市民の力で、地元に活力を取り戻す!青森市民が「青森ねぶた祭」にかける想い

東北三大祭りの一つ「青森ねぶた祭」。2022年8月、待ちに待った3年ぶりの開催に人々は沸いた。「ねぶたは市民にとって魂そのもの」――地域の心の支えであるこの祭りは、多くの人や企業、団体の尽力があって今日に続いている。

コロナ禍で中止となった3年間を経て、地域の人々はどのような思いで、青森ねぶた祭を作り上げたのだろうか?ねぶたの運行を担う運行団体の一つ「あおもり市民ねぶた実行委員会」の会長 西田文仁氏と、同会のねぶた制作を担う「ねぶた師」北村麻子氏に話を聞いた。

活気ある地域にするために、ねぶたは無くてはならない祭り

−2022年8月、3年ぶりに「青森ねぶた祭」を開催することができましたね。改めて感想を聞かせてください。

北村 もう、ただただうれしかったです!「ねぶた」の灯りに照らされている観客の方々を見たとき、「幸せだなあ、これだよなあ」って思いました。やっぱり、明かりが灯り、動いてこその「ねぶた」なんです。

史上初の女性ねぶた師 北村麻子さん。父親であり、六代目ねぶた名人の北村隆さんに師事。2012年、青森市民ねぶた実行委員会から制作を依頼され、ねぶた師としてデビュー。以来、同会のねぶた制作を請け負う。

西田 初日は雨の影響が心配されましたが、2日目以降、多くのお客さまが集まってくださいました。無事に運行を終えることができて、ホッとしています。コロナ禍を経て、3年ぶりに開催できたという実績は、来年以降にもつながると思います。やはり、ねぶた祭がないと、街全体に元気がありません。経済的というよりも、みんな精神的なダメージが大きいように感じます。

「あおもり市民ねぶた実行委員会」の会長 西田文仁さん。2021年秋、先代 高橋俊勝さんから会長職を引き継ぐ。普段は総合建設会社 株式会社西田組の代表取締役社長を務め、建設業を通じて青森県を中心とした地域の発展に貢献している。

北村 この数年は、青森市内の空気感が全然違いましたね。私もコロナ禍となるまで、「ねぶた祭が中止になる」ことなど考えたこともなく、2回の中止は本当にショックでした。子どもの頃から父(第六代ねぶた名人 ねぶた師の北村隆氏)がねぶたを作る姿を見て、ねぶた中心で回る家庭で育ったので、自分の人生に「ねぶたがない」時間を過ごすことが考えられなくて。突然生活の中心が奪われて、「何をすればいいのかわからない」と放心状態でした。

西田 2020年は早くに中止が決まりましたが、翌2021年は、途中まで開催の方向でした。しかし新型コロナウイルス感染症の感染状況が再び深刻になり、ねぶた制作がかなり進んだ6月に中止決定となってしまいましたね。

北村 「中止」と告げられたとき……堪えきれず、涙がこぼれました。完成間近だったねぶたは、「本体だけ保存し、『見送り(ねぶたの後部)』は壊す」というお話で。そのとき作っていたのは、満開のあじさいの前で子どもたちが楽しそうに遊んでいる情景の「見送り」でした。コロナ禍の終息を願って表現したものでしたから、余計に悔しくて…。

ねぶた師は、自身のすべてを込めて作品を作っています。一回壊して、「また同じものを作って」と言われても、それはもうできないんです。スタッフやアシスタントの方を抱えているという責任もある。「絶対に壊したくない」と思い、高橋前会長(2021年まで「あおもり市民ねぶた実行委員会」の会長を担った高橋俊勝さん)に電話し、「ぎりぎりまで判断を待ってください」とお願いしました。

2021年に北村麻子さんが制作したねぶた「雷公と電母(らいこうとでんぼ)」。「本体(写真左)」には、雷公と電母が疫病を懲らしめる姿を描き、「見送り(写真右)」には、子どもたちが紫陽花の前で穏やかに過ごしている姿を表現した。

西田 結局、祭りそのものは中止になりましたが、8月下旬に無観客で行われた代替イベントでお披露目することができました。「イベントの参加/不参加は各団体の判断に任せる」という通達もあって、前会長もずいぶん悩まれたと思います。団体の活動は、さまざまな企業のご支援で成り立っているのですが、祭りを開催しないとなると、資金を提供いただけないケースも出てきてしまう。それでも、北村先生の熱意を応援したいという思いもあり、制作続行を決断されました。

北村 本当に感謝しています。ただ、やはり本来の祭りではないですし、途中で制作を断念せざるを得なかった他のねぶた師のことを考えると、手放しでは喜べませんでした。22ある運行団体のうち、最後まで作ることができたのは9団体だけです。2022年にかける思いが、一層強くなりました。

伝統を受け継ぎつつ、新たな表現にチャレンジする

2022年制作のねぶたのテーマは「琉球開闢(かいびゃく)神話」でした。いつ頃から決めていたのですか?

