国内の建設業界では今、人口減少による人手不足だけでなく、従事者の高齢化による熟練技能者の減少に加え、2024年問題※1やインフラの老朽化など課題が山積している。
これらの解決のため、政府は働き方改革をはじめ、Society 5.0やi-Constructionといった生産性革命を積極的に推進しているが、ビジネス領域から積極的に課題解決に取り組む企業がある。
その一つが株式会社イクシス(以下、イクシス)だ。同社はロボット技術にAI解析やXRサービス、3Dデータを組み合わせたソリューションを提供。ハードウエアだけでなく、ソフトウエアの開発まで手がける、業界でもユニークなポジションに位置する企業である。
オリックス 法人営業本部でCVC(コーポレートベンチャーキャピタル:事業会社がベンチャー出資を行い、キャピタルゲインだけではなく事業シナジーや新規事業創出に生かす手法)を推進している国内事業推進部は2023年、イクシスに出資。
インフラ業界が抱えている課題解決に向けて、イクシスが見据える次の一手とは?イクシス 代表取締役Co-CEO兼CTO 山崎 文敬氏、代表取締役Co-CEO狩野 高志氏、オリックス 法人営業本部 国内事業推進部でCVCを担当する目野 京太、齊藤 聖志に話を聞いた。
※1 2024年4月から「働き方改革関連法」が建設業界にも適用され、建設業の時間外労働が原則1カ月45時間、1年360時間以内に制限される
「2024年問題」とは?中小企業の向き合い方をわかりやすく解説 - MOVE ON!│オリックス株式会社 (orix.co.jp)
“現場で使えるロボット”を追求し、インフラメンテナンスにおけるポジションを確立
――はじめにイクシスの事業内容や、創業から現在に至るまでの活動について教えてください。
山崎氏:「ロボット×テクノロジーで社会を守る」というミッションのもと、ロボット技術やAI・XR※2・3Dデータ技術などを通じて社会・産業インフラを中心とした課題解決に取り組んでいます。大学院でロボットの研究をしていた1998年に創業し、イクシスリサーチという社名で二足歩行型ロボットやコミュニケーションロボットの受託開発からスタートしました。
※2 AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)などの総称。現実世界とデジタル世界を融合させる技術
――社会・産業インフラ業界に進出したのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
山崎氏:コミュニケーションロボットを開発する一方で、エンジニアとして「斬新なものよりも、世の中の役に立つものを作りたい」という思いが強くなっていきました。
そうした思いを抱える中、2011年の福島第一原子力発電所事故や2012年の笹子トンネル天井板落下事故などを目の当たりにし、事故そのものの悲惨さはもちろん、その復旧作業にも多くの人が従事していて、その作業には大変な危険が伴うことに改めて気が付きました。そこから、人ができない作業をロボットが代替することで課題解決に貢献できないかとリサーチを重ね、社会・産業インフラ業界にたどり着きました。
――現在展開されているロボットやソリューションについて具体的にはどのようなものがあるのでしょうか。
山崎氏:例えば、昨今、全国各所で大規模な物流倉庫などの建設がさかんですが、引き渡し前にコンクリート床面のひび割れを全面検査する必要があり、多大な労力がかかっています。規模が大きいほど人員がいりますし、不自然な姿勢での作業となるため人体への負担も大きくなります。
その作業を代替する「Floor Doctor」というロボットがあります。コンクリート面のひび割れ検査において、誰でも簡単な操作で確実にきれいな画像を取得できるもので、1グリッド(約10mx10m)あたり15分程度で撮影が可能です。
――扱いやすくて、現場でもすぐに活用できそうですね。AIやXRなど活用したものではどのようなものがあるのでしょうか。
山崎氏:現場車両の入退場管理をAIで自動化する車両管理システムや、ARを活用したコンクリートの締固め管理システムなどがあります。コンクリートの締固めとは、コンクリートを流し込んだあとに強度を上げる作業で、職人の勘に頼る部分が大きかったのですが、ARを使って見える化・均質化を行い、より多くの作業員の方が同じ作業を行えるようにしました。
また、われわれの業界にはBIM/CIM※3という概念があるのですが、それを活用した生産性の向上に貢献すべく、「i-Con Walker」というBIM/CIM双方向連動の自動巡回ロボットシステムの技術を保有しています。
いわゆるロボット掃除機のような機械になりますが、建物内の3Dデータを元に自身の走行用の地図を生成し、点検結果を3Dデータに書き込むというものです。
従来は現場のメモ帳などでとっていた測定結果などのデータを、ロボットが代行して取得。そして実際の形状とモデルに違いがあれば、現実に即してモデルの書き換えも行うこともできます。
※3 「BIM」は「Building Information Modeling」、「CIM」は「Construction Information Modeling」の略で基本的には同義に使われる。3次元のデジタルモデルに、コストや管理情報などのデータを追加した建築物のデータベースを、設計から維持管理までのあらゆる工程で活用する
――ソリューションの幅が広く、多くの現場のニーズに応えられているのがわかります。インフラ業界でロボットを実装するためにはどのような工夫があったのでしょうか?
