「芋けんぴ」国内シェア50%の専門メーカーは、何を守り、何を変えてきたのか【高知県・澁谷食品株式会社】

素朴なおいしさで根強い人気の国民的なお菓子「芋けんぴ」。この芋けんぴの発祥の地である高知県の老舗メーカーで、国内シェア50%を有するトップ企業が澁谷食品株式会社(以下、澁谷食品)です。1959年の設立時から、「従業員・農家・お客さま・地域社会」の「四方よし」を商いの根幹に据え、地元高知をはじめ、原料となるさつま芋の主要生産地である鹿児島の農家と連携し、さつま芋を使用した商品の可能性を探求し続けてきました。

現在では、芋けんぴの製造のみにとどまらず、自社ブランドとして「芋屋金次郎」を立ち上げ、東京から九州まで直営店を展開。気の利いた手土産として大人気です。芋けんぴのおいしさを支えてきたさまざまな取り組みを、オリックス高松支店高知エリア担当の尾形 洸亮が澁谷 伸一社長に伺いました。

揚げたてのおいしさを知ってほしい!その思いから立ち上げた「芋屋金次郎」ブランド

――はじめに、澁谷食品の沿革について教えてください。

「芋と油と糖蜜。シンプルな素材しか使わないお菓子です。だからこそ、ごまかしは利かない」と語る澁谷氏。

澁谷氏:1952年に父の金次郎が、かりんとうを売り始めたのが始まりです。そこから試行錯誤して「芋けんぴ」を自作しました。先代は創造性に富み、大手メーカーより早くポテトチップスを開発したり、スライスタイプの芋けんぴを発売し大ヒットさせたり。さつま芋の可能性を広げ、無駄なく使う創業者精神は、今も息づいています。

――先代から事業を引き継がれた際、当時の会社の状況はどんなものだったのでしょう?

澁谷氏:私が入社した1991年にはすでに全国規模のメーカーに成長していましたが、肥料工場や観光農園なども手掛けており、不採算の事業も多かった。正直なところ財政的には赤字経営で、債務超過寸前の状態だったのです。入社して最初の仕事が、連帯保証人の書類に押印することだったくらいです(笑)。

そのまま多角経営を続けていてはジリ貧になるのは明らかだったので、父と協議しながら事業整理を断行しました。「自分たちの得意なさつま芋の菓子作りに注力しよう」と決意を新たに、芋けんぴの「澁谷食品」、スイートポテトやさつま芋ペースト・ダイスカット製造の「ポテトシブヤ」(現在は澁谷食品に吸収)、さつま芋の栽培や育苗の「ヤゴローフーズ」の3事業だけを残し、整理しました。この3事業が現在のシブヤグループの中核になっています。

――全国区となった「芋屋金次郎」ブランドは、どのような思いで立ち上げたのですか。

コンビニ、スーパーなどを通じて多彩なラインナップの芋けんぴを全国で販売。誰もが一度は口にしたことがあるはずだ。

澁谷氏:当社の芋けんぴは、国内シェア50%に達し、大手コンビニや総合スーパーのプライベートブランド商品や卸売商品として全国に流通していますが、こうした卸売りは規格や価格が決まっています。「揚げたてに近い芋けんぴのおいしさ」を多くの人に味わってもらいたいという思いから、1996年に立ち上げたのが「芋屋金次郎」です。芋けんぴは、揚げた直後から徐々に酸化がはじまり、時間がたつにつれ風味が落ちてしまいます。揚げたてが一番おいしく、それが「芋けんぴ」の本当の味です。私自身、子どもの頃ヘトヘトになるまで家業を手伝って、熱々の芋けんぴをつまみ食いをしたときの感動をいまも鮮明に覚えています。多くの方に揚げたてのおいしさを知ってもらいたい。そんな思いで「芋屋金次郎」ブランドの全国展開を進めており、オンラインショップの商品販売などにも注力しています。

揚げ工房を併設した「日本橋 芋屋金次郎」。毎日実演販売をしている揚げたてのフレッシュな味は格別で、リピーターが後を絶たない。

――なるほど。そんな「芋けんぴ」のトップメーカーとして、澁谷食品の強みとはなんでしょう?

