「カラオケまねきねこ」苦境から華麗に復活した訳 コロナ禍の真っ只中に虎視眈々と「仕込み」

繁華街にオープンしたカラオケまねきねこ(写真:編集部撮影)

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:中井 彰人』(初出日:2024年1月22日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

コロナ禍が過ぎ去ってパンデミックなんて本当にあったのか?と思うほど、繁華街の賑わいは戻っている。振り返れば、コロナ禍の当時、人が大勢集まることは「反社会的行為」となり、エンターテインメント業界、外食業界、旅行業界などは、危機的状況に追い込まれた。

人が集まれないコロナ禍は、都市部繁華街に大きなダメージを与え、関連する産業のほとんどが店舗網を閉鎖、縮小をやむなくされていた。ただ、そんな時期に事業基盤を拡大して、コロナ後一気に業界トップクラスにのし上がった企業もある。

コロナの間に「仕込み」に成功したカラオケまねきねこ

たびたびコロナクラスターが発生し、蔓延の元凶とも言われてしまっていたカラオケ業界において、撤退する事業、店舗を積極的に取り込んで、業界トップクラスにのし上がったのが「カラオケまねきねこ」(コシダカホールディングス)。また、コロナ禍で蔓延防止の標的となっていた居酒屋業界において、同業チェーンを買収して店舗を倍増、店舗数トップを確立したのが鳥貴族ホールディングスだ。

これらの企業も、コロナの時期には、大きなダメージを受けて経営危機に陥っていた。にもかかわわらず、コロナ収束後の事業拡大に向けた積極的な戦略を、ステークホルダーの了解を得つつ、実行していたことは驚きに値する。今回は、コロナ禍の間にアフターコロナの「仕込み」に成功した事例を見てみようと思う。

コロナ禍において、閉鎖空間で飛沫を飛ばすカラオケは、クラスターを引き起こす元凶のような扱いを受けていたこともあり、業界として大きなダメージを受けていたことはご記憶にあるはずだ。

カラオケの参加人口に関するデータをみると、2020年、2021年の参加者人口は、コロナ前に比べて半減することになり、カラオケ事業者の経営環境は急激に悪化した。

業界大手の一角であった「カラオケまねきねこ」を展開するコシダカホールディングスも大幅な減収減益を余儀なくされた。2019年8月期に378億円あった売り上げは2021年8月期に207億円まで落ち込み、営業利益も38億円の黒字から76億円の赤字に転落した。

逆境の中で出店拡大という戦略を選択

こうした逆境において、コシダカは感染防止に取り組みながら、カラオケルームのカラオケ以外の用途を開拓するなど対策を講じながら、驚くことに出店拡大という戦略を選択した。彼らは、コロナ禍は一時的な災厄であり、コロナ禍が去れば、またカラオケ市場はコロナ前に戻るはずだ、と考えていた。

市場が急速に縮小して、競合企業がコロナの制約による人流減少に苦しみ、繁華街からの閉店、撤退を進めている今こそ、他社、もしくは異業種に取られていた繁華街一等立地に出店する絶好のチャンスだと判断したのである。

コシダカはコロナ禍の真っ最中で大幅赤字を計上しつつも、繁華街で出店を続け、2021年3月には居酒屋「大庄」のカラオケ事業「カラオケ歌うんだ村」43店舗(その大半が首都圏店舗)を一括して譲り受け、店舗を1割増やすなどの積極策を進め続けた。

駅前・繁華街店舗がコロナ前から倍増

その結果、2019年8月時点で4774ほどであった「まねきねこ」の駅前・繁華街店舗のルーム数を、2023年8月期には9411へと倍増させることに成功した。

2023年5月、新型コロナの5類移行によって、実質的にコロナ禍が収束すると、2023年8月期、コシダカHDのカラオケ事業の売上高は523億円と過去最高を達成、決算期(3月)の関係でコロナ禍の影響が大きい業界トップ企業第一興商を暫定的に抜いて業界トップクラスとなった。

首都圏などの大都市繁華街の一等立地は、さまざまな業界にとって汎用的に利用価値が高いために、すでに誰かが使っているのが当たり前で、後発企業が新規出店することは難しい。

しかし、コロナ禍は繁華街から一時的に人流を奪ったため、これに耐えられない事業者が店舗を放棄するという千載一遇のチャンスが訪れたのである。感染症によるパンデミックなどという稀有な災厄がなければ、このような立地が手に入ることはない、と判断したコシダカのリスクテイクは見事だった、というべきだろう。

