私たちが日々、全国の魅力的な青果物を手にすることができるのは、生産者はもとより、流通を担う、さまざまな人の力によって支えられています。「卸売市場」はその重要な拠点の一つ。
青森県弘前市の弘果 弘前中央青果株式会社(以下 弘果)が運営する弘前総合地方卸売市場は、“民設民営”の地方卸売市場でありながら、主要果実である「りんご」において全国一位の取扱数量を誇る希少な卸売市場です。民設民営の市場の強みを生かして、どのように成長してきたのか。市場を取り巻く環境が急速に変化するなか、さらにどんな進化を目指すのか。オリックス 青森支店の吉岡 隆太郎が、常務取締役の大中 実 氏に話を伺いました。
多くの買参人が集う魅力的な市場を創ることが、日本一という結果につながった
――御社が運営する弘前総合地方卸売市場は、「りんご」の取扱数量が、圧倒的な全国一位だそうですね。全国の卸売市場関係者や国内外のバイヤーから、りんごの入荷動向や相場動向を日々注目されていると伺いました。
大中氏:当市場の「りんご」の取扱数量は、全国の流通量の約20%を占めています。もちろん、日本一のりんご産地にある卸売市場だからこそ日本一になれたのだと思いますが、大消費地である首都圏や大阪の青果市場を大きく超える取扱数量であることは、長年の営業努力や、培ってきた多くの取引先との信頼関係のたまものでもあると考えています。
――具体的にはどのような取り組みをされてきたのでしょうか。
大中氏:少し専門的な話になるので、具体的なお話の前に「卸売市場」の役割についてご説明しましょう。
卸売市場には、主に「集荷・分荷」「価格形成」「代金決済」「情報受発信」という四つの機能があります。
まず「集荷・分荷」です。出荷者(生産者等)から多種多様な農作物を集めることが集荷。出荷品をご購入いただいた買参人の方々によって、需要者のニーズに応じ、それぞれの売り場や自社工場、取引先ほか、全国に届けられていくことが分荷です。買参人とは、買参権(卸売市場で購入する権利)をもつ仲卸業者や小売事業者のことです。
次が「価格形成」です。競りにかけられた出荷品は、例えば同じ「りんご」でも需要と供給のバランスによって、毎日価格は変動します。需要が多く供給が少なければ価格は上がり、その逆であれば下がります。適正価格となるよう、需要と供給のバランスを保ちながら価格を形成することが、大事な機能の一つです。
三つ目が「代金決済」。販売代金を迅速かつ確実にお支払いすることです。私たちの場合、取引の2日後には出荷者に現金をお支払いするルール。一般企業の商慣行だと翌月払いや翌々月払いが多いですから、スピード感がお分かりいただけるかと思います。
そして四つ目が「情報受発信」です。日々の取引結果はもちろん、出荷者や買参人とさまざまな情報を交換することで生産と消費の距離を縮め、より魅力的な農作物の生産や販売に貢献するという役割があります。
――卸売市場はさまざまな面で生産・流通を支えているのですね。
大中氏:はい。先ほどの「りんご」の取扱数量の話に戻りますが、より多くの流通を担うには、多くの買参人に集まっていただくことがカギとなります。
弘果は、卸売市場としての機能を充実させ、取引先との信頼関係を築き、営業努力を行ってきました。結果、現在は多数の買参人とお取引をしています。
――なぜ、多くの買参人に来てもらうことがカギなのでしょうか。
大中氏:買い手が多く集まることで、ポジティブな競争原理が生まれるからです。ネットオークションを想像していただくと分かりやすいですが、一つの商品にひとりの買い手よりも、複数の買いたい人が集まったほうが、商品の値が上がりますよね。それと同じ仕組みです。
競りが活性化すると、集荷にも大きなメリットをもたらします。生産者はもちろん、自分の出荷した品を高く買ってもらいたい。しかし競りでは、さまざまな生産者の品が同じ場に並べられます。当然、質の良いもの、価値の高いものに高値がつくため、高く買ってもらうために生産技術を高め、付加価値の高い品を作ろうという意識が働きます。
