アップサイクルで変わる、シンガポールの食品廃棄物革命とは

[Publisher] e27

この記事はe27のSyuhadaが執筆し、Industry Diveの DiveMarketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comにお願いいたします。

食品廃棄物は、世界中で深刻な問題となっておりシンガポールも例外ではありません。気候変動や地政学的な進展などの要因に後押しされる形で、持続可能な世界食料システムの必要性が年々高まっています。

国連環境計画(UNEP)によれば、現在の世界食料システムは、地球と人類、両方の健康に大きな負担をかけています。現在の世界食料システムは、地球の水の70%を使い、人為的な温室効果ガス総排出量の3分の1の原因となり、農業によって世界の2万8000の絶滅危惧種のうち86%以上に脅威を及ぼしているのです。

都市国家のシンガポールでは食料の90%以上を輸入しており、気候の変化や供給の混乱による影響が生じています。これに対処するため、シンガポール食品庁(SFA)は、「30 by 30」という目標を設定しました。つまり、2030年までに国内栄養需要の30%を自国で生産することを目指して、食料のレジリエンス(回復力)の向上に取り組むという計画です

しかしながらシンガポールでは、農業用地が全体の1%足らずしかないため、より少ない資源でより多くの生産を行わなければなりません。こうした課題に対応するべく、持続可能な方法で食料の生産を増やすと同時に食品廃棄物を減らす必要があります。

社会的課題への問題意識から生まれた食品廃棄物管理ソリューション

33歳のシンガポール人起業家ナサニエル・プア氏は2020年、社会的課題に問題意識を感じ、エント・インダストリーズ社を設立しました。同社は、同国内の食品廃棄物管理企業ティオン・ラム・サプライズ社の子会社であり、イエロー・バイオテクノロジー(環境に関わるバイオテクノロジー)と呼ばれるバイオテクノロジー企業です。

プア氏が着想を得たきっかけは、シンガポールで大量に発生する食品廃棄物と、世界的な飢餓という根強い問題のあいだにある、著しい対比を目の当たりにしたことでした。国連報告書によると、2050年までに世界で3億人が食料不足に直面する可能性があり、これが世界的な飢餓の懸念となっています。

「今日の選択が未来を形作る世界で、自分の子どもたちが大人になるかもしれないことを心配しています。私は食品業界全体を改革することはできませんが、一石を投じる役割を果たすことはできると考えています」とプア氏は語ります。

シンガポールの一般的な食料生産者たちは、廃棄物管理ソリューションの導入コストが高額であるため食品廃棄物の管理は困難と考えています。その結果、シンガポールでは推定81万3000トンの食品廃棄物が発生し、同国の廃棄物全体の12%を占めています。その一方で、2022年には、世界で7億8300万人もの人が飢餓に直面しました。

ですが、食品廃棄物がもはや負担ではなく食料生産のための貴重な資産となるような世界を想像してみてください。この構想を実現するため、プア氏はアメリカミズアブという昆虫を利用して食品廃棄物に価値を与える方法を開発しました。例えば食品廃棄物を養殖魚用の餌などに変換するなど、廃棄せずに価値の高い製品に変え安価で効果的に食品サプライチェーンに寄与することができます。

さらに、シンガポールでは政府の食料生産への資金援助などの支援が進む一方で、飼料や肥料の生産会社などの支援産業はそれに追いついていません。これがシンガポールの食料安全保障の課題となっています。

幸いにも、エント・インダストリーズ社の食品廃棄物管理ソリューションはこの課題に対処できます。家畜飼料や肥料の輸入に依存する国内食料生産者を減らし、シンガポールの食料回復力を強化する可能性があります。

昆虫で世界を救う

アメリカミズアブは廃棄物を大量に摂取し有害な排ガスを一切出しません。幼虫期は有機物ならほぼ何でも摂取でき1日の摂取量は体重の最大4倍に上ります。

アメリカミズアブ幼虫による栄養豊富な排せつ物は、土壌の質と作物の収量を向上させるため農業で肥料として利用できます。さらに幼虫自体も価値の高い家畜用の飼料として収穫できます。これによりアメリカミズアブはシンガポールで食品廃棄物を減らし、食料安全保障を向上させ、より持続可能な食料システムを構築するための有益なツールとなります。

エント・インダストリーズ社の食品廃棄物処理の次のように行われます。

  1. 食品廃棄物をレストランやスーパーマーケットその他の事業所から回収する。
  2. 回収した食品廃棄物を処理しアメリカミズアブに最適な餌に調合する。
  3. 調合した食品廃棄物をアメリカミズアブの幼虫の群れに与える。
  4. アメリカミズアブはこの食品廃棄物を分解し栄養分に富む液体肥料に変える。
  5. アメリカミズアブの幼虫を収穫しペットや家畜向けの高タンパク飼料原料に加工する。

食品廃棄物管理を主導、一歩ずつ前進

エント・インダストリーズ社を設立したときから、プア氏は会社が進むべき方向性を明確に理解していました。プア氏のチームが進歩するにつれ、より多くのアイデアが集まるようになり、そうした新たなアイデアの一つ一つの完成度が高くなっていきました。

その結果、複数プロジェクトに同時進行で取り組むようになり初期の目標がやや曖昧になり、会社は勢いを増しているように見えるにもかかわらず、資本が減少していることに気付きました。この経験によってプア氏は、主要目標に焦点を当て続けることと、ビジネスを発展させ新しいプロジェクトを追加する場合には、より注意深くあることを学ぶことができたと感じています。

