[執筆] 株式会社ターンアラウンド研究所共同代表 主席研究員 小寺 昇二
本記事は2024年9月時点の情報を基に作成しています。
イノベーションとは、「新しい価値を生み出し、変化をもたらすこと」です。近年、イノベーションがますます注目されている一方で、必要だと感じているものの、今求められているイノベーションの形や具体的な取り組み方が分からないという人も多いのではないでしょうか。本記事では、イノベーションの基本的な意味から実践的なポイント、さらには事例まで、分かりやすく解説していきます。
<目次>
イノベーションとは?
日本では従来、イノベーション(英:innovation)は「技術革新」と訳されることが多かったのですが、その重要性が見直されている昨今では、この訳語に不都合が生じてきています。
この記事では、昨今のイノベーションについて正しく、かつ具体的に理解できるよう、イノベーションを「変革をもたらし、新たな価値を創造すること」と仮に定義し説明していきます。
イノベーションの種類
この「イノベーション」を自らの理論の根幹に置いたのが、19世紀後半から20世紀にかけて著名な経済学者であるシュンペーターです。彼の考えは現代のマーケティング理論の基盤となっています。
その理論のなかで、イノベーションは五つに分類されています。
・新しい財貨の生産
・新しい生産方法の導入
・新しい販売先の開拓
・原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
・新しい組織の実現(独占の形成やその打破)
このように、イノベーションの定義は単なる「技術革新」なのではなく、多様な「革新」全般を表した言葉であることが分かります。
この考え方を踏まえつつ、昨今イノベーションという言葉が重視されているなか、日本企業において欠けている部分を説明するにあたって、より現代の企業経営に即したイノベーションの概念を紹介します。
東西冷戦が終了し、経済のグローバル化によって地球規模での競争が激化した90年代後半、ハーバードビジネススクールの教授であるクリステンセンが「イノベーションのジレンマ」という著作の中で提示したもので、イノベーションを次の2分類で理解するものです。
持続的(創造的)イノベーション
顧客の意見や要望を取り入れながら、既存の技術を組み合わせるなどして活用し、新たな商品・サービスを創造していく。
破壊的イノベーション
既存の概念にとらわれず、新たな発想を積極的に取り入れることで、画期的な新製品や新サービスを生み出していく。
これらによって示唆されることは、
・目の覚めるような新技術を発明したりすることでなくとも、価値を創造する商品開発は十分可能であること
・しかしながら、大きな付加価値をもたらす商品開発は、破壊的イノベーションとして意識的にチャレンジして得られるものであること
の二点です。
イノベーションが求められる背景
そもそもクリステンセンがわざわざイノベーションについて二つの種類に分けたのはなぜでしょうか?
恐らく、過去の「成功例」にとらわれ過ぎてしまい、以降もそれを踏襲した施策を続けたことで、その結果として差別化されていない、似たような商品・サービスがあふれてしまった状況に警鐘を鳴らすためだったのではないかと推察されます。つまり、破壊的イノベーション(過去の成功事例)が持続的イノベーションになってしまったため、「持続的イノベーションだけではなく、破壊的イノベーションを起こそうと意識的にチャレンジすることが必要である」と言いたかったのはないでしょうか。
この指摘は、グローバル競争のなかできゅうきゅうとしていた世界の企業経営者に、本来的なイノベーションの努力、すなわち破壊的イノベーションを志向することの重要性を認識させました。90年代からの産業界では、インターネットやIT技術が興隆し、その活用を巡って多くのイノベーションが起こりました。この流れは現在に至るまで続いています。
日本企業のイノベーションの課題
では、日本企業の現状はどうなのでしょうか?
