
[監修] 九州情報大学 経営情報学部長・教授 井上 善海
本記事は2025年7月時点の情報を基に作成しています。
現在、事業承継は多くの中堅・中小企業にとって極めて重要な経営課題となっています。事業承継を「する側」の手腕が重要であることは言うまでもありませんが、「受ける側」である後継経営者にも、心得ておくべきことや取り組むべき課題が数多く存在します。そこで今回は、経営学者であり企業コンサルティング経験も豊富な九州情報大学経営情報学部長・教授の井上 善海氏に、後継経営者が心掛けるべきポイントや実践すべき取り組みを伺いました。
事業承継は5年計画で。準備期間が後継経営者の成長を加速する

──まずは、日本の事業承継をめぐる現状について教えていただけますか。
全国の社長の平均年齢は、年々上昇傾向をたどっています。東京商工リサーチのデータによると、2024年の社長の平均年齢は約63.6歳で、調査を開始した2009年以降で最高を記録しました。70代以上の社長の割合も約34.5%と非常に高くなっています。
また、帝国データバンクの調査によると、2024年に休廃業・解散した企業は69,019件に達し、前年比約10,000件(16.8%)の大幅増となっています。
このうち、直前期の決算で当期純利益が黒字かつ資産超過だった企業が16.2%を占めています。要するに、会社の財務上は健全でも、後継者不在のために廃業に追い込まれたケースが少なくないのです。
実際、非常に素晴らしい製品・技術を持ちながら、後継者が見つからず廃業した企業をたくさん見てきました。
──後継経営者が決まった場合、その方には会社の将来を託す大きな期待が寄せられることになります。そのような中で、後継経営者がまず心掛けるべきことは何でしょうか。
できるだけ早く準備を始めることです。理想的には、先代が退任する約5年前から、計画的に動くのが望ましいでしょう。
準備段階は約3年。会社の現状や課題を把握し、経営者としての基礎を養います。その後、先代と共に2年間、経営を進める「並走期間」を設けると、引き継ぎがスムーズです。
ただ、実際には「まだ自分が元気だから」「目指すは生涯現役」と考える先代社長も多く、後継側も、いざとなると経営責任の重さに気後れして先延ばしにすることもあると思います。
しかし、その間に何が起こるかわかりません。だからこそ、社長の退任時期を70歳や75歳と決め、逆算して準備を始めるべきです。
後継経営者自身が、できるだけ早く、そして粘り強く先代社長に働きかけ、5年で引き継ぎできるよう、話し合いを重ねていくことが大切です。
また、経営者にとって何より重要なのは、社員、取引先との信頼関係です。社長交代で関係がギクシャクするのを避けるため、引き継ぎ期間に信頼関係を構築しておくことが欠かせません。
加えて、2代目、3代目社長に代わると、社員は不安を感じることが多いものです。社員は後継者の実力をしっかり見ています。新たな取引先の開拓など、ちょっとしたことでも成果を示せば、社員の信頼を得やすくなります。
取引先についても同様で、先代社長との付き合いの中で取引が続いている場合、急な交代で取引が終了してしまうリスクもあります。並走期間中に先代社長と一緒に取引先との関係をつくっておくことで、そうした事態を避けることができます。
後継経営者の重要ミッションは「組織経営」と「イノベーション」

