当時ビュッフェといえば、でき合いの加工品を温めたりするだけの簡単なものが主流。「あんなのは料理じゃない」という考えをお持ちの料理人もいらっしゃったと思います。そこをなんとか説得し、こだわりの地元食材を仕入れ、料理人がしっかりと調理した料理を出すことにしました。

杉乃井ホテルのライブキッチン。

またライブキッチンを採用し、調理の様子がお客さまから見えるようにしたのも工夫のひとつです。本格的な料理であることをわかりやすく伝えられますし、湯気や炎でシズル感も生まれます。当初、料理人は前に出ることをあまり望んでいない様子でしたが、実際にお客さまの前に出て、直接お礼やお褒めの言葉をいただくなかで、次第に意識も変わっていったように思います。今思えば、その変化こそが杉乃井ホテルが再起する上でもっとも重要なものだったのでしょう。

顧客目線のリニューアルを実施。地域全体の価値向上を目指して

——2019年からは、虹館や宙館、星館といった新たな客室棟の建設や館内施設の改修など大掛かりなリニューアルに踏み切っていますね。

:以前の客室棟は南北に点在していて敷地内を移動するために、周遊バスをご利用いただいていましたが、リニューアルでは客室棟を極力食事や温泉をお楽しみいただく杉乃井パレス付近に集め、利便性を高めました。近年では団体観光客が減っていることを踏まえて、多人数部屋を減らし、ファミリーやご友人で宿泊いただく広さの部屋や、ロフトタイプの部屋などデザインもお客さまのニーズに応えられるようにしています。
また、客室外でも別府をお楽しみいただけるように、絶景を臨めるテラスやエントランス周辺のソファも充実させました。

(上)リニューアルを経て、新たに開業した客室棟「星館」水盤テラス、(下)ファミリー利用も可能なロフトタイプの客室

——今後のオリックス・ホテルマネジメントの展望についてお聞かせください。

:杉乃井ホテルをはじめ、オリックス・ホテルマネジメントが全国各地でホテルや旅館を運営するなかで磨いたノウハウを、さらに展開していきたいですね。観光業は地域を巻き込み、長期視点で価値を生み出していくビジネスです。雇用創出効果も高く、地域のブランディングとも相性がいい。

特に大型リゾートホテルなら、仕入れ先の農家や漁港、地元企業も一緒に潤う可能性がありますし、スタッフも数百人単位で雇用できる。オリックスの再生事業は、そうした地域経済や雇用へのインパクトも視野に入れているんです。このホテル再生を通じた「街づくり」という側面は、これからのホテル事業でも可能な限り大事にしていきたいと考えています。

総支配人が語る、杉乃井ホテルの魅力と今後の展望

後半では同ホテルを率いる鞍馬 達也総支配人に、大規模リニューアルを経てさらにアップデートされた杉乃井ホテルの魅力について話を聞いた。

別府温泉 杉乃井ホテル 鞍馬 達也 総支配人

——改めて、杉乃井ホテルの魅力を教えてください。

鞍馬:杉乃井ホテルには創業80年以上という長い歴史があります。私自身も山口県出身で、小さいころに何度も家族旅行で訪れたことがあり、子ども心に「こんなに大きなホテルがあるのか」と驚いたのを覚えています。

今でも親子3世代で、なかには年に何度もお越しいただくリピーターの方々もいらっしゃいます。一度きりの宿泊で終わるのではなく、「杉乃井ホテルに泊まった思い出」を長きにわたり共有、つないでいくことができるというのは、当ホテルの最大の魅力だと思っています。

「温泉旅館」というと渋い印象があるかもしれませんが、当ホテルでは温泉施設はもちろん、お子さまや若い世代が楽しめるよう、プールや噴水ショー、ボウリングなどのエンターテインメント施設も充実しています。

アクアガーデンで連日公演されているダイナミックな噴水ショー。水着着用の上、高い塩分濃度のお湯に浮遊できるフロートヒーリングバスなど、見て、聞いて、体験して、五感を使って楽しめる新感覚の温泉エンターテインメント。

——2019年より始まった大規模リニューアルに、ホテル側からのアイデアが特に生かされている部分はありますか。

鞍馬:アミューズメントの内容などは、スタッフが話し合いながら進めてくれました。われわれのアイデアもふんだんに盛り込まれています。

また、ビュッフェをすべて飲み放題にする施策は非常に反響が大きかったです。ビールはもちろん、日本酒やウイスキーまで、追加料金なしで気軽に楽しんでいただけます。「そこまで無料にして大丈夫なのか」という声もありましたが、現場としてはお客さまに絶対に喜んでいただけるという確信がありましたので、説得して了承を得たのです。

実際、お客さまからは大好評をいただけております。オーダーをとる手間も省けるので、お客さまをお待たせしませんし、人手不足の対策にもなります。

——今後の杉乃井ホテルの展望について教えてください。

鞍馬:施設のリニューアルが行われていく中で、さらに洗練されたサービスを提供しようとスタッフ間でも意識の共有ができています。

星館も2025年1月にオープンしたばかりです。現在の3つの客室棟はそれ、あらためて多くの方にご宿泊いただき「杉乃井ホテルって、こんなに進化してるんだ」と感じていただきたいですね。
今後も、親子3世代でいらっしゃるお客さまに加え、ご夫婦やカップル、ご友人同士など、幅広い層の方が満足して笑顔で安心して泊まれる大規模リゾートとして、常に新しい要素を取り入れていきます。

もちろん、オリックスグループとしては他の地域のホテルや旅館の運営も拡大しています。そこで得られたノウハウも吸収しながら、杉乃井ホテルは「目の前のお客さまに喜んでもらうためには何ができるか」をこれからも突き詰めてまいります。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

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