[Publisher] ORIX Group
牛乳、そしてチーズ、バター、ヨーグルトなどに代表される乳製品は、いまや日本の食に欠かせない存在だ。政府は年間750万~760万トンの生乳生産量目標を掲げ、生産量の向上を図っている。しかしながら、全国的に酪農家の戸数が減少しているのが現状だ。生き物を相手にする仕事は休みが取りにくく、やるべき仕事は数多い。その結果、人手不足・後継者不足がますます深刻になるという悪循環を生んでいる。
しかし、そんな現状を打破するソリューションを持ち、解決に尽力する老舗の専門商社がある。欧米から最先端の機械を国内の酪農家に紹介し、酪農における一連の生産工程の省力化と自動化の普及を支えてきた酪農専門商社の「コーンズ・エージー」だ。
一般的に酪農は「牛を育て、搾乳する」部分がイメージされがちだが、それは酪農の仕事の一部分に過ぎない。近代的な酪農生産は、土づくりから始まり、牧草などの飼料収穫、餌の配合調整、給餌、搾乳、糞尿処理、さらに糞尿を電力や有機肥料として土壌に還元するバイオガスプラントの活用など多岐にわたる。その幅広い仕事の各分野の最先端機器を世界中から選りすぐり、輸入・販売から、設置・施工、メンテナンスまで、トータルエンジニアリング会社として提供しているのが同社だ。
オリックスは2018年12月、酪農専門商社「コーンズ・エージー」に出資し、その志を支援することを決めた。同社 代表取締役社長 南部谷 秀人氏と、オリックス 事業投資グループ 富松 彰利の対談から、両社の取り組みと酪農の未来を探る。
商船高等専門学校から酪農への“船出”
富松:本日は、よろしくお願いします。
お会いしてお話しするたびに感じますが、南部谷さんが酪農の課題解決に取り組む熱意は、並々ならないものがありますね。酪農業界には、どのようなきっかけで入られたのですか?
南部谷:学生時代は、まったく畑の違う商船高等専門学校で外航船の機関士になる勉強をし、研究室でコンピューターエンジニアリングを学んでいました。1年間の卒業航海訓練から帰ってきたときに、研究室の指導教官から、「先輩が求人に来ている」と言われてお会いしたのが、コーンズ・アンド・カンパニーの農業機械部(現在のコーンズ・エージーの母体)で働く先輩でした。そこで初めて酪農業界のことを知りました。
富松:意外にも、酪農とは無縁の学生時代だったのですね。
南部谷:航海訓練で世界を回ったことで、海外で働くことや、海外とやり取りできるビジネスに興味を持っていたので、外資系商社に興味を持っていました。卒業前に日本を代表する大企業で生産管理の勉強もしましたが、出した結論は、ダイナミックに海外と通じる仕事ができる会社。それがコーンズ・アンド・カンパニーでした。
機械を導入した酪農家の方が、家族旅行に行けるようになった
富松:そんな南部谷さんは、酪農について積極的に情報発信していらっしゃいます。多くの酪農家の方々と会うことで、彼らの抱えている課題について深く共有されてきたのですね。
南部谷:これまで日本の酪農は家族経営が中心。家族総出で働くことで支えられ、休日をとる体制を作ることも難しかった。しかし、働き方改革が叫ばれるいまの時代は、昔のままでは立ち行きません。親世代も、家業として世襲してもらいたいという願いはあっても、過酷な仕事だから子どもに継がせないほうが良いのではないか、と考えてしまうところもあるでしょう。それが後継者不足につながっていると感じています。
しかし、さらに離農が続けば、冗談ではなくケーキなどの乳製品が食べられなくなる事態も起こりかねません。生乳生産は数年がかりの仕事の結晶であり、簡単に蛇口を開け閉めするように調整できないものです。また乳製品が消費者に届くまでには、それを支える多くの周辺産業が関与しており、それらへの影響も計り知れません。
私たちは酪農専門商社として、酪農家の皆さまが安定した生産と経営ができるように、乳製品業界の生産基盤を安定させるためのお手伝いをさせていただくという大きな使命を担っています。
富松:南部谷さんは以前、「コーンズ・エージーが提案した機械を導入した酪農家の方が、家族で旅行できるようになった」とおっしゃっていました。とても印象的なお話でした。
南部谷:ロボットの導入により、かなりの作業負担を減らせます。例えば自動搾乳ロボットは、牛にストレスなく搾乳できますし、生乳の成分や量から個体の健康管理もできます。これらの機械を導入いただいたお客さまから感謝の言葉をいただけることが私たちの喜びです。
富松:牛たちが自ら進んで搾乳ロボットに列を作っていることに驚きました。餌を動機に自分の意思で搾乳ロボットに入るので、牛にストレスをかけずに搾乳することができるのですね。きめ細かい健康管理もでき、本当にすばらしいシステムだと思います。