──いざ事業承継を受けたときに、後継経営者が直面しがちな課題や、対処法についてもお聞かせください。
先代社長が創業社長だった場合に顕著ですが、先代社長が会社の中でカリスマ的存在になっていることがあります。しかし、後継経営者が先代社長のまねをしてミニカリスマになろうとしても、まずうまくいきません。求められるのはカリスマ経営ではなく、組織として機能する経営です。誰もが知っているような会社でも、社長の顔がぱっと思い浮かばないケースは多いと思いますが、それは組織経営が定着している証しです。
組織経営を行うためには、チームを育てることが大切です。その土台となるのが「番頭」となる人材の確保です。
先代社長には、長年右腕となってきた番頭的存在がいるケースが多いですが、番頭は社歴が長く、また会社のことをよく知っているため、先代社長が辞めると後継経営者のやることに口を出しがちです。そうなると事業承継はうまくいきません。
そこで、先代の番頭には相談役などをお願いし、後継者は自分の右腕となる人を新たに据えることが大事です。実際に、新入社員を将来の番頭候補として採用し、ともに成長していった例もあります。
例えば、ある不動産会社では、番頭の候補者3人から最終的に1人を専務に、残る2人を常務に任命しました。3人は互いに競い合いながらも、それぞれが会社のことを一生懸命考えてチームとして仕事をしています。後継経営者の下で1人が番頭となり、2人が支える体制が築かれた好例です。このように、後継経営者はカリスマ的なリーダーを目指すのではなく、組織経営を意識してほしいと思います。
──後継経営者が継承すべきこと、変えるべきことについてどうお考えですか。
経営理念は、やはり会社の軸として受け継いだ方がいいと思います。新しく経営者になると、すべて改革したくなる人もいますが、厳しい経営難に陥っている場合を除き、事業そのものを大きく変える必要はありません。私はそれよりも、イノベーションに取り組むことを勧めています。
イノベーションというと大げさに聞こえるかもしれませんが、事業を違う切り口で捉え直す程度に考えてください。例えば、ある資材会社では、産休・育休から復帰した女性社員が3代目社長に対して、「資材のインターネット販売を始めたい」と相談しました。3代目社長は快諾し、必要なサポートや裁量を与えたところ、今では売り上げの半分を海外向けネット販売で稼ぐようになったということです。
このように、若い後継者は、業界の常識にとらわれずにチャレンジすることが大切です。国も、経営革新・イノベーションを推奨しており、補助金制度も整っています。
事業全体を変えるのではなく、新製品の開発や既存製品の新市場開拓といったレベルで十分です。既存事業に、自分なりの新しい要素を付け加えることで意欲が高まり、会社も現状維持に陥らず、成長を目指せます。
関連記事:入山教授が語る、新規事業・事業転換成功の秘訣 - MOVE ON│オリックス株式会社
過信せず、畏縮せず。チャンスを積極的に生かす後継経営者へ

──後継経営者が陥りやすい落とし穴についてもお聞かせください。
周りが支えてくれていることをつい忘れてしまい、自信過剰になることです。例えば、社長の子供としてかわいがられてきたような場合、自分の実力を過信しがちですが、実際に経営を担うとできないことが多いのです。
私が自身の体験から「倒産三点セット」と呼んでいるものがあります。まず、高級車。会社の駐車場に軽自動車が並んでいる中、社長が数千万円の車に乗っていると社員の士気は下がります。高級車に乗っても構いませんが、自宅に置いておくことをお勧めします。
次に、社長室。社長室にこもっていると情報が入らなくなります。優秀な社長は、普段は社員たちと同じ空間にいるものです。ある服飾雑貨メーカーの社長は、会社の扉を開けたら真正面に座っていて、来た人が社長と知らずに声を掛けていたほどです。
最後は豪邸です。これら倒産三点セットは、私自身の経験に基づいています。私もかつて中小企業を経営していたことがあり、バブル期に高級車に乗り、立派な自宅を建て、社長室も設けました。しかし結局、経営に苦しみ、倒産して無一文になりました。
──最後に、後継経営者として事業承継を受けた、あるいは将来的に2代目、3代目社長となる方々にメッセージをお願いします。
2代目、3代目の社長は、「会社をつぶすのでは」「うまくいかないのでは」といった声にさらされ、大きなプレッシャーを感じていることでしょう。しかし、その重圧の裏には、実は大きなチャンスが隠されています。ぜひ、その可能性に目を向けていただきたいと思います。
ゼロからスタートアップ企業を立ち上げるのは容易なことではありませんが、後継の経営者には、すでに築かれた土台や人材、資金といった経営資源があります。これらを生かして、自分自身のビジョンを実現できるのは、非常に恵まれた立場です。一社員では到底得られない、まさに「宝くじに当たった」と言えるほどの機会でしょう。
実際、中小企業庁によると、事業承継を行った企業は売上高が伸びていると報告されています。

「義務感」や「やらされ感」ではなく、事業承継を「与えられたビッグチャンス」と捉え、前向きに挑戦していただきたいと思います。


井上 善海(いのうえ・ぜんかい)
九州情報大学 経営情報学部長・教授
企業経営者から経営コンサルタント、法政大学大学院教授を経て、現職。理論と実践の融合をモットーに、長年にわたって多角的な視点から企業経営に関わってきた。著書に『負けない戦略』(中央経済社)、『衰退産業の勝算』(幻冬舎)などがある。
関連コンテンツ