プア氏は、起業家精神における成功の鍵は謙虚であることと考えており、チームと関わり合う時間を定期的に設けています。

「経営者は、会社にとって何が最善かを把握していると思いがちですが、必ずしもそうではない可能性があります。常に心を開いていることが大事です。自分の事業を違った角度から見ることで、気づかなかった問題を発見することができるようになります」

イエロー・バイオテクノロジーと廃棄物管理の両方を手がけるエント・インダストリーズ社は、この業界に存在する偏見のせいで、有能な人材を確保することが困難でした。そこでプア氏は、各種の高等教育機関(IHL)と連携し、学生をインターンとして採用しました。この取り組みによって、イエロー・バイオテクノロジー業界で働くことに対する偏見を打破し、多くのインターン生が在籍期間を延長し、なかには正社員になることに興味を示す学生もいました。

人手不足のために、プア氏は、業務を効率化する人事・財務会計ソフトウエアなどの、さまざまなプロジェクト管理・業務自動化ツールを導入しました。

「過酷で厳しい旅路でしたが、私の場合は仲間や家族からのサポートがあったからこそ経営を続けてこられたのだと思っています。さらには、それぞれの段階で私を導いてくれた助言者に恵まれました。中でも最大の助言者は、今は亡き義父です。義父は私にビジネスで長続きする関係を築くことの大切さを教えてくれました」と、プア氏は語っています。

プア氏はまた、野心的な起業家や若い指導者に対して同じ分野や同じような旅路を歩む人々と交流することを勧めています。自分の経験を共有し同じ道を歩んでいる人々からの洞察を得ることは有益であり、進んで自分を導いてくれる助言者を見つけることが重要だとアドバイスしています。

信頼と支援関係を築く

エント・インダストリーズ社は、シンガポールにおける食品廃棄物管理への目覚ましい貢献が認められ、2023年には複数の民間投資家から出資を受けています。このなかには、ESG(環境・社会・ガバナンス)集中型の個人投資家であるタク・ワイ・チャン氏や、テー・リン・ナイ氏からの非公開資金が含まれています。

チャン氏は、エクセレレート・グループ社の共同創業者です。同社は、サステナビリティを含むガバナンスやリスクのほかコンプライアンス分野の事業に投資・運用する地域プラットフォームです。ナイ氏は、新興企業や多国籍企業で事業活動の成長と管理に携わった経験があります。

エント・インダストリーズ社はこの他にも、新しい製品やサービスの開発を支援する、注目すべき助成金を獲得しています。これには次の助成金が含まれます。

  • シンガポール企業庁の企業開発助成金(2021年):企業が新商品や新サービスの開発、事業の拡大、生産性の向上などを行うための資金を提供する政府助成金。エント・インダストリーズ社は2021年、アメリカミズアブを利用した新製品の開発に役立てるためにこの助成金を受けました。
  • DBS財団の社会的企業向け助成金(2020年):社会的または環境的課題に取り組む社会的企業に与えられる助成金。エント・インダストリーズ社は2020年、生産準備施設の立ち上げと設備向上のためにこの助成金を受けました。

エント・インダストリーズ社は、政府と民間投資家の両方からの資金援助により、事業を拡大して新技術を開発しシンガポールの食品廃棄物の削減と食料生産力を向上させることで、「30 by 30」の国家目標と連携するという企業使命を推進することが可能になりました。

エント・インダストリーズ社の未来

「昆虫の養殖が食料廃棄物や気候変動といった世界で最も差し迫った問題の一部を解決する助けになる可能性があることに心を躍らせています。アメリカミズアブはこうした問題に対する持続可能で拡張性の高い解決策だと考えています。昆虫養殖の実現に向け人々と協力して全力で取り組んでいきます」と、プア氏は述べています。

エント・インダストリーズ社は2020年の設立以来、アメリカミズアブを利用した食品廃棄物処理ソリューションを提供するシンガポール有数の企業に成長しています。設立以来、500トン以上の食品廃棄物をアップサイクル(不要な製品を新しい材料や製品に作り直して価値を高めること)しています。

食品廃棄物処理業界はまだ初期段階にあり持続可能なビジネスや自然を基盤としたソリューションへの関心が高まり始めていると、プア氏は考えています。今後はますます多くの企業がこの分野に参入し競争が激しくなるとプア氏は確信しています。

エント・インダストリーズ社は、成功を積み重ねながら持続可能な食品廃棄物管理ソリューションに期待されるニーズに応えるべく、事業を拡大しています。最近では、食品製造および食品飲料部門の主要パートナーに対して食品廃棄物を資源に変える取り組みを展開しました。

プア氏は将来、シンガポールにおいてより多くの顧客にサービスを提供しパートナー関係を構築することで、自社の能力を高めようと構想しています。さらにエント・インダストリーズ社は、現在の水産養殖用魚飼料原料に代わる持続可能な代替物として昆虫由来の飼料原料を利用する研究をリパブリック・ポリテクニックなどシンガポールの高等教育機関と共同で進めています。

プア氏は、「業界の主要パートナーと強力な協力関係を築きつつ、業界の動向に関する最新情報を常に追い続けることが、最善策だと考えています」と話を締めました。

IndSights(Industry + Insightsの造語) リサーチ社によるこの記事は、シンガポールのさまざまな業界の優れたビジネスリーダーを取り上げる、複数回にわたる企業紹介シリーズです。この連載を通じて、ビジネスリーダーたちが、成長と発展を促進するためのベストプラクティスを自社内で実践するよう支援したいと考えています。

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