南部谷:私たちは、1997年に日本で初めて搾乳ロボットを導入したのですが、当時は「牛の搾乳作業をロボットで行うなんてとんでもない」と、なかなか酪農家の方々にご理解いただけませんでした。しかし地道に普及活動を続けてきた結果、ここ最近の生乳生産量の減少、人手不足、アニマルウェルフェアの浸透などといった環境変化により、搾乳ロボットが徐々に普及を始めています。
ただ、日本の酪農業界全体が持続可能な産業として続いていくためには、ハードウエアと共に、文化というソフトウエアも欧米の酪農先進国に近づけていかなければならないと考えています。例えばオランダなどでは、酪農家は憧れの職業です。かっこいいトラクターに乗って、おしゃれをした酪農家が牧草地を耕している風景をよく目にします。酪農家は、格好良い職業なのですよ。日本の酪農がそこに近づくために、私たちの果たせる役割は大きいはずです。
オリックスが酪農の生産性向上に行き着いた理由
富松:私たちは、出資を決めるときにその会社の収益性だけでなく、出資することの社会的意義も重要な判断要素としてとらえています。オリックスは投資ファンドではありませんので、短期的な転売を行う投資スタイルは採用していません。社会的意義のあるビジネスを行っている企業に出資し、常駐者を派遣してともに汗をかき成長をサポートすることで、社会に貢献できればと考えています。コーンズ・エージーは、まさにピタリと当てはまりました。
南部谷:実は、出資のお話をいただいたときに、オリックスと酪農が結びつきませんでした。私たちの事業に興味を持たれたのはなぜですか?
富松:私たちは、動物用ワクチンメーカーとして国内最大手の株式会社微生物化学研究所、動物用医薬品の国内大手メーカーであるフジタ製薬株式会社と資本関係があります。動物薬業界を通じ、近代的な酪農設備を導入して酪農家が大規模化している事実や、今後の大規模化を目指す酪農家の存在を知りました。
そして、酪農業界の人手不足などの課題を深堀りするなかで、「日本の食料自給率を維持する」という使命を持って解決に取り組んでいるコーンズ・エージーという会社を知ったのです。牧草収穫からバイオガス発電まで「Grass to Gas」のワンストップサービスで顧客のニーズに応えられるのはコーンズ・エージーだけなのではないかと思います。
南部谷:ありがとうございます。オリックスからは、数名のプロフェッショナルに常駐してもらって、主に労務・財務面で知見を提供いただいています。いまは営業の拡大に向けて、広報やコンプライアンスを含めてより強靱(きょうじん)な組織を作り上げようと脚元を固めている段階です。また、今まで面識のなかった業界関係者の方々と意見交換できる機会も増え、会社としての視野がどんどん広がっています。つくづくオリックスはとても裾野が広い会社だと感じています。
富松:オリックスは顧客視点でイノベーションを繰り返してきた会社です。リースを起点に事業領域が広がり、世界でも類を見ないユニークな企業になりました。その成長過程で得た知識やノウハウが、少しでもコーンズ・エージーの成長のお役に立てればと考えています。
南部谷:そのような意味では、私たちと似ている部分があるかもしれないですね。コーンズ・エージーも、酪農家の方々の課題解決について真剣に考え続け、「Quality & Innovation」という旗のもとに、世界中から革新的な酪農機械を発掘し、さまざまな商品を手掛けるようになりました。その結果、一貫した酪農生産体系の機械化をご提案することができる世界でも類を見ないオンリーワン企業になりました。今、私たちが一緒に仕事をしているのは必然だったのかもしれないですね(笑)
酪農家と聞けば、だれもが憧れを持つような文化を創っていきたい
富松:私たちは、出資先の自主性と社風の維持が大切だと考えています。その上で、南部谷さんのような経営者が自ら課題を感じて展望を描いたことを、陰日なたからサポートできるのが、出資関係という強力なパートナーシップです。オリックスのネットワークを生かしてビジネスのつなぎ役を担うこともできます。
南部谷:ありがとうございます。酪農は食を支えるだけでなく、これからの時代に求められる循環型産業としての一面を合わせ持っています。酪農家は、そのサイクルにかかわるさまざまな知識を持ち、産業としての可能性を広げることができるとても魅力のあるかっこいい仕事です。「きつい」仕事というこれまでの常識は、機械の導入により変えることができます。酪農業の現場が省力化されて、そして酪農家がかっこよくなって、夢と希望に満ちた仕事となれば、就農人口も増えて活力ある産業になると思うんです。酪農家と聞けば、だれもが憧れを持つような文化を創っていきたいですね。そして、持続可能で発展性のある産業に変えていきたいと考えています。
富松:南部谷さんの思いにこたえられるよう、全力でサポートします。日本でも酪農を憧れの職業にできるよう、一緒にがんばっていきましょう。本日は、ありがとうございました。