[監修]敬愛大学経済学部特任教授 根本 敏則
本記事は2024年9月時点の情報を基に作成しています。
時間外労働規制強化により発生する「2024年問題」。物流業界はもとより、さまざまな産業が規制強化の影響を受けつつある。中でも、中国・九州地方は影響が大きいと見られている。
人手不足の深刻化や物流コストの増加などの課題にどう向き合うべきか。交通経済学に詳しく、国土交通省、農林水産省、経済産業省が設けた有識者会議「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の座長も務めた敬愛大学経済学部特任教授の根本 敏則氏に話を聞いた。
物流「2024年問題」が中国・九州地方に直撃
――2019年施行の「働き方改革関連法」に基づき、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働が年960時間に制限されました。これにより、どのような問題が起きているのでしょうか。
「960時間」という時間外労働の上限が注目されていますが、この規制で注意すべきは「年間」960時間であって「1カ月あたり」80時間ではないことです。つまり、ある時点で時間外労働が960時間に達すると、その年は以降、時間外労働を課すことができなくなります。
現時点(2024年8月)ではあまり気にしていない物流事業者も多いかもしれませんが、年末の繁忙期には物が運べなくなる可能性があります。
また、この規制とともに改正された「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」では、労働時間と休憩時間を合わせた拘束時間を原則、1カ月284時間以内、1日13時間以内と定めています。
その影響はすでに出ています。例えば九州から関東に生鮮食品を運ぶ場合、従来は夕方に出発すると翌々日の3日目には市場に並べることができましたが、新たな改善基準告示に従うと、1日遅れて4日目になってしまいます。
――「2024年問題」に関して、国はどのような対策を行っていますか。
国の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」では、何も対策を講じなければ2024年度に14%、2030年度には34%の輸送力不足が生じると予測しています。
政府もこの問題を重視しており、2023年6月に「物流革新に向けた政策パッケージ」を発表しました。これは「商慣行の見直し」「物流の効率化」「荷主・消費者の行動変容」の三つの観点から物流環境改善のための施策をまとめたものです。
この政策パッケージでは「業界・分野別の自主行動計画」の策定を求めています。例えば、トラックドライバーの拘束時間の長時間化につながっているのが、荷物の積み下ろしを開始するまで物流拠点でドライバーが待機する「荷待ち時間」、そして荷物の積み下ろしにかかる「荷役時間」ですが、この荷待ち時間、荷役時間を計測し、削減するために何を行うのか、具体的に計画するよう求めています。
各業界の動向として、食品スーパーマーケット業界では、荷待ち・荷役時間の把握と短縮、荷役作業への料金支払い、納品リードタイムの確保などに関する行動計画を策定しました。他の150以上の業界でも、自主行動計画の策定が進んでいます。
また政策パッケージを法制化するため、2024年2月、物流総合効率化法(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律)の改正案を閣議決定し、4月に可決・成立しました。実際の施行は2025年以降で、現在、細則が議論されているところです。
――「2024年問題」の影響が出やすい地域はどこでしょうか。
株式会社NX総合研究所が、厚生労働省の「令和3年度 トラック運転者の労働時間等に係る実態調査事業報告書」を基に、1年間の拘束時間別の自動車運転者数を分析したところ、拘束時間が3300時間以上の運転者数の割合が最も高い地域は中国(50.2%)、次いで関東(34.8%)、九州(30.9%)でした。
さらに発荷主別に見ると、拘束時間が3300時間以上の運転者数の割合が最も高いのは、農産・水産品出荷団体でした。これらを掛け合わせると、中国・九州地方の農産物・水産物を運んでいるドライバーの拘束時間が長いことになり、「2024年問題」の影響が出やすいと考えられます。
――今後さらに「2024年問題」が加速すると、中国・九州地方の企業はどのような課題に直面すると考えられますか。
ドライバーの拘束時間が短くなるため、特に中国・九州地方の発荷主にとっては、運送時間の増加、運送コストの上昇は避けては通れない問題になるでしょう。
その意味では、運賃値上げや価格転嫁は避けられないと思われます。その影響を小さくするためには、物流の生産性向上が欠かせません。物流の生産性が向上すれば、そのメリットを物流業者と荷主(発荷主・消費者を含めた着荷主)が享受できます。従って物流事業者のみならず、荷主も含めた社会全体での取り組みが求められます。
2024年問題に対し、各地域や物流事業者が取るべき対策とは
――「2024年問題」の解決に向けて、中国・九州地方を含めた、各地域の企業ができることは何でしょうか。特に中堅・中小企業でもできることがあればお聞かせください。
共同輸配送のための事業者のネットワーク化は一つのポイントになるでしょう。トラックの積載率は現在、約40%です。これを50〜60%に引き上げることができれば、1人のドライバーが運べる荷物が増えます。すでに複数の荷主の荷物を混載して運び、積載率を上げる取り組みが始まっています。
ただし、言葉で言うのは簡単ですが、異なる荷主の荷物をどこで受け取り、どこで積み合わせ、どこで下ろすのか、荷主の発着時間はどう調整するのかといった課題もあります。荷物の積み合わせを行う拠点も必要です。現在、複数の企業が集まり、課題解決に向けた議論が行われています。
参考:オリックスグループの共同配送事例
