鳥取県米子市に本社を構える山陰酸素工業株式会社は、ガスをはじめとするインフラ提供によって、山陰地方を中心とした地域の暮らしと産業を約80年にわたり支えてきた企業です。現在、総合エネルギー会社へと成長し、「幸せをめぐらせるグループになる」という長期ビジョンを掲げ、新たな挑戦をスタートしています。2023年4月には山陰地方の企業で初めてCVC推進室を設置。スタートアップ数社への出資を進め、新規事業創出に取り組んでいます。山陰地方にどんな価値をもたらそうとしているのか、同社代表取締役社長 並河 元氏とCVC推進室 室長の矢田 貴之氏(以下、敬称略)にオリックス 山陰支店の前田 洋がお話を伺いました。
創業78年。山陰地方の人々の生活と産業を支え、成長してきた
――はじめに、創業からこれまでの歩みについて教えてください。
並河氏:創業は1946年、戦後復興を後押しするために、島根県松江市でものづくりに欠かせない「酸素」の製造を始めました。酸素は、鉄鋼や金属加工産業に用いられ、戦後の産業復興に必要不可欠だったのです。その後、産業用のみならず、医療用、家庭用のLPガス、LNG(液化天然ガス)等の製造・販売を手がけるようになり、供給エリアを徐々に拡大。現在では、山陰地方全域から関東、九州地方まで業務エリアを広げ、さまざまな高圧ガスや関連機器を販売しています。
――山陰地方の人々の生活と産業を支えてきたのですね。近年では、企業に対して「CO2削減」や「環境負荷低減」を求める声も高まっていますが、そうしたことにも取り組まれているのでしょうか。
並河氏:2016年4月の「電力小売自由化」をきっかけに、新電力分野に参入しました。再生可能エネルギーを中心にエネルギーの地産地消を目指し、米子市と当社含む地元企業で新電力会社「ローカルエナジー株式会社」の設立にも携わりました。
また、企業が事業におけるエネルギー消費全体を把握するエネルギー・マネジメント・システム(EMS)の導入支援にも力を入れています。具体的には、EMI株式会社(東京都千代田区)と共同開発しているクラウド型EMS『エネ達3』の提供を通じて、使用エネルギーの見える化と空調の自動制御を実現し、お客さまのエネルギーコスト削減に貢献するというものです。
――EMS事業は、どういうきっかけで始められたのでしょうか?
並河氏:私が前職を辞めて山陰酸素に入社した2013年は、ちょうどアメリカでシェールガス革命が起き、それまで天然ガスと原油の輸入国だったアメリカが一転、輸出国となったタイミングでした。そのとき、「このままガスだけに頼っては先細りになる」と危機感をもち、特定のエネルギーの供給に依存しないEMSに着目して販売を開始しました。さらに「限られたエネルギー資源を効果的に使おう」という、今でいうSDGsの意識もゆくゆくは世の中に広まり、付随するサービスの需要も増大していくだろうと考えたのです。このように当社は地域インフラの一端を担う企業として、時代の流れを読み一歩先を見据えた事業を展開してきました。
「働く人の幸せを第一優先で考える」ことが、ステークホルダーの幸せにつながる
――2023年には、2032年をターゲットにした長期ビジョン「幸せをめぐらせるグループになる」を発表されました。なぜこのタイミングで策定されたのでしょうか。
並河氏:2020年に父で前会長の並河 勉が亡くなり、私がその跡を継ぎました。父はカリスマ性でグループをまとめあげる経営スタイルでした。私はその逆で、社員みんなで目標に向かって走っていく。そんな会社にしたくて、長期ビジョンを作りました。
「幸せをめぐらせるグループになる」という言葉は、“働く人の幸せを第一優先で考える”という決意表明です。社員の満足度が高ければ、生産性も上がり、商品やサービスの質も向上する。それが結果的に、取引先やパートナー企業、お客さまなどさまざまなステークホルダーの皆さまの幸せにもつながる、ということです。
――なるほど。社員の「満足度=幸せ」が、めぐりめぐって地域や社会に還元されるということですね。では、社長に就任されてから、特に力を入れて取り組んできたことはなんでしょうか?