M&Aで居酒屋事業を拡大した鳥貴族

居酒屋業界もコロナ禍で大きな打撃を受けた業界であることはご存じの通り。飛沫感染を避けるために、飲酒を伴う会食は厳しい制約を課されたため、居酒屋業界も軒並み売り上げが激減、多くの企業が赤字となり、店舗の閉鎖や業態転換を余儀なくされた。

業界の市場規模を調査するエヌピーディー・ジャパンによれば、2019年1兆9000億円ほどであった居酒屋市場は、2021年には5300億円程度まで縮小したとされ、外食事業者向けの補助金、助成金がなければ、存続することさえ難しかっただろう。そうした中、M&Aで居酒屋事業を拡大し、居酒屋店舗数トップ企業という地位を確立したのが、鳥貴族である。

コロナ禍によるダメージが確定的になった、2020年8月期の鳥貴族の決算説明会資料を見ると、この会社のコロナ禍に対する認識と対応方針が明確に示されている。コロナ禍は一過性のものであり、居酒屋という文化自体が廃れてしまうことはない、ということを前提として戦略を構成している。

店舗網の見直しは継続的に実施してきたため、一過性の環境変化に対して、閉店を実施することはしない、と明言している。また、感染対策、テイクアウト強化等の対症療法も実施しつつ、新業態開発と従業員の独立のための新たな制度設計を行うとした。

1000店舗を超える居酒屋チェーンに

注目すべきは、こうした危機の時期にありがちな、店舗閉鎖と従業員削減という対症療法を否定し、今後、優秀な従業員がフランチャイズの加盟店として独立して、グループ内で社長となることを応援する、という方針を内外に示したことは、驚きに値すると言ってもいいだろう。

そして、コロナ禍の出口がまだまだ見えない2022年9月、鳥貴族は「やきとり大吉」をフランチャイズ展開するダイキチシステムズをサントリーから譲り受けて、子会社化することを発表した。

やきとり大吉の店舗数はこの時点で600店舗超であり、これにより、鳥貴族は1000店舗を超える居酒屋のトップチェーンとしての地位を確立するとともに、サントリーの外食事業の整理を手伝うことで、ビールメーカーに恩を売ること(サントリー供給先の維持に協力。サントリーは鳥貴族の仕入先、2%出資の株主でもある)に成功したのである。

さらに言うなら、歴史あるフランチャイズチェーンであるやきとり大吉は、鳥貴族が今後の従業員のモチベーションを維持しつつ、成長し続けるための極めて有効な「装置」となる可能性を秘めている。

年代を経て小規模加盟店の事業承継問題が想定される大吉という店舗網は、将来、鳥貴族の従業員が独立して一国一城の主となるための受け皿を構成することにもなるからだ。居酒屋という労働集約的で厳しい労働環境の中で、優秀な人材がモチベーションを保つためには、いつか自分の店を持てる、さらには複数店のオーナーとして事業拡大の可能性もある、という目標が必要だろう。

この目標を支援し続けることで、鳥貴族はグループとしての成長が持続可能なシステムを構築しようとしているのである。こうしてコロナ禍の時期をアフターコロナの成長の準備期間とした鳥貴族は、コロナ明けの直近期において、着実な業容拡大を実現しつつあり、ゆくゆくは外食業界の大手クラスとなりうる礎を築いたと言っても過言ではあるまい。

ほぼ確実にやってくる環境変化に賭けられるか

コロナ禍の期間に、積極的な攻めの姿勢を失わなかったコシダカや鳥貴族は、3年半ほどの災厄が過ぎた後、確実に業界トップクラスとなる基盤づくりに成功した。一過性の逆境はいつか過ぎ去ること、収束後に自社の事業の社会的意義が保たれること、を信じ続けた両社はこの賭けに勝った。

この賭け、実は考えてみれば、当たり前の結末であり、パンデミック環境が永遠に続くと考えた人は多分いなかったはずなのだが、その当たり前を信じて賭けることができる人は多くない。

将来予測をすることは難しいが、例えば、人口8000万人の高齢化した日本、自動運転、6Gインフラ、などのような、ほぼ確実にやってくる環境変化はいくつもある。そんな、ほぼ確実な将来予測に対して、実際に布石を打つのか、「わかっているけど……」とするか、で運命は大きく変わる、ということなのだろう。

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