[Publisher] ORIX Group
世界を変える革新的な技術の創出――それは大企業の特権ではない。企業規模によらず、こと日本においては中小企業やスタートアップ企業がその役割を担うケースも多く存在する。
技術とは、存在するだけでは世界を変えることはできない。社会が抱える課題と結びつき、一つの解決からさらなる課題が生まれ、それをまた解決する。その積み重ねにより大きな変化へと変換されていく――つまり、ポテンシャルを発揮できるプレイヤーとのマッチングが重要となる。
本シリーズでは、そうした“技術と課題のマッチング”を「社会実装」と位置づけ、先進的な技術で今にも変革を起こそうという企業の取り組みを通じて、これからのビジネスのあり方を考える。
本稿では、「知財と事業をマッチングさせるクリエイティブ・カンパニー」として世界に眠るさまざまな技術を紹介する『知財図鑑』に迫る。
メディアの運営会社である株式会社知財図鑑 代表取締役CEOで、知財ハンターの出村光世氏が語る、これからのビジネスにおいて求められる視点とは。
世界にはもったいない知財がたくさんある
――そもそも「知財図鑑」とは、どのようなものなのでしょうか。
出村 「知財」※1と「事業」をマッチングさせるクリエイティブ・カンパニーです。専門性が高いがゆえに、これまで限られた業界でしか知られていなかった技術や製品を「知財ハンター」が掘り起こし、簡潔に分かりやすく紹介しています。2020年のオープン以来、約1年半で400以上の知財を収集しました。
「図鑑」の名のとおり、写真や図版などのビジュアル要素を多く盛り込んでいるのも特徴で、知財の面白そうな活用方法を「妄想」して、イラストでも紹介しています。知財図鑑をきっかけに、技術者や研究者といった方々以外にも、新規事業の担当者やクリエイター、投資家などに、幅広く知財の活用方法を考えてもらうことが狙いです。さまざまな立場の人が、それぞれにアイデアを出し合うことで、知財を元にした事業が生まれやすくなります。
※1「知的財産」のこと。知財図鑑では、特許にとどまらず、応用性の高いテクノロジー全般を知財といった内容を指す言葉として使用する。「知的財産」の法令上の定義は「知的財産基本法」第二条を参照。
――知財図鑑を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。
出村 とても想像力をかき立てられる技術でありながら、ごく一部の人しか知らない、というケースが世の中には数多くあって、それが世界にとってすごくもったいないことだと感じたからですね。
知財図鑑の運営母体である株式会社コネルは、「欲望を形に。」をコンセプトに掲げているクリエイター集団です。企業や研究機関が持つテクノロジーにアイデアを掛け合わせて未来の体験を実装するプロジェクトを手がけています。
昨今、「画期的な技術を開発したが、具体的な使い道が思いつかない」といった相談を受ける機会が急増し、世の中のニーズや、より面白いプロダクトとするために必要な要素の深掘りを行いながら多くのアイデアを結びつけ、社会に実装してきました。
しかしながら、依頼や相談を受けることが増えれば増えるほど、われわれだけですべての技術を活用することが現実的でなくなってきました。ならば、すばらしい技術をクリエイターの視点で紹介し、活用するためのアイデアの募集が一気にできるプラットフォームを作れば良いのでは、と考えて立ち上げたのが知財図鑑です。
「問い」を立て、諦めずに議論するプロセスに価値がある
――では、これからの時代、新しい技術を事業化、製品化するために大事なポイントは何でしょうか?
出村 そのプロダクトやサービスがなぜ必要なのか、解決できるであろう社会の課題とは何なのか、「問い」をきちんと立てることが大切だと思います。
人々の価値観の多様化や科学技術の進歩、地球環境の変化が絡み合い、世界は日々、複雑さを増してきています。そうした時代では、例えばビジネスの手法も課題の解決方法も、「正解」が一つではなくなってきています。意思決定や分析、戦略立案などの知的生産を効率化する枠組みとして、多くのビジネス上の課題に共通して用いられる「フレームワーク」も、一定の結果には結びつきますが、その枠組みからはみ出る課題も増えてきている状況です。何か課題に直面したら、その都度適切な「問い」を立て、解決方法を模索していくことが大事です。
その点からも、これまで以上に「コラボレーション」や「共創」がカギになってくると思います。われわれもプロジェクトを進める上で、関係者が増えると意見がまとまりにくいことがよくあります。しかし、そこが実は重要で、「問い」を立てて、諦めずに議論するプロセス自体に価値があります。議論が熱くなるほど、製品化、事業化するための意味性も深まり、結果的により良いものが生まれやすくなると思います。
そして、われわれが「問い」と同じくらい重要だと考える要素が「欲望」です。自らの「欲望」を起点にしてそれを実現するための技術や手段を見つける。そのようなアプローチの方が、推進力は高まると感じています。
――「欲望」ですか?