澁谷氏:大きく二つあり、一つは独自の冷蔵保存技術です。例年、新芋は9月から11月にかけ入荷されますが、入荷翌日までには全てを一次加工(素揚げ)します。一次加工したさつま芋を湿度と温度を徹底管理して保管し、需要に応じて二度目の揚げ加工、砂糖づけ、乾燥、パッケージングを行い、出荷しています。一次加工したさつま芋は、常温保存では酸化が進み風味が落ちてしまいますが、冷蔵所で保管することで、酸化を防いで揚げたてに近い味でお届けすることができます。手間もコストもかかりますが、この徹底した保管こそがおいしさの秘訣(ひけつ)です。

――9月から11月までの3カ月間で1年分の「芋けんぴ」のストックを用意しているのですか?

澁谷氏:そのとおりです。現在、澁谷食品では年間1万トンのさつま芋を使用していますが、これだけの量の加工を可能にしているのが、二つ目の強みである「製造ラインの自社設計」です。

実は、既製の機械では理想の芋けんぴを作れないため、創業当初からオリジナルの芋けんぴ製造機を自作する「鉄工所」と呼ぶ施設を工場内に設けています。この鉄工所では、今でも社員自ら芋けんぴ作りに必要な芋のカット機、フライヤーなどの機械を製造し、メンテナンスを行っています。これらを担うのは普段芋けんぴ作りに携わる社員で、シーズンオフには部品を取り寄せて溶接したり、新しい試作機を作ったり、既存の機械に改良を加えたりと、品質向上と効率化に絶えずチャレンジを続けています。

 

(左上)本社敷地内に備えた鉄工所。既成機器がない事が多く、自社内でオリジナル設備を作っている。(右上)一次加工(素揚げ)したさつま芋は、温度と湿度を徹底管理して保管。(左下)芋の状態に合わせて熟練の職人が芋の揚げ時間や温度などを判断。(右下)芋けんぴの検品を行うコンベア。検品は丁寧に手作業でも行われる。

「従業員の幸せ」が「お客さまの喜びを作る」

全国区のブランドへと成長している澁谷食品。それでは従業員の皆さんは、どんな思いで働いているのでしょう。高知県出身の広末 敦士さんは、地元の高校卒業後、東京の大学に進学。卒業後の2010年にUターンして澁谷食品に入社しました。現在は、商品部、店舗事業部、通信販売部の3部門のマネージャーとして、商品開発から出店計画、販促計画など芋屋金次郎に関することを担当しています。

――澁谷食品を就職先に選んだ理由を教えてください。

「芋の収穫時期や水分量によって微妙に揚げる時間や技術が変わるんです。職人技ですね」と、店舗での調理経験も豊富な広末氏。

広末氏:実家が小売業を営んでいて、店頭でお客さまに接する仕事に憧れていました。芋屋金次郎の店舗を運営しているのが澁谷食品だと知り「店舗開発や運営に携われるかも」と思い入社しました。

入社後は数カ月、製造ラインのほか工場内の配管をつなぐことも体験しました。なぜ店舗勤務希望で入社したのに機械工のような仕事をしているのか、当初はわけが分からず(笑)。しかし、あの経験がなければ今の自分はないと感じます。やはり現場を知らなければ、新しい商品の企画も販促計画もできません。その研修後に、店舗運営など任されるようになりました。

――かなり重要なポジションを任されていますが、1番のやりがいは何ですか。

広末氏:お客さまからの「おいしい」という声です。新店オープンやイベントで店舗勤務になった際、商品を手に取り喜ぶお客さまの笑顔を見るのが楽しみです。また、「いつも通販で買ってるよ!」というお声をいただくと店舗がない地域の方々にもお召し上がりいただいていると実感しますね!

――では、反対に大変だと感じることはありますか?

