空港は、私たちの生活を支えるインフラの一つ。その運営には、安全性の確保、高い利便性はもちろん、環境への配慮など、さまざまな要素が求められる。また、人々が「利用したい」と思えるような魅力も必要だ。こうした多くの要件を満たすため、近年その運営には「コンセッション」という仕組みが導入されるケースが増えている。国や自治体に施設などの所有権を残したまま、事業運営権を期限付きで民間企業に売却し、民間企業が事業運営を担う仕組みだ。
空港コンセッションで国内初の本格的な空港運営事例となったのが、関西国際空港と大阪国際(伊丹)空港。オリックスと仏空港運営会社VINCI Airports(ヴァンシ・エアポート)を中核とするコンソーシアムで設立された関西エアポート株式会社が、2016年から関西国際空港と大阪国際空港の運営を担っている(2018年からは100%子会社による神戸空港の運営も開始)。2025年に開催予定の日本国際博覧会(大阪・関西万博)に向け、国内外の訪問客を受け入れるゲートウェイとして受け入れキャパシティの拡大および利便性・魅力の向上が期待されている。現在、大規模なリノベーションが行われており、2022年10月には第一弾としてターミナル1の国内線エリアがリニューアルオープンした。
関西国際空港は、どのように魅力を高めているのだろうか。またどのような人がそれを支えているのか。関西エアポート株式会社の各担当者と、オリックスから執行役員として出向している桑木 雅行に話を聞いた。
商業エリアの拡充とスムーズな保安検査の実現で、空港滞在を「わくわくする」時間へ。
「2022年10月にオープンした第1ターミナルビルの新国内線ゲートエリアは、保安検査後の商業エリアを大幅に拡充し、保安検査後もショッピングや飲食を楽しんでいただける空間にしました」。設計を担当した関西エアポート株式会社 T1リノベーション部 増田 有佑はこう語る。
同エリアには関西地方の名店を中心に飲食・土産物店が並び、関西の魅力を感じられる空間となっている。店舗は人の動線を考慮して曲線的に配置し回遊性を高めた。飲食店は席数を多めに取るなど空間を広く設け、利用客に保安検査後の時間をゆったりと楽しんでもらえるよう配慮している。
また、混雑などで利用客を待たせることが多い保安検査場では、複数の利用客が同時に検査レーンを利用できるスマートレーンが新たに設置され、「ファストトラベル」を実現。旅の時間をより有意義に過ごせるよう工夫されている。
「『ただ飛行機に乗るためではなく、関西国際空港を楽しみたいから、早めに着いておこう』と思っていただければ嬉しいですね」(増田)
そして、旅客動線のオペレーションを担当した山下 愛未は次のように話す。
「ユニバーサルデザインを取り入れ、どのような標識にすればお客さまに分かりやすいか、アイコンの大きさや矢印の向き、直線、曲線、色味の細部にまで何度も検討を重ねました」。
「広い空港で、時には時間が迫る中で、お客さまが迷われることなく空港内を移動していただくために、標識は重要な役割を果たします。だれもが移動に困らない標識とは何かを考え、障がい者の方にも実際に現場で意見を伺い、今の形に至りました」(山下)
今後は、2023年冬の新国際線エリアオープン、2025年春のグランドオープンに向け、さらなるリニューアルを進めていく。
サステナブルな空港運営の実現に向けて。脱炭素をはじめとする環境負荷軽減への取り組み
空港の楽しさや利便性が求められる一方で、同じく利用客や社会の関心が高まっているのが、環境への配慮だ。関西国際空港では、脱炭素化などサステナブルな空港運営の実現に向けた取り組みも着実に進められている。
「関西3空港(関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港、神戸空港)を運営する関西エアポートグループでは、環境計画『Oneエコエアポート計画』を策定し、3空港一体で環境負荷低減に向けた活動を推進しています。脱炭素化においては2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする目標に向けて、さまざまなアイデアを形にしている段階です」。関西エアポート株式会社 技術統括部 環境・空港計画グループの武内 有佳はこのように語る。
空港は航空機を安全に飛ばすことを第一とするため、建設・設置するものにさまざまな制約がある。そうしたなかで関西国際空港では、空港の広大な敷地を生かして、航空機の安全な運航に影響のないスペースへのメガソーラーの設置、小型風力発電の設置などが進められている。
また、新たなエネルギーとして注目される水素の利活用にも積極的だ。社用車やフォークリフトの一部に、水素で走る燃料電池車両を導入。敷地内には誰でも利用できる水素ステーションが整備されており、近隣の方が利用する姿も見られるという。
「航空業界の脱炭素化に向けて、航空機への水素の活用が期待されており、その実現に向けて空港で必要とされるインフラ整備の検討を開始しました。また、空港内の太陽光発電でグリーン水素(再生可能エネルギーから水を電気分解するなどの方法によって製造される水素。製造から使用までのライフサイクルにおいてCO2排出ゼロが実現できる)を作れないかなど、さまざまな事業者や研究機関と協力しながら、ネットゼロの空港を目指しています」(武内)