ご存じのとおり、世界と比べると後れを取っていると言わざるを得ません。こうした状況が生じた原因は次の三つであると考えます。
一つ目は、いわゆる「失われた30年」と呼ばれる時期に起きた、日本企業の振る舞いです。
80年代、日本企業は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という強い自信に満ちていました。しかし、バブルが崩壊した90年以降、三つの過剰(過剰債務、過剰設備、過剰雇用)を温存、つまり企業の破綻や人員削減を避ける道を積極的に選択するようになりました。そのため、グローバリズムの進展のなかで、アメリカや中国が国際競争力を高めるためのさまざまな改革を進める一方、日本企業はコストのかさむイノベーションを起こす余裕が減少していってしまったのです。
国内では安売り(=利幅の低下)によって販売量は維持したものの、基礎研究、設備投資などの投資は一様に削減され国際競争力は著しく低下しました。これにより貿易収支が赤字となり、低成長とデフレ経済が定着してしまったのです。
二つ目は、「ものづくり大国幻想」です。
高度成長期以降の日本企業は、「ものづくり大国」といわれ、80年代にかけ、自動車や家電などをはじめとしてひたすら機能拡充を進め、大成功を収めました。しかしながら、90年代以降のグローバル競争の環境のなか、過去の成功体験に基づく「プロダクトアウト発想(良いものを作れば売れる)」を続け、「マーケットイン発想(市場や顧客がほしい商品、買える値段)」への転換が進みませんでした。具体的には、マーケティングや商品デザインが不足し、国ごとの価格や商品性に合致しない商品の開発をした結果、グローバル競争において劣勢となったのです。
三つ目は、「IT革命」に乗り遅れてしまったことです。
これには、日本企業が職人芸、製造技術などの強みにこだわるあまり、経営者がIT技術の将来性を見誤ったことや、ベンチャー企業が興隆するための社会制度が構築できなかったこと、多額の先行投資を行ったGAFAMなどにインターネットのプラットフォームをいち早く押さえられてしまったことなどの状況が当てはまります。
上記三つの中で、世界との競争という点で特に課題として挙げられるのは、世界的なイノベーションをけん引してきたIT(ICT)分野での劣後です。具体的にはソフト開発への投資やプラットフォームと呼ばれる巨大システムなどへの「投資」といえると考えます。
このことを端的に示したのが、総務省のHPにある下記グラフです。
(出典)総務省(2024)「令和5年度 ICTの経済分析に関する調査」
90年代の中ごろから日米のICT分野への投資額の差は開き続け、現在では大きな溝が開いてしまっています。
では、IT(ICT)分野への投資を増やせば、日本企業のイノベーション創出力、そして国際競争力は回復するのでしょうか?もちろん、投資を増やしていくことは重要ですが、投資増額からイノベーション創出を可能にするまでの状態に変化させていくためには、既存の考え方や体制を根元から見直す必要があります。
イノベーションに必要なこと・ポイント
日本企業が現状の状況から一歩踏み出して、イノベーションを進めていくためには次の3点が重要となります。
・「イノベーション」に対する意識改革
・「イノベーション」の担い手の確保
・「自前主義」によるナレッジやスキル不足からの脱却
「イノベーション」に対する意識改革
まず、減点主義によって選抜された優等生的な経営者によるリスク回避経営から、リスクを取ってイノベーションを推進していく「イノベーション経営」への脱皮が必要です。
コスト削減を重視した「失われた30年」における日本企業において求められたのは、ミスをせずに妥当な判断を行う、いわゆる「優等生」的な価値観でした。
しかしながら、まだ世の中にない新しいイノベーションを起こしていくためには、そうした慎重さや実現可能性重視の意識ではなく、多少の無茶は承知で果敢にチャレンジしながら失敗し、その中に新たな発見をしていく企業家精神やチャレンジ精神が必要です。また、リスクを取り、勇気を奮って投資を行い、道なき道を進んでいくような経営者、そしてそうしたことを是とする企業文化が重要です。
こうした企業文化の醸成は、「意識的」で「意図的」に取り組む必要があります。高度成長期の成功体験にとらわれ、またデフレ経済のなかでコスト削減を大きな軸として経営判断を行ってきている状況にある企業は、意識的に改革を行っていく必要があるでしょう。