――競りで切磋琢磨(せっさたくま)されることで、生産者の向上心が高まり、結果良い品が集まりやすくなるのですね。
大中氏:はい。相場形成という名のもとに皆さんが適正に競争していった結果、良い商品が集まり、買参人も集まりやすくなるという循環が生まれたと思います。
ちなみに、弘果がお取引する買参人は、さまざまな特徴をもった業者の方がいらっしゃるんですよ。例えば、高級品だけ取り扱う贈答品専門の業者さん、加工用りんごだけを取り扱う業者さん、輸出に強い業者さんなど。彼らを通じて、需要者の細かなニーズに対応できる点も、私たちの強みだと思います。
――細かなニーズとは、どういったものですか。
大中氏:例えばスーパーでは、「りんご」が複数個パック売りされていることがありますよね。「りんご6個パック〇〇円で売りたい。その売価に合うようなサイズをそろえてほしい」といったニーズがあるわけです。ほかにも贈答品なら「糖度15度以上で色がそろっているものだけを5kg単位で納品してほしい」などの要望があります。多様な買参人の方が多く集まるからこそ、そうした尖(とが)ったニーズに応えることができるのです。
当市場とは逆に、平準化した規格の商品を大ロットで取り扱うことに長ける流通経路も存在します。私たちはその規格ではカバーできない、「他のスーパーでは売っていないものを取り扱いたい」という声に応えることで、うまくすみ分けができています。「他にはないもの」には付加価値が生まれますから、そういった「隙間を狙える力」を大切にしていきたいですね。
“民設民営”のスピード感を生かし、津軽の農産業に関わるあらゆるニーズに応える
――弘前総合地方卸売市場は、すべて御社が自前で運営する“民設民営”の市場なのですね。青森を代表する青果である「りんご」の取扱数量 全国一位の市場が、一企業の運営であるということに、少し驚きました。そのような活気ある市場となった理由は、どこにありますか。
大中氏:民設民営であるがゆえのスピード感ですね。公設公営の卸売市場は、土地建物などの負担が少ないところに運営者のメリットがある一方、公的事業なので、ものごとを決めるプロセスに時間がかかる面があります。そのスピード感で、生産者や買参人、そして消費者の“今”のニーズに応えられるかというと、難しい部分があると思います。民設民営であれば、やると決まればすぐにスタートできます。
――社会の変化やニーズに合わせ、スピーディーに対応できる柔軟性があるということですね。
大中氏:そうですね。例えば、青森県はかつて消費量全国一位になったことがあるほどバナナの人気が高いのですが、「もっと甘いバナナが欲しい」「店頭で日持ちするバナナが欲しい」といった声が寄せられた時期がありました。その際は、バナナの追熟技術をわれわれで研究し、独自の加工法を確立。専用の施設を設け、甘くコクのあるバナナの出荷を可能としました。加えて鮮度保持フィルムを用い、さらなる追熟と日持ちを実現しています。
ほかにも、津軽の青果物の価値をもっと高めるため、「つがりあん」というオリジナルブランドをプロデュースしている例もあります。りんご、メロン、桃などのフルーツや野菜を、生産者の方々と手を組み、定植から収穫まで一貫して栽培法を指導し、商品の差別化を図る取り組みを行っています。
――生産から消費者の手に届くまで、さまざまな形で流通を支えているのですね。
大中氏:いわば「津軽の農産業の総合商社」という発想ですね。卸売市場という枠にとらわれない、さまざまな事業に取り組んでいます。
例えば、子会社になりますが、農業の次の指針を提案するようなシンクタンク(弘果総合研究開発株式会社)を有しています。津軽の農産業の未来を、社会的なデータなどを活用しながら推計し、将来に向けたより良い道を提案しています。
――どのような取り組みがあるのですか。