並河氏:最も力を入れているのは「新規事業にチャレンジする土壌づくり」です。それには、“人”の育成が欠かせません。自分自身のキャリアを振り返っても、挑戦を楽しみながら今日まで働いてきました。“チャレンジは楽しい”という文化をグループ全体に根付かせたいという思いを社員に伝えたくて、毎週月曜に配信する社内ラジオも始めました。経営方針や社長としての考えを語ったり、社員とフリートークしたり、起業家の方と対談したりなど、さまざまなコーナーがあります。どれだけ思いが届いているのかわかりませんが、いろんなことに好奇心をもって、自ら手を挙げて新規事業に挑戦してくれる社員を一人でも増やすために、これからも続けていきます。
――地域にとって必要な新規事業の立ち上げを加速するために、2023年3月には、山陰地方の企業で初となるCVC推進室を立ち上げたと聞きました。
並河氏:自社だけで新規事業を創出したり市場を拡大したりするには限界があると考え、2016年頃から、ベンチャー企業との協業を検討していました。
情報収集を経て、「独創的な技術を持つベンチャーと一緒に仕事をしたい」という思いから、CVC推進室を立ち上げました。CVCの対象エリアは山陰に限らず全国です。当社の事業を“半歩先のステージへと押し上げてくれるベンチャー”を求めています。協業によって、事業全体が厚みを増して、地域への貢献力が高まる―そんなイメージをもって、出資先を探しているところです。
社会課題の解決をめざすベンチャーに積極的出資
では、実際にはどのような会社に出資しているのでしょうか。CVC推進室 室長の矢田 貴之氏に話をうかがいました。
――出資方針などがあれば教えてください。
矢田氏:大きく二つあります。一つは「脱炭素に寄与するソリューションであること」です。エネルギーの供給会社としてカーボンニュートラル社会の実現に資するべく、CVC推進室の立ち上げ直後に全国約200社、脱炭素をキーワードに出資候補先ベンチャーをリストアップしました。
そのなかで出資1号案件となったのが、株式会社SIRC(サーク)です。SIRCは、大阪市立大学発のベンチャーで、電力に関するさまざまなデバイスを開発しています。そのなかで注目したのが、工場の製造ライン、装置ごとの消費電力量の見える化を実現する「SIRC IoT電力センサユニット」。電気工事不要で、手軽に導入可能です。取引先7社の工場に試験導入していただき、先月、2社から正式発注をいただきました。
――では、もう1つの方針とは?
矢田氏:「地域課題・社会課題の解決と向き合っていること」です。2023年8月には、沖縄県うるま市に本社を置く「株式会社Waqua(ワクア)」に出資しました。Waquaは、世界最小クラスの淡水化装置の製造と、その装置の稼働状況をIoTで遠隔監視できるアプリケーションを開発しているベンチャーです。海や河川から取水した水を効率的に真水に変える技術を有し、現在、国内外を問わず船舶や水道が引けない工事現場などへの装置の導入が進められています。
日本では、自治体の財政難や人手不足による水道インフラの老朽化が大きな問題になっています。Waquaの淡水化装置は、地域の水道インフラの維持や、災害時の避難所などでも活躍できるポテンシャルを秘めています。
――CVC推進室が立ち上がったことで、社内に変化はありましたか?
矢田氏:いま挙げた2社の製品を、各拠点の営業と同行し、お客さまに提案していますが、営業から「ガス以外のインフラについてお客さまからお話を聞く機会が増えた。営業の切り口が広がる」という声がありました。当社はガスというインフラを通じて、法人・個人を問わず、多くの顧客基盤を築いてきましたが、CVCを機にお客さまに最先端の技術も提案できるようになりつつあると感じています。
――今後の展望について教えてください。
矢田氏:既存の出資先2社に関しては、地域に根ざした私たちの強みを生かしてご提案を続けていきたいと思います。
新たな出資については、“まだ世の中に知られていない技術”に注目して出資先を選定していきます。具体的には、消費エネルギーの削減ソリューションを持った会社を検討しています。ベンチャーの製品やソリューションを掛け合わせることで、独自のソリューションを生み出し、当社の事業の成長にもつなげていきたいですね。さらにはそれらの独自のソリューションを山陰地方以外にも展開していきたいと考えています。
地域が持続可能でなければ、山陰酸素工業も持続しない
最後に並河社長に話をお聞きしました。
――並河社長自身、生まれ育った地である山陰地方でどのような挑戦をされたいとお考えですか?
並河氏:そもそも地域が持続可能でなければ、私たちの事業も継続できません。少子高齢化や空き家問題、水インフラや交通インフラの維持・整備…など、山陰地方はさまざまな課題を抱える課題先進地域ですが、私はそれを課題“解決”先進地域に変えることを目標にしています。この条件の厳しい地域で成功したビジネスモデルは、必ずほかの地方都市でも通用する。課題が山積みの環境をむしろチャンスと捉え、新たなビジネスに挑戦していきたいと思います。社員と新たなビジネスに挑戦しながら、会社の成長にもつなげていきたいですね。
――ありがとうございました。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 山陰支店 次長 前田 洋
地元の発展に貢献するという創業以来の理念を大切にしつつ、未来に向けて会社や事業のあり方を変革させている山陰酸素工業さま。過疎化、高齢化など多くの課題を抱える山陰地方にあって、「これは、全国に先駆け新たなビジネスモデルを作るチャンスだ」と語る並河社長は、まさに“チャレンジは楽しい”と「幸せをめぐらせる」ビジョンを体現されていると感じました。シナジーが生まれるパートナーを探す上では、オリックスグループのネットワークを生かしたお手伝いもできるのではと考えています。今後とも、地域発展に貢献される同社のお力になれるよう、努めていきたいと思います。