「イノベーション」の担い手の確保
次に、人材についてです。上記で示したような意識改革を、極力多くの従業員にも浸透をさせていく必要があります。
経営者だけでなく従業員レベルにおいても、ミスをしないことを意識しすぎた、いわゆる“優等生”や“エリート”的な人材からはイノベーションは起こりにくいと言えます。むしろ、「変わり者」こそがイノベーションの担い手となる可能性があることを意識しましょう。
現状に閉塞(へいそく)感を覚えているのであれば、その現状とは異なる空気感を持った人材の受け入れや、意見の尊重も重要になってきます。そして、それに伴い人事評価も見直す必要があります。多様な人材がさまざまな価値観やアイデアを持ち寄り、化学反応を起こしていかないとイノベーションは生まれません。
さらに、イノベーションに関する稟議(りんぎ)について、従来のボトムアップ方式では斬新なイノベーションもアイデア段階で却下されてしまう可能性があるため、より迅速で柔軟な方法が求められます。
とはいえ、人事評価をすぐに変えることは現実的ではなく、変わり者だけを集め、今の会社の制度の中で実現するのは社内摩擦につながりかねません。まずは内部で、意図的にイノベーションを進める社員を人事評価で高く評価し、異動希望を通しやすくするなどで優遇、表彰していくと良いでしょう。このように、会社がイノベーションに貢献する社員を認めるという事実を積み重ねていくことが重要です。
「自前主義」によるナレッジやスキル不足からの脱却
日本企業の従来までの考え方にある「自前主義」だけでは、ナレッジやスキル、資金・人脈など、今の時代に有効な「イノベーション」を起こすことは難しいと言えます。
現在は「オープンイノベーション」の時代といわれ、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を取り込み、自前主義からの脱却を図ることの有効性が広く認知されています。
その具体的な手法としては、M&Aの活用、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)、そしてコンサルティング会社の活用などが有効です。
M&Aとは、企業がほかの会社を合併(Mergers)・買収(Acquisitions)することです。大企業だけではなく中小企業においても、M&Aを活用して、自社が持っていなかった新しい技術やサービスを積極的に取り入れ、イノベーションを進めています。
CVCとは、企業が自己資金でファンドを組成し、ベンチャー企業などに出資や支援を行うことです。自社の事業内容と関連性のある企業に投資することで、本業との相乗効果を得るだけでなく、イノベーションを促進するために必要な新しい技術やビジネスモデルを取り入れることが可能です。
コンサルティング会社の活用については、多くの場合、外部の専門家(コンサルタント)の助言を取り入れて自社の課題を解決していく形を想像されるかと思いますが、コンサルタントに完全にお任せするのではなく、例えば、ワークショップ形式で社内の知見と併用することで、コストを抑えつつ効率的に進めるという手法もあります。
ここまでイノベーションを創発するための根本的なスタンスや手法についてお話ししてきましたが、特に中小企業にとっては、大企業に比べてリソースが限られているため、外部リソースを活用するこれらの手法は有効といえるでしょう。とはいえ、「実際に自社で取り組むにはハードルが高く挑戦しにくい」と感じる企業も多いかもしれません。しかし、はじめから大きく変える必要はなく、小さな取り組みから確実に進めていけば良いのです。次に紹介する事例を参考に、ぜひ一歩踏み出してみましょう。
イノベーション事例
イノベーションの事例として、どのようなものがあるのでしょうか?
現在、日本では多くの企業がイノベーションを起こすべく、さまざまな試みをしています。
そんな多様なイノベーションを事例とともに紹介します。
IoTの活用による「見える化」
まず、本稿で大きく取り扱ってきた「IT領域への投資」に関する事例です。社内のデジタル化はイノベーションの領域にとどまらず、今後のビジネスのベースとなりますので、積極的に取り組む必要があります。
仮に「ものづくり」に強く、優れた職人芸を持つ企業が、時代の変化に対応できず売り上げが落ちたとします。その企業が持つ商品は非常に優れていても、現在のままでは売れ行きが減り続け、将来が危うくなるかもしれません。では、どうすれば良いでしょうか?