山崎氏:ハードウエアとソフトウエアに工夫は無数に盛り込んでいますが、なによりも大事にしていたのは現場の課題に徹底的に寄り添うというスタンスです。
ただロボットを提供するだけではなく、ロボットを組み込んだ場合の具体的な作業の流れや、従来の作業内容からの変化を説明し、ロボットを導入した作業の動作という実装の部分までサポートすることで“現場で使えるロボット”を徹底的に追求しました。
実装に至るまでには、私たち自身が業界とその現場のことを深く理解する必要があります。そのため、エンジニア自ら現場に足しげく通い、本当に危険なポイントや、人が行う場合には身体に大きな負担がかかる作業を知るところから始めました。例えば、老朽化した橋脚の上部点検において、本当に必要な作業は「点検」であるのにそこに行くために足場を組まなければならないなど、付帯作業の存在を実感できたのも、何度も現場を見てのことです。
そうした実感と知見を生かしながら、現場の課題解決につながるロボットを作り続けることで、着実に経験と実績を積み重ねていきました。おかげさまで道路会社や建設会社、電力会社から継続的に発注をいただけるようになり、福島第一原発の現場にも当社のロボットが導入されるなど、インフラ業界でロボットが活用される規模や範囲も徐々に広がっていきました。
社会的なニーズに対応する技術力とオリックスグループのアセットとの親和性の高さを重視し出資
――その後、イクシスは事業成長を目的とした資金調達も積極的に展開し、2023年にはオリックスが出資しています。出資を決定した理由を教えてください。
目野:インフラ業界の市場成長性と、イクシスの独自性の2点が挙げられます。インフラ業界では老朽化、労働時間の上限規制、人口減少とそれに伴う熟練労働者の減少といった課題が顕在化しており、政府も働き方改革やi-Constructionなどの生産性革命を積極的に推進しています。また、建設業界において、BIM/CIMの原則適用※4など、今後さらなる省人化・効率化が求められています。
その中でイクシスは、まさにインフラ業界の省人化・効率化に貢献するロボットなどハードウエアの開発に取り組んでいます。さらにハードウエアのみならず、ソフトウエアの提供まで手がけており、加えて、大手建設会社や官公庁の受注実績も多く、ロボットが活用される現場を熟知しています。そして何よりも現場を第一に考えたソリューションを柔軟に展開している点がユニークで、そのスタンスはオリックスと通じるところがあり、強く共感したというのも大きなポイントです。
齊藤:外部環境に加え、オリックスグループの事業との親和性の高さも挙げられます。当社のグループにはオリックス不動産、大京のようなインフラ業界と隣接する不動産事業を手がけている企業が存在し、既存出資先には計測器のレンタルからソフトウエアの提供まで行う株式会社計測ネットサービスといった企業があります。事業やアセットとの連携可能性にも着目し、出資に至りました。
※4 建築や土木工学などのプロジェクトにおいてBIMを効果的に活用するための基本的なガイドラインや原則。国土交通省はBIM/CIMを2023年までに小規模を除くすべての公共事業に適用することとしている
社会・産業インフラ業界の現場のニーズに応えるため、柔軟にハードウエアとソフトウエアを掛け合わせる
――オリックスとの連携も踏まえて、今後の事業構想を教えてください。
狩野氏:「ロボット×テクノロジーで社会を守る」のミッションのもと、社会・産業インフラの抱える社会的課題解決に向けて事業を推進しています。「ロボット×AI/XR×3Dデータ」といった複合技術によるソリューション提供・社会実装のために、10職種の異なるバックグラウンドのメンバーが一堂に会してイノベーションを起こしに行っています。
現場への社会実装に向けて2つのビジネスモデルを進めています。ひとつは先端研究から業界のリーディングカンパニーとの共同開発により、将来の業界標準になるようなソリューションをつくっていくことです。
もう一つが、技術の一部を切り出して現場で今すぐ使えるソリューション、IoTやAI・XRなどの複数の技術を組み合わせてお客さまのニーズに即したソリューションをリカーリングモデルとして提供していくことです。
また、全国の現場の3次元データの蓄積によってデータ活用が進めば、インフラ業界のみならずスマートシティ等における効率化・省人化に貢献できる可能性もあると考えています。日本は社会課題の先進国と言われていますが、いずれは海外も同じような課題に直面すると思うので、オリックスをはじめとした株主の支援も頂きながら、将来的にはグローバル展開も考えていければと思っています。
――3次元データがスマートシティや製造業の分野で活用できるとのことですが、具体的なイメージを教えてください。
山崎氏:前者については、建設・インフラの3次元データを統合することで、都市計画や交通管理の最適化が可能になります。道路や建物をデータ上で再現できれば、交通流や人の動きをシミュレーションし、道路網や公共施設の配置からエネルギー消費の最適化まで効率的に設計できるようになると考えています。
製造業においては、生産ラインなどを3Dデータ化することで製造プロセスの可視化が可能です。より効率的な生産管理や、どこをロボットに置き換えると最も効果が上がるかといったシミュレーションもできるようになります。
実物では制約が多くてできないシミュレーションが行えるのが大きなポイントだと思います。
――今後の事業展開に向けて、目標とオリックスに期待することを教えてください。
山崎氏:現場で本当に使われる「ロボット×テクノロジー」を普及させるために、より多くの業界の現場を知りたいと考えています。われわれももっと現場のことを知る必要がありますし、現場の方々にもわれわれの技術を知ってもらいたい。幅広い事業領域を有するオリックスグループと連携することで、さまざまな現場のニーズに応えていきたいですね。
狩野氏:オリックスグループの事業との連携はもちろん、投資家でもあり事業を展開する事業家でもあるオリックスの立場から、事業成長のアドバイスもいただきたいと思っています。
目野:ありがとうございます。イクシスの現場を起点とした技術開発に感銘を受けていますし、ハードウエア、ソフトウエアそれぞれの技術に唯一無二の強みがありますので、市場のニーズを合致させるためのサポートができればと考えています。
齊藤:事業連携に関しては、グループの事業や既存出資先、取引先との引き合わせも引き続きご支援していきたいですね。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。