大中氏:一例ですが、高齢化・労働力不足は喫緊の課題で、津軽でも、高齢で廃業を検討されたり、後継者不足に悩んだりする農家の方が多くいらっしゃいます。そんな課題解決に貢献できることはないか施策を検討しています。例えば、より生産性の高い農地を拓き、単位面積あたりの収穫量を高めることはできないか。作業の無駄を省き、高齢者の方でも無理なく収穫を増やすことができる栽培方法はないか、などを検討し、実際に農家の方と一緒に取り組んでいます。
「津軽の農産業の総合商社」の観点でいえば、他にも肥料類の販売を行う会社や、農家の方に適した保険を扱う保険会社など、関係者の方々のさまざまなニーズに応えるサービスをグループで展開しています。当グループのサービスを通じ、農作物を育て、それらが価値ある商品として売れることをサポートし、自社だけでなくステークホルダーの皆が幸せになる。そこが非常に大切だと考えています。
自分たちのアップデートの連鎖を広げ、ステークホルダーとともに変化し、成長していく
――変化の激しい時代である今、卸売市場を取り巻く環境も急速に変化していると思います。この状況をどのように捉えていますか?
大中氏:これは卸売市場だから特別ということではなく、一企業として、きちんと足元を見つめ直すべきタイミングだと思います。
例えば今、企業は賃金向上の課題を抱えています。日本はこれまで「失われた30年」といわれ、経済成長も賃金も横ばいでしたが、今はデフレからの脱却に向けた動きが見られ、今後の経済成長が予測されています。政府も経済成長とともに賃金引き上げを促す姿勢を示しており、企業の取り組みが迫られています。仮にアメリカと同じ成長率と仮定すれば、30年後には約2倍の賃金を支払う必要があります。
そのためには、企業の売り上げか利益が2倍となっていなければいけません。経営基盤の人事、ICT、財務、ファシリティマネジメントを見直す必要があります。人事でいえば、給料や賞与、退職金などの仕組み、評価制度、さらには社員の教育も変えなければならないでしょう。すでに生涯雇用の概念も古くなっていますから、採用の通年化などの対応も求められます。
もちろん事業基盤の売り上げ増大も必須です。そのためにはICTや機械を導入して生産性を高める必要があります。このように連鎖したアップデートが必要なので、やることは本当に山積みですが、足を止めずに変わり続けていきたいと思います。
――御社が変わることによって、関係者の方々へも良い変化が波及しそうです。
大中氏:はい。すべての関係者が影響しあって、卸売市場を中心とした一つのコミュニティーを形成していると思います。
先ほど「津軽の農産業の総合商社」というお話をしましたが、パイオニアとなって自らがまず変わり、次に生産者や買参人など関係者の方々の変化をサポートし、結果として一緒に変化し成長していく。そんなマインドこそが、私たちの肝にあるべきだと思っています。
「生き残るのは強いものじゃなくて、変化し続けるもの」とよく言いますよね。強くなくていいんです。ただ、この激しい変化に対応して、自分自身が変化し、周りの変化も促す柔軟性、これを大事に進化していきたいと思います。
――本日はありがとうございました。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 青森支店 次長 吉岡 隆太郎
なぜ、一企業が運営する卸売市場が、「りんご」という人気の青果において全国一位の取扱数量を実現できるのだろうと疑問に思っていました。お話を伺い、“民設民営”の柔軟性という強みを生かした運営が、いかに魅力ある市場を育てたかを理解できました。印象に残ったのが、「つながり」をとても大切にされていること。一部でなく全体の変化を、自社だけでなくステークホルダー全体の成長を考え、津軽の農産業のアップデートを支えていらっしゃいました。
枠にとらわれない多様な取り組みを行う弘果さまの進化を、オリックスグループとして、ぜひお力添えしていきたいと考えています。