広末氏:さつま芋が1年に1回3カ月間しか収穫できないというところですね。毎年、農家さんとの契約を2月頃に行い、9月から11月にかけてさつま芋が納入されます。それが翌年の8月までの芋けんぴの原料となるので、1年半ごとに販売計画を立てています。特に近年は、病害による収穫量の減少、メディアやSNSで話題になるなど予想ができない事象が多く、自然の農作物ならではの難しさを感じています。

豊作になっても基本は全量買い取ります。安心して澁谷食品に販売したいと思ってもらうために、農家さんとの信頼関係を大切にしています。原料となるさつま芋が手に入らなければお客さまにも喜んでいただけないですし、会社も存続できませんから。

――なるほど。そんな澁谷食品のいいところを教えてください。

広末氏:従業員を大切にしているところですね。澁谷食品では、「従業員の働く幸せづくりの追求」「お客さまに喜んでいただける商品づくりの追求」「地域社会の発展への貢献」という三つの経営理念を掲げていますが、「従業員の幸せ」を1番目に挙げているのは、「作り手が楽しく、生き生き働いていないと、おいしいお菓子は作れない」という社長の信念によるものです。

――最後に、今後の目標について教えてください。

広末氏:「芋けんぴを食べたことがない」という方もまだまだ多いと思います。そうした方にも手に取ってもらえるよう、芋屋金次郎の直売店を増やしたいですね。「おやつといえば、芋けんぴ」、と多くの人に言ってもらえるよう、これからも頑張っていきます。

独自の冷蔵保存と自作の製造機械で、揚げたてに近い芋けんぴを追求

それでは、再び澁谷社長にお話を伺います。

――先ほどのお話を伺い、あくなき品質への追求が、御社の強みの根底にあるのだと感じました。他にはどのような取り組みがあるのでしょう?

澁谷氏:グループ企業である農業法人 有限会社ヤゴローフーズでは、土作りや苗作り、自社畑での芋作りなどを行っています。おいしい芋が育つ畑には、良質な土壌が欠かせないので、土のミネラルや微生物、肥料成分をチェックし、生育に最適な状態へ調整しています。土の栄養分やバランスがくずれないよう、別の作物を栽培する輪作も行い、常に良質な土壌づくりを研究しています。芋の良し悪しを決める苗に関しても、自社で良質な苗を育てて契約農家へ提供しています。これらの取り組みで培った研究データや栽培ノウハウは、契約農家と共有して芋作りのレベルアップに共に取り組んでいます。

また、昨今の気候変動によって産地が変わる恐れがありますから、2019年から北海道でも栽培に取り組み始めました。温泉熱を利用して函館近郊で苗を育成し、その苗を6月、函館から車で1時間ほどの厚沢部(あっさぶ)町の畑に定植します。今年(2023年)は11月に150~200トンほど収穫できる見込みで、9月現在、順調に生育しています。

気候変動の影響による不作、肥料の高騰による栽培コストの増加などから、今後、さつま芋の仕入価格は確実に上昇していきます。限られた資源を活用するため、端材を利用した商品開発にも取り組んでいます。例えば、短い芋けんぴを砕いて固めた「つぶけんぴ」という商品もその一つです。フードロスの観点からも、こうした商品開発は今後ますます重要になっていくと思います。

――最後に、会社として今後の目標を教えてください。

澁谷氏:やはり全国の皆さんに揚げたての芋けんぴを味わっていただきたいので、「芋屋金次郎」の直営店を増やしていきたいですね。ただ、「揚げ」は年季のいる職人技なので、人材を育てながら、着実においしい芋けんぴを提供できるお店を増やしていきます。「一度、手を伸ばしたら止まらない」と多くの方に言っていただけるよう、これからも理想の芋けんぴを追求していきたいと思います。

<取材を終えて>
オリックス株式会社 高松支店 高知エリア担当 尾形 洸亮

芋けんぴが大好きなので、今回の取材を楽しみにしていました。「揚げたて芋けんぴ」を試食させてもらいましたが、一口食べてビックリ。澁谷社長のおっしゃるとおり、芋の香りが格別で、あと1本だけ…と、取材中にも関わらず手が止まりませんでした(笑)。自作の製造機械が並ぶ製造現場も見学させていただきましたが、原材料にも、それを加工する機械にも、皆さんが愛情を注がれているからこその味なのだと思います。なぜ、澁谷食品さんがシェア50%のトップ企業になれたのか。その理由がよく分かりました。
現在、車や設備のリース取組をご相談いただいておりますが、理想の芋けんぴを追求するにあたって1番目に挙げておられる「従業員の幸せ」を実現するための福利厚生の拡充等、オリックスグループとして多方面からお力になっていきたいと思います。

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