マンション、倉庫、工場、病院から空港まで。培ってきた多様な経験をもとに、空港という“街”の運営にチャレンジする
こうした第1ターミナルビルのリノベーション、Oneエコエアポートの実現など、関西エアポートは、関西3空港において、空港の利便性・魅力の向上を推進する。
その多岐にわたるプロジェクトの指揮を担う一人が、関西エアポート株式会社 執行役員 副最高技術責任者の桑木 雅行(くわき まさゆき)だ。技術部(建築、基盤、特殊設備、技術統括)、T1リノベーション部、IT部の各部門を管掌する。
「空港というインフラを担う上で、安全でトラブルのない運営は大前提。その上で、空港の魅力を高め、健全な経営を実現していく必要があります。関西国際空港は海上空港で立地も特殊。空港島内の給排水や廃棄物の処理なども含め、1つの都市を運営するような事業です」(桑木)
手掛ける分野は幅広く、また多くのステークホルダーが存在する事業だが、もともと桑木の専門は建築だ。
「学生時代に建築を学び、卒業後は設計事務所に就職。マンションから倉庫、工場、病院など、さまざまな設計業務を担当するなかで、オリックス不動産が開発するオフィスビルのプロジェクトに携わる機会があり、縁あってオリックス不動産に入社した。
「設計事務所時代は、受注側として1つのプロジェクトに集中的に従事していましたが、オリックス不動産では、発注側として常に十数件の物件を担当し、建築主として管理する立場となりました。受注側・発注側双方の気持ちがわかるため、開発物件の担当者の意見をくみ取り、設計者に伝える“通訳”のような働きができました」(桑木)
そうした日々を過ごすうち、オリックスのコンセッション事業立ち上げに伴い、同部へ異動となり、関西エアポートに出向することとなった。
「現在管掌する部門のうち、建築以外は初めて担当する分野。建築においても、新たな建物を一から作って引き渡すのではなく、『使い続けていく』ためにメンテナンスや修繕を行っていくという初めての仕事で、手がける規模も格段に大きくなり、ステークホルダーも多い。本当に自分にできるだろうかと不安でした」(桑木)
その不安を乗りえる鍵はコミュニケーションだった。現場に足を運び、新たな知識をキャッチアップ。わからないものはわからないと伝え、部下からも積極的に学びを得たという。
また、この姿勢はステークホルダーとの繋がりを築く上でも欠かせないものだった。例えば共同で事業を推進するVINCI Airportsは、空港運営に関する専門知識や国際的な空港ネットワークを有する。一方オリックスは、豊富な事業経験と確固たる事業基盤を持ち、市場のコスト感覚に長けている。コミュニケーションによって両者の強みを生かし合い、より良い空港運営を行っていくことができる。特に、建築以外未経験だった桑木は、VINCI Airportsから出向してきているCTOと密に連携を取り、また時にはVINCI本社のIT技術者、土木技術者などと連携を取るなどして未経験分野を補完している。
「商習慣、文化の違いもあり戸惑いもありましたが、彼らは非常に高い専門性を有しています。その専門性を吸収するとともに、情報共有は欠かさず、密にコミュニケーションをとることで、お互いの考えが理解できるようになりました。今では何でも話せる関係になっています。
一筋縄にいかないことも多いですが、自分の専門性を生かしながら、異なる専門性を持った方と目線を合わせることで、その周辺領域、また新しい領域で経験を積むことができています。空港運営という自分にとって大きなチャレンジができることに充実感を感じています」(桑木)
多様な人材が持つ、多様な専門性を掛け合わせることが、空港運営の鍵
現在180人ほどを統括する立場となった桑木。空港運営には多様な人材の連携が必要と語る。
「空港は、乗降客はもちろん、航空会社、国・自治体、地域の企業・住民など、あらゆるステークホルダーに対して、さまざまな価値を提供することが求められます。多様な人材がそれぞれのノウハウや経験を掛け合わせることで、新しい取り組み、アイデアが生まれ、関西エアポートならではの価値提供につなげられると考えます。部下には新しいことでも臆することなくチャレンジして、多くの経験を積んでもらいたいですね」(桑木)
多様性の掛け算がさまざまな組み合わせによって発揮されるよう、組織間のスムーズな横連携を働きかけていきたいと語る。
「オリックスグループ、VINCI Airportsなど複数の組織から成る関西エアポート株式会社の民間企業としてのノウハウを生かし、『また行きたい』と思っていただける空港になるよう、努めていきます」(桑木)
2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)に向け、新国際線エリアの改修も含めた、第1ターミナルビルリノベーションのグランドオープンに向けた工事は現在も急ピッチで進行中だ。多様な専門性の掛け合わせが、愛され、支持される空港を作り、維持・発展させていく原動力となっている。