出村 例えば、最近当社では、風に反応して揺らぐ壁「ゆらぎかべ」というプロダクトを作りました。これは、リモートワークの機会が増え、閉塞(へいそく)感を抱いていた私が「もっと自然を感じたい」という欲望がきっかけとなってスタートしたものです。
屋外の風をセンシングし、風の強弱と電磁石に流れる電流の大きさを連動させ、金属を含む布がゆらめくという仕組みです。屋内であっても視覚的に風を感じることができます。
「ゆらぎかべ」のプロジェクトでは、「デジタルに囲まれた生活がつらい、どうにか打開したい」という欲望から始まり、「では、自然の揺らぎは人々にどういう影響を与えるのか」という問いに変換されました。そして、その検証に必要だったのが、「電磁石の制御基板」や「揺らぎを起こす布の加工」という技術でした。
欲望から、どうやれば実現できるかの問いが生まれ、具体的な手段の模索が始まる。市場調査をベースとした既存のものづくりのアプローチとは異なる流れですが、欲望起点の方が、エッジの効いたもの、世の中に訴える力が宿ったものが生まれやすいと思います。
オリックスは「社会実装のプラットフォーム」になれる
――オリックスが推進するスタートアップとの協業※2について、多くの企業とコラボレーションしてきた出村さんはどう思われますか?
出村 出資をされているということですが、資金面以上に、非常に幅広い業界や領域と橋渡しをしながら、R&Dを加速させることができる点が、オリックスならではの強みであると思います。
技術をウリにしているスタートアップが抱える課題の一部に、「実験の場や機会が得られない」ということと「技術がとがりすぎている」ということがあります。
前者については、いかに理論やシミュレーション上では正しく動作しても、何が起こるか分からない現実空間で十分に実験を重ねないことには、製品として世に出すことはできません。資金や信用の面で、規模の小さい企業ではそこをクリアすることが難しい。また、後者については、先ほどの欲望の話にも通じるのですが、あまりにエッジの効いたアイデアだと、非常に限られた範囲でしか活用がされない。
こうしたところに、持ち前の体力と、幅広い領域において長年培ってきた知見から、実験の場と、より広く多くの人の役に立つアイデアへと昇華するためのアドバイスを、大手の企業が提供する、というのはとても意義深い取り組みだと思います。
――オリックスのアセットが、技術の実装を加速させるわけですね。
出村 そうですね。特にものづくり系のスタートアップには、量産化と市場流通という問題もあります。製品が完成したとしても、大量生産してくれる工場が見つからなかったり、ブランド力がないために取引先に相手にされなかったりという問題もあります。それが大手企業とコラボできれば、関連会社の工場を使わせてもらったり、大手ならではのブランド力や信用力に乗っかって商品展開したりということができるわけです。
『知財図鑑』は「知財と事業をマッチングする」プラットフォームであると言いましたが、オリックスはマッチングによって生まれたチャンスを社会実装するためのプラットフォームと言えるのではないでしょうか。
――最後に知財図鑑の今後の目標について教えてください。
出村 知財の総合プラットフォームとして、検索から活用するための契約まで、マッチングをオンラインで完結する仕組みができたら理想的です。これからも知財の流動性を高め、世の中をワクワクさせるような製品やサービスを生み出すためのお手伝いをしていきます。
※2 オリックスは目下、クラウド録画サービスを展開する「Safie」(セーフィー)やAI・ディープラーニング技術のコンサルティングと開発を行う「Ridge-i」(リッジアイ)といったスタートアップと協業を進めている。
オリックスの持つ営業ネットワークなどのアセットを生かし、スタートアップの技術力と、さまざまな業界や領域の課題を結びつけることでR&Dに役立てるなど、単なる資金提供にとどまらない形で、先端分野における事業拡大を行っている。