2022年の作品「琉球開闢(かいびゃく)神話」。美しい地球と平和な世の中を未来へとつないでゆく、という思いが込められている。「優秀制作者賞」「市長賞」を受賞した作品として、青森市文化観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」に、1年間展示される。

北村 構想は4年ぐらい前ですね。初めて「沖縄美ら海水族館」を訪れて、悠々と泳ぐジンベイザメの姿に感動して。「いつかこれをねぶたで表現したい」と、ずっと思っていたんです。2022年が沖縄返還50周年という節目にあたることを知って、「よし、今だ!」と。

西田 3月のお披露目会で下絵を見たとき、まず色の鮮やかさに驚きました。「これが完成したら、どんなきれいなねぶたになるんだろう」と、ワクワクしましたね。完成作品は、北村先生の優しさと芯の強さがうまく融合しているようで、これまでにない魅力のあるねぶただと感じました。

北村先生は、2017年に最優秀制作者賞を受賞した「紅葉狩」のような、ねぶたの王道をいく荒々しい迫力のある作品から、今回の「琉球開闢神話」ような優しさを感じる作品へと、表現の幅を広げていらっしゃるように思います。

北村 「ねぶたは男性らしい荒々しさを描くべきだ。原色のはっきりした色使いをすべきだ」という考え方もあります。ただ、今年はそういうことを抜きにして、自分が表現したいものを素直に作ってみてもいいのではと思い、「優しいねぶた」にチャレンジしました。残念ながら最優秀制作者賞はいただけなかったのですが、この作品の路線が間違いということではないと思っています。これからも新しい作品にチャレンジして、ねぶたのいろんな可能性を伝えていきたい。表現の幅を広げることが、私たち若手ねぶた師のやるべきことなのかな、と思っています。そんなチャレンジを許してくれる「あおもり市民ねぶた実行委員会」にも感謝しています。

西田 私たちは、ねぶたを愛する一般市民が集まる団体ですから、そうしたチャレンジも共にしたいと思っています。ねぶたにかける情熱が強すぎで、ときに喧嘩のようになることもあるんですが(笑)

北村 そうそう(笑)。本当に何でも言い合える良い関係ですが、それは10年という歳月のたまものですね。父の下で修業していた2012年、若手ねぶた師の登竜門となる小型ねぶた制作を初めて行なったとき、髙橋前会長から「あら〜!北村隆の娘、下手くそだな〜」って言われたんです(笑)。実は私自身、そのねぶたの完成度に納得できていなくて、もう悔しくて悔しくて泣いて帰りました。

それから3カ月後ぐらいに、また小型のねぶたをつくる機会をいただいて、見返そうと一生懸命つくったんです。その作品を見た高橋前会長が「すごく成長した」とほめてくださって。それから毎年、市民ねぶたの制作依頼をいただくようになりました。

西田 きっと、娘のように思っていらしたんだと思います。

北村 本当に。残念ながら、高橋前会長は昨年9月にご病気で亡くなられましたが、ねぶた祭が再開したことを、誰よりも喜んでくれていると思います。今年の私のねぶたを見たら、どう言ってくれたかなと、ときどき想像するんです。

100年先を見据え、次世代につないでいきたい

北村 今年は「ねぶたの形がはっきり見えた」と感じた、私にとって特別な年でした。ねぶた着色の前、骨組みに貼った真っ白な和紙に墨で絵柄を書きこんでいく「墨書き」という工程があるのですが、今までは線に迷いがあったんです。でも今年は「これだ」と納得できる「墨書き」ができて。

西田 それは、修行を重ねた一流の方ならではの感覚かもしれませんね。なぜ今年だったのでしょうか?

北村 ねぶた師になった頃の気持ちを、思い出せたからかもしれません。「勝負で勝たないとだめ、弱いところを見せたらダメ、みんなに認められないとダメ」…正直、コロナ禍前はそんなふうに思っていました。でも、コロナ禍で祭りが中止になったことで、ねぶたを作れることが、とってもありがたいことなんだと痛感して。ライバルである他のねぶた師さんに対しても感謝の気持ちが芽生え、今は純粋にねぶたを作ることができる喜びを感じています。その変化が、制作にいい影響を与えてくれているのかなと。

西田 私もコロナ禍を経たからこそ、ねぶた祭の重要性を実感しました。やっぱり青森市民にとって、ねぶた祭は魂そのものだと思いますし、ねぶた祭があるからこそ、県内外からたくさんの人が訪れて、人と人の交流が生まれ、地域が元気になるという面があります。今年は感染症防止の観点から、ハネト(※)が登録制になってしまいましたが、来年は誰でも気軽に参加できる本来の姿に戻ってほしい。ねぶた祭は「参加して楽しむ」ものなので、ぜひ多くの人にハネトを体験してもらいたいです。

※ハネトはねぶたの周りで跳ねて踊る踊り子のこと。「ラッセラー、ラッセラー」と声をあげながら、ねぶたと共に練り歩く。

北村 今年は3年ぶりということで、メディアにも数多く取り上げてもらいました。いま女性のねぶた師は私一人だけですが、修行中の女性が数名います。その方たちが活躍する時が来れば、もっと盛り上がり、注目してもらえると思うんです。

西田 後継者は大切ですね。「あおもり市民ねぶた実行委員会」も、少子高齢化が進むなかで徐々に人が減っているので、運営側の後継者をきちんと育てていきたい。ねぶた祭の魅力や楽しさを次世代に伝えて、今後、50年、100年と続く祭りにしていく。それが私たち世代の責任だと思っています。

北村 ねぶた祭をもっともっと盛り上げていきたいですね。やっぱりねぶたは私にとって特別なもので、ねぶたを作っているときが、一番自分らしくいられる。生きているって実感できます。ねぶたと一緒に死ぬつもりで、一生ねぶたを作り続けたいと思います。来年もあっと驚くようなねぶたをつくるので、ぜひ青森に足を運んでいただきたいです。


ぜひ、青森へお越しください

青森市文化観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」 館長 六角正人さん

3年ぶりの開催となった「青森ねぶた祭」には、多くのお客さまにお越しいただき、とてもうれしく思いました。青森駅前にある文化交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」では、各年受賞した大型ねぶたを