災害大国“日本の足元”を支える確かな技術を未来へ~事業承継とオリックス~

日本の企業の99.7%を占める「中小企業」は、2016年以降、毎年4万件以上が「休廃業・解散」している(東京商工リサーチ2020年「休廃業・解散企業」動向調査)。その背景にあるのは、「後継者不足」だ。

近年、第三者に事業を承継する「第三者承継」が増加している。「第三者承継」は組織体制の改変や社名の変更など、自社のアイデンティティーに変更が加わることが懸念され、これまで築き上げてきた社員や取引先との関係性に、極力影響を与えたくないと考える経営者としては、二の足を踏むケースも少なくないというのが現実だ。

そのような中、オリックスは「企業文化を尊重しながら、事業を発展させていく」手法で事業承継を支援している。地質調査や構造調査などを主力事業とする株式会社東京ソイルリサーチは、その支援を受けてオリックスに全株式を譲渡し、2019年3月に連結子会社となった。オリックスに事業承継するに至った経緯と今後の事業展望について、事業承継を決断した田部井哲夫前社長(現 顧問)と辻本勝彦社長、同社の取締役としてオリックスから出向している木村裕策氏の三氏に話を伺った。

業績好調も、将来的な変革の必要性を見据え事業継承を決断

株式会社東京ソイルリサーチ 代表取締役社長 辻本 勝彦

――はじめに、東京ソイルリサーチについて教えてください。

辻本 弊社は地質調査を軸に、構造調査、耐震診断、土木設計といった、建築物の建設にあたって地質の観点から安全性を担保する提案を得意としている会社です。1966年の創業以来着実に成長を続け、確かな技術をもって以降も大手ゼネコンや建築設計事務所を中心にお引き合いをいただき、現在では全国25カ所、従業員270人を擁する中堅企業へと成長しました。

事業の性質上、一般の方々になじみが薄いと思いますが、“日本初の高層ビル”と言われる「霞が関ビルディング」をはじめ、多くの超高層ビルの建設や歴史的建造物の構造調査に携わるなど、建築業界では全国的に知られた会社であると自負しています。

建設工事やインフラ工事の際のボーリング調査。直接的に地下構造を調べる有力な手段であり、鉛直性・孔壁の正しい形成・抑留事故の防止・掘削用水の管理なども同時に行う

教会の空間に寄り添う見栄えを考えた耐震補強事例。伝統建築から事務所、倉庫、工場とさまざまな建物を、調査・診断・設計し補強することで耐震性などを向上でき、より安全により長く使用できる

――順調な経営が続いていながら、なぜ第三者への事業継承を選択したのでしょうか。

田部井 その点に関してはまず私からお話しします。大きな理由としては、徐々に縮小していく建設市場にあって、今後の成長はわれわれの力だけでは難しいと判断したからです。第三者承継について具体的に考え始めたのは2015年頃、私が社長に就任し、創業50年を迎えた年です。創業者がまだ存命で、「100年企業を目指して今後50年、新たな挑戦を続けてほしい」という想いを強く持っていました。

2015年といえば、東京オリンピック2020大会開催を控え、建設業界全体が盛り上がっていたタイミングでした。しかし、大会終了後には、一時的に拡大した市場は縮小するだろうという見通しを立てていました。当時、日本で言えば直近の長野五輪、世界ではロンドン五輪で、建設需要が開催地決定から数年でピークを迎え、開催に向けて徐々に減少していくというデータ(経済産業省「建設業とオリンピック」)もありました。その一方で、戦後の高度成長期に建設時期が集中している道路、橋梁、トンネルなどのインフラの老朽化が進み、それらに対する更新投資の需要や、激甚化する災害への対応などの新規事業領域に自社の既存リソースのみで進出できるのか不安がありました。

また、社内的にも人材不足という課題を抱えていました。創業から会社の成長を支え続けた団塊世代が退職し、残っているのは業績が安定してから入社した社員がほとんど。「時代の変化に合わせて会社を変えていくぞ!」という意欲を、どのように高めていくかが課題でした。

さらに、私を含めて経営陣が軒並み技術者というのも不安材料でした。ここから会社を発展させていくためには、法務や知財を含めて、経営企画に明るい人材が必要で、バックオフィス業務の刷新も迫られていました。

以上のように、業績自体は好調でも、“内憂外患”というのが実状で、今後も会社が生き残っていくためには外部の力が必要だと判断したのです。

「企業文化を尊重する」。オリックスの事業承継の方針に共感

株式会社東京ソイルリサーチ 顧問 田部井 哲夫

――オリックスを株主に選ばれた理由は何だったのでしょうか。

田部井 大きく二つ理由があります。一つは、さまざまな事業を手がける独立系の金融サービスグループであること。当時はM&Aが建設業界でも盛んで、大手設計事務所や建設コンサルタントと資本提携をする同業他社もありました。しかし、前述のように、建設需要そのものが縮小していくと考えていたため、同じ建設業界の会社に事業を引き継いだとしても、根本的な解決にはならないと。それならば、オリックスに継承したほうが、発展性があると考えたのです。