ここで登場するのが「IoT(Internet of Things)」です。IoTは「すべてのモノをインターネットでつなぐ」という技術です。IoTを活用することでアナログな商品にもデジタル技術を取り入れ、競争力をよみがえらせることができるかもしれないのです。
例えば、日本酒製造業のA社では、これまで職人の技術に頼っていた温度管理や麹の発酵過程など、製造の全工程をデジタル技術で解析し「見える化」したことによって、熟練した職人でなくてもおいしい日本酒が効率的に製造できるようになりました。
また、機械部品を提供するB社では、発注から出荷までを一気通貫でデジタル化し、プロセスの大幅な圧縮を実現しました。具体的には、依頼主が設計した3Dデータをアップロードすると、AIが形状を認識し、即時に価格と納期を提示。そして、発注と同時に製造が開始され、最短1日で出荷されるというものです。これにより、通常、部品の作図や見積作成・承認、製造などで約1000時間かかる工程をわずか約80時間に短縮することが可能になりました。
デジタル技術による数値化や「見える化」は、関係者全員の共通認識を形成し、感覚や認識の違いを減らすことで仕事の進行や指示を的確にします。意思決定においても、客観的な数値データに基づいて議論を進めることで、主観的な感覚に頼らず、迅速な判断を下すことができ、結果としてコミュニケーションの円滑化につながります。
前の段落で「小さな一歩から」というお話もしていますが、ゴールは意識しながらも、小さな変化から成果を実感しつつ、次の展開へとつなげていくやり方がよいでしょう。
M&Aの活用によるシナジー効果
M&Aの活用事例としてトンプソントーワ株式会社の事例を紹介します。
二度の事業承継を通し、ゴルフ場散水設備ニッチトップ企業はいかに成長を遂げたのか~事業承継とオリックス~
トンプソントーワ株式会社は、2019年にオリックスが株主となり組織体制を再構築し、2021年にはオリックスを介しグリーンシステム株式会社のグループに入りました。二度のM&Aを通じ、異なる企業が持つノウハウやリソースを共有することで、事業規模の拡大やこれまでになかったサービス提供の可能性が広がるなどのシナジー効果が生まれました。
他社の力を活用したビジネス推進
株式会社イクシス
職人不足と戦う技術者集団イクシスが「ロボット技術×AI・XR・3Dデータ」の次世代ソリューションを生み出すまで
オリックスがインフラ向けのロボットソリューション事業を担う株式会社イクシスに出資した事例です。イクシスが提供するロボット技術は、AI解析やXRサービス、3Dデータなど先進的な技術を組み合わせており、これらは単なる作業の効率化だけでなく、人ができない作業をロボットが代替することで省人化に貢献します。こうした技術力はインフラや設備メンテナンスなどの分野でイノベーションを目指す企業にとって、大きなメリットとなるでしょう。また、この事例は上記で説明したCVCの一例ですが、オリックスはグループの事業やアセットとのシナジーに着目し、イクシスは、事業成長に加え、幅広いオリックスグループの事業に関連する現場ニーズに着目しています。
株式会社ゼロボード
気候テック・スタートアップ「ゼロボード」が起こす日本企業の脱炭素経営革命
オリックスがCO2を含む温室効果ガス(GHG)の排出量算定や可視化を行うクラウドサービス「Zeroboard」を提供している株式会社ゼロボードに出資した事例です。同社が提供する「Zeroboard」はサプライチェーン全体のGHG排出量を算定し、可視化することができます。特に、脱炭素化の潮流を受け、自社のCO2排出量を取引先やステークホルダーに開示したい企業にとって、信頼性の高いデータに基づいて脱炭素経営を推進するための最適なツールといえるでしょう。
この事例もCVCの一例ですが、ゼロボードはオリックスの持つ全国の営業ネットワークを活用したサービスの提供が可能となりました。
これらの事例を見ても、アナログなシステムや人の手で行っていた作業の「デジタル化」の必要性が見てとれます。そしてここでさらにもうひとつ。環境問題などの社会課題への取り組みや、見極めていく姿勢、つまり「社会性」もイノベーション創出の視点として重要であることが分かります。デジタル化は今後のビジネスを支える基盤であり、業務の効率化や新たな価値創出のために不可欠な取り組みです。また、社会のトレンドやニーズを常に捉え迅速に対応することが、イノベーションの種を見つける鍵になるでしょう。
そして、その種をより良い形で育て上げていくなかで、外部の知見や技術を積極的に取り入れる「オープンイノベーション」は非常に有効な手法といえます。
まとめ
最後に、自社でもイノベーションにチャレンジしたいと考える方は、とにかく自社内だけで検討するのではなく、社外に出て行って情報収集や交流をしてみると良いでしょう。
「イノベーションは難しい」というのは間違いないですが、本稿で紹介した以外にも、事例やノウハウは無数に発信されています。
つまり、まず「行動」してみることが大事です。そうすれば道は必ず開けます。そんな時代に皆さんは生きているのです。
【この話をしてくれた人】
小寺 昇二:東京大学経済学部卒業後、第一生命に入社し、企業分析や商品開発などを経験。10回以上の転職によりITベンチャー、プロ野球球団、大学教授他多様な業界で活躍。現在はターンアラウンド研究所共同代表として活動中。