株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドと、オリックス・ホテルマネジメント株式会社は、2024年7月1日より、箱根エリアでそれぞれが展開するホテルなどの運営施設(以下、ホテル)において、共通の倉庫から食材を各ホテルにまとめて配送する「共同配送」を開始。
ホテルが食品を仕入れる際、各取引先から各ホテルに直接納品するのではなく、取引先が当社の指定した倉庫に納品し、その倉庫から各ホテルが必要な食品のみをまとめて配送するシステム。
中小の物流事業者は、現状、貸切便のような形で特定の発荷主のために荷物を運ぶケースが多くなっています。共同輸配送などの仕組みを、中小物流事業者同士で組んで構築するのは容易ではありません。大手企業などを中心とした地域の共同輸配送システムに参加するのも一つの方法でしょう。経営リソースの限られた中小物流事業者は、他社との事業統合や合併などの道を選ぶのも選択肢の一つです。
あとは事業規模にかかわらず、どの荷主・運送業者も、配達のスピードを売りにするのではなく、多少時間がかかっても共同輸配送などを利用し、ドライバーの負担を減らすような取り組みを進めるべきでしょう。スピーディーに届ける特急便にはオプション料金を設定するなどの施策も考えられます。
――長距離輸送をトラックから鉄道や海運などに切り替える「モーダルシフト」なども注目されています。この取り組みは進んでいるのでしょうか。
先ほど紹介した「政策パッケージ」においては、2023年10月に「緊急パッケージ」を追加し、鉄道・内航海運を10年で倍増するという目標を掲げました。しかし、この目標を実現するには課題があります。
ドイツでは国が線路を保有していますが、日本では旅客鉄道会社が線路を保有しており、JR貨物は線路を借りて列車を走らせています。このため旅客の輸送が優先され、貨物列車はその合間を縫って走らせることになります。ニーズの高い東京〜大阪間や首都圏では増便に限界があり、10年で倍増というのは難しい目標です。
そこで期待されているのが、海運です。特に「RORO船(Roll-on Roll-off ship)」と呼ばれる貨物輸送船は、トラックを丸ごと運べるのはもちろんのこと、セミトレーラーからヘッド(トラクター)を外したシャーシ(荷台)だけでも輸送することができます。
例えば、九州でトラックがRORO船に乗り込み(Roll-on)、シャーシを切り離して運転席があるヘッドは下船します。関東の港に船が着いたら別のトラックのヘッドが乗船してシャーシを連結して下船し(Roll-off)、目的地まで運ぶという形です。
旅客も輸送するフェリーでも、ドライバーが乗船しないシャーシだけの輸送が増えています。しかし、RORO船・フェリーによる輸送は時間が長くかかるため、これまで荷主は陸上のトラック輸送を選びがちでした。
しかし、ドライバーの拘束時間を短縮するとともに、CO2排出量の削減にもつながることから、RORO船・フェリーに関心を持つ荷主が増えています。政府も、シャーシに対する助成金などを通じて荷主・物流事業者を支援する計画です。
――地域の物流企業は、人手不足も大きな問題になっていますね。
人口減少が続く中、さまざまな業界で人手不足になっており、物流業界も例外ではありません。特に物流業界は厳しい仕事というイメージがあるためか、人が集まりやすい状況とはいえません。人材確保のためには賃金を上げなければならず、その原資となる、運賃の値上げを考えざるを得なくなっています。また荷待ち・荷役については、運賃とは別に料金を支払ってもらう必要があります。
しかし、物流事業者が「人がいないので値上げします」というだけでは、荷主の理解は得られません。そこで大切なのが「状況の可視化」です。自社のドライバーが拘束時間内でどのような作業をして、どれだけ残業しているのか、荷待ち時間や荷役時間はどれだけかかっているのかを発荷主、着荷主ごとに計測し、可視化することによって、荷主に対する交渉が行いやすくなります。
最近では、デジタルタコグラフなどを活用して運転日報なども自動的に作成することができるようになっています。ドライバーの拘束時間内の業務内容についても、スマートフォンなどを併用して収集できます。これらのデジタルツールも比較的安価になっているので、中小企業も活用しやすいと思います。
「2024年問題」は、社会全体で取り組むべき課題
――「2024年問題」の解決のために、発荷主・着荷主は何をすべきでしょうか。
大げさでなく、物流事業が持続可能でなければ荷主も共倒れになるという認識で取り組む必要があると思います。
これまでは、トラックが着いても着荷主の都合でドライバーを待たせ、ドライバーの拘束時間が長くなるようなことが普通にありました。しかし、着荷主が協力し、荷待ち時間を短縮することが求められます。
忘れてはならないのは、着荷主には私たち消費者も含まれるということです。ネット通販を利用した場合、配達時間の指定サービスが当たり前になっています。できるだけ配達時間を指定し、再配達を防ぐべきです。また玄関前や宅配ボックスに届けてもらう置き配サービスなどを利用するのも効果的です。
――最後に、「2024年問題」への対応を進める物流業界への期待をお聞かせください。
「物流危機」という言葉を聞く機会が増えています。こういう言葉が共有されるようになったのは、物流が産業や生活に不可欠なインフラだという認識が広がっているからだと感じています。この機会を捉えて、荷主も物流業者もぜひ物流改革に取り組んでほしいですし、改革の内容を社会に知らせてほしいと思います。
この問題は、誰かがよくなるためには誰かが犠牲になるものというゼロサムゲームで考えるべきものではありません。荷主と物流業者が一緒になって物流生産性の向上を実現すれば、その成果はドライバーにも還元されますし、荷主にも還元されます。そして、そこに消費者が協力することで、物流を巡る望ましい社会関係が形成されます。
物流事業者、荷主、消費者が協力し合い、2024問題をきっかけに物流環境が改善されることを期待しています。