[監修] 一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 代表理事 森戸裕一
本記事は2022年11月時点の情報を基に作成しています。
新型コロナウイルスが浮き彫りにした日本企業のデジタル化の遅れ。従業員規模の大きい企業に比べると中小企業・小規模企業のデジタル化の取り組みは遅れているという調査結果も出ています。中小企業においてデジタル化が進まない理由として考えられる問題点はどこにあるのでしょうか。
多くの中小企業がデジタル化の恩恵を受けられていない
2022年度版の中小企業白書によると、2021年時点では、100人を超える企業の約8割がデジタル化の取組段階3~4(デジタル化による業務効率化や競争力強化に取り組む段階)に到達している一方で、5~20人以下の企業は、デジタル化の取組段階1~2(アナログの状況からデジタルツールを活用していく段階)の企業が約5割という結果が出ています。
中小企業のデジタル化が必要とされる理由と効果
スマートフォンを当たり前に使い、コロナ禍でリモートワークやオンライン会議が浸透してきたように、今や私たちの生活はデジタル社会前提のものに移行しつつあります。このような中で中小企業が事業を継続・成長していくためにはデジタル化は必要不可欠であり、避けて通れるものではありません。では、具体的にどのような課題解決にデジタル活用が役に立つのでしょうか。五つの観点から解説していきます。
「人手不足」への対応
出生率の低下に見られるように、日本の少子高齢化はとどまることを知りません。その影響は労働人口にも確実に及ぶことでしょう。
今以上に人材採用競争も激化することが予想されます。デジタルネイティブ世代はオフィス環境やリモートワークが可能かといった「働き方」を広く重視する傾向があり、業務やオフィス環境のデジタル化は彼らの獲得に効果を発揮することが予想されます。
また、全体の労働人口が減ることから、いくら採用競争に力を入れたとしても、多くの企業が限られた人材でビジネスを動かす=生産性を上げることが求められることになりますが、この生産性向上にもデジタル化が効果をもたらすと期待されています。
「人材定着率」を向上
オフィス環境のデジタル化が進むと、場所や時間にとらわれない働き方の実現につながり、その結果、働き方の選択肢が増えることにもつながります。これにより、自社に必要な人材でありながら、出社が必須の勤務体系や時間制限などで雇用を見送ってきた人材を確保できるようになるなど、人材定着率の面でもメリットが期待できます。
「業務効率」を改善
先に紹介したように、労働人口が減る一方であるこれからの時代、成長するためには「生産性向上」が不可欠です。そして継続的に生産性を上げ続けるためには、属人的かつ一過性の対策ではなく、今後も進歩し続けるデジタル技術の継続的な活用が求められることは間違いありません。
「ランニングコスト」を削減
ペーパーレス化による複合機のトナーや用紙代金の削減、電子契約による印紙代や郵送費削減など、バックオフィス業務だけでも、デジタル化によってランニングコストが節約できる箇所がいくつも考えられます。さらに、何よりもそこにかかる人的コストの削減も、デジタル化によって得られる大きな恩恵です。
「情報セキュリティ」の強化
現金を持ち歩くことのリスクが高いように、紙で重要書類をやりとり・保管することには、盗難や紛失、消失など非常に大きなリスクが潜んでいます。それに対してデジタルは検索性に優れ、バックアップ運用との併用で、完全に消失してしまう可能性は高くありません。
また、クラウドサービスを活用することで、自社で保管するよりも安全かつ安定した環境に情報を保管することができるので、セキュリティの強化にもつながります。
バックオフィスを起点にデジタル化を考える
中小企業のデジタル化推進とひとことで言っても、会社の業務は多岐にわたるためどこから手をつけるべきか判断に迷ってしまうかもしれません。また参考事例を探しても、その企業の特性が自社と共通するかどうか判断できないことも少なくないでしょう。
そこでデジタル化推進の一つの起点として検討したいのが、バックオフィスです。ほとんどの企業において勤怠管理、人事評価、顧客管理、経理業務などの「バックオフィス」業務は共通要素も多いため、参考にしやすく、知見の共有が比較的しやすいと考えられます。
またバックオフィス業務は、企業にとってすべての業務の基盤と言える仕事です。バックオフィスがデジタル化されることで、契約や支払いなどを含む業務全体の効率化、受発注ミスの低減、スムーズな顧客管理の実現につながり、結果として企業全体のデジタル化への道筋が見えやすくなるでしょう。以下、バックオフィスのデジタル化のイメージとして、二つの切り口を見てみましょう。
電子契約
バックオフィス業務のデジタル化における基本的な考え方の一つがペーパーレス化であり、その代表的なものが「電子契約」です。
「電子契約」とは、紙の契約書ではなくPDFなどのデジタルデータで契約書を作成し、その書類を本人が作成したことや改ざんされていないことを証明する電子署名を加えた契約を交わす契約方法になります。
紛失や破損の恐れがある書面での契約よりもセキュリティ面で優位性があり、かつ郵送を含む各所での受け渡し、押印などの手続きを簡略化することで手続きのスピードアップにつながるなどのメリットがあります。
受発注管理
現在、政府は経済産業省と中小企業庁ならびにデジタル庁を中心として、電子受発注システムの環境整備とその導入率向上に向けて動き出しています。電子受発注システムを導入することで、電話やファクス、メールによって行われている中小企業の非効率な受発注業務を改善し、受発注の手続きをスピードアップするだけでなく、納品確認や請求業務、入金手続きなどをワンストップで行えるようになります。
これによって、紙をベースとした事務手続きに発生していた時間的、金銭的なコストの低減から、企業の競争率の底上げが期待され、政府主導の電子受発注システムもそれを大きな目的としています。この新たな電子受発注システムは2022年中に運用を始め、2023年度までに約5割の導入率到達を目標としています。
中小企業のバックオフィスを効率化する方法
前項ではバックオフィスを起点とした中小企業のデジタル化について紹介しましたが、具体的にはどう進めるとよいのでしょうか。一つの対応策として、低リスクでスピーディーに始めることができるクラウドサービスの活用があげられるでしょう。
大企業においては独自ツールを自社開発する方法も考えられるかもしれませんが、コスト面から考えて多くの中小企業にとって現実的ではないでしょう。無料または月額数百円から始められるクラウドサービスの活用がおすすめです。
バックオフィス業務における代表的なツールとしては、「勤怠管理」「給与計算」「採用管理」「請求書発行」「電子契約」があります。また業務に必要なデータなどを保存し社内で簡単かつセキュアに管理するための「オンラインストレージ」や、コミュニケーションのデジタル化を促す「チャットツール」は、全社員が関係し、またデジタル化効果の実感も得やすいツールです。
とはいえ、デジタル化に対応するためにはどのツールが自社に最適かを見極めるリテラシーも必要です。無料でいくつかのサービスを試してみる、同業者のおすすめのツールを聞いてみる、またはデジタル化の支援を行っている専門家や企業のサポートを受けながら、適切なデジタル化を進めていきましょう。