そしてもう一つが、「企業文化を尊重しながら、事業を発展させていく」という方針に共感したからです。当社は承継前、「株式の分散リスク」という問題も抱えていました。社員持株会を通じて株式を入手した従業員や創業者が譲渡した縁故者など、当時、株主はゆうに100人を超えていました。今後、遺産相続などでさらに株式の分散が進み、万が一、好ましくない第三者の手に渡れば、会社の経営に悪影響を及ぼしかねません。創業者はそのことを心配して、企業風土を守りながら会社を成長させてくれる安定株主に経営を譲りたいという思いをもっていました。

そんなとき、オリックスから資本提携について意見交換をしたいというお話をいただきました。そこから木村さんとの会話がスタートしました。

オリックス株式会社 法人営業本部国内事業推進部 / 株式会社東京ソイルリサーチ 取締役 木村 裕策

――オリックスが株主になることについて、社員はどのような反応だったのでしょうか。

木村 オリックスに事業承継することで、株式の分散リスクの解消が図れることに加え、田部井さんが抱いていた経営課題の解決に向けて、どのようなことをオリックスに期待するのか、また、オリックスとしてどのようなことが提供可能か話し合いを重ね、ご納得いただくことができました。

しかし、第三者に承継されることに不安を抱かれていた社員も少なくなかったと思います。その不安を払拭するために、まず社員との個別の面談を行いました。全国各地の事業所をまわり、100名以上の社員と個別で会話をして、事業運営の主体はあくまでも東京ソイルリサーチであることを丁寧に説明しました。その際に、一人一人が抱えている悩みや疑問を聞いたことで、企業文化や社員への理解も深まりました。

――継承後は、具体的にどんな経営改革に取り組まれているのでしょうか。

木村 バックオフィスとフロントオフィスの両面でさまざまな改善を進めています。前者では、私と同じく出向している者が責任者となって、人事制度の見直し、経理業務の効率化、各事業所の事務担当との連携強化、業務のデジタル化など、全社的な業務効率化・省力化を推進してきました。

とりわけ「人事制度の見直し」は田部井さんや辻本さんは重点施策として捉えていましたし、社員面談の際にも「評価が不透明」という声を多く聞きました。対策の一つとして、評価基準を明確にすると同時に、半年ごとに上司と部下の面談の機会を設け、きちんと社員に評価をフィードバックする仕組みをつくりました。

――フロントオフィスではどのような改革を進めているのでしょう。

木村 こちらは「攻め」の領域と言いますか、営業面での強化などが挙げられます。例えば、初期的な相談、見積り提出から受注にいたるまでの案件ごとのステータスやお客さまからの技術的な相談に各事業所がどのように対応しているのかなど、営業活動が属人化していて見えにくい部分がありました。そこで、受注までのアクションを可視化し、社内で情報共有しながらお客さまのご相談により応えることができる仕組みを作りました。

辻本 オリックスに事業承継したことで、直接的な恩恵も受けています。例えば、足元ではオリックスグループが取り組んでいる物流施設などの開発事業において、地質調査業務をいただいています。

前述したように、われわれは技術者集団なので、経営面での改革については知見が少なく、何事も判断に時間がかかってしまっていました。しかし、経験豊富なオリックスの方が道筋を示してくれたことで、課題認識から対応策の実行までのスピードが格段に上がったと感じています。

確かな技術と時代のニーズの架け橋となる存在でありたい

――最後に、今後の展望について教えてください。

木村 現在、3年間の経営ビジョンとして策定した「中期経営計画2023」の2年目にあたります。そこでは、重点項目として「既存事業の維持強化」「新規事業へのチャレンジ」「組織力の強化」の三つを挙げています。

企業としての価値はお客さまのニーズに応えてこそだと思います。「既存事業の維持強化」として、東京ソイルリサーチがこれまでの地質調査や構造調査などで培ってきた確かな技術やさまざまなニーズへの対応力、また、それらを提供することで得られたお客さまとの信頼関係を今後も既存事業の土台としてしっかり守っていきます。同時に、変わりゆくお客さまのニーズに応えるべく技術相談の専門部署を新設するなど、「新規事業へのチャレンジ」を通じて、お客さまとともに日々成長していきたいと考えています。

また、これらを推進していくには世代交代が急務だと感じています。次世代の経営者や管理職、高度な専門性を有する技術者を育てるべく、社内教育制度の整備や積極的な採用活動によって「組織力の強化」を図っています。次世代にしっかりとバトンを渡していくことで、企業として存続・成長を目指しています。

辻本 時代の要請に応え続ける会社でありたいですね。近年、建築業界では地盤や基礎に関する技術者が不足していると感じます。自然災害が多い日本において、安心・安全に暮らしていくためには、われわれのような「地盤から基礎、建物まで一貫した技術を提案できる専門家集団」が今後ますます求められると感じています。現時点では、地質調査が売上の7割を占めていますが、土木設計や構造調査などの業務にも注力して、事業領域をどんどん拡大していきたいですね。

※演出の都合上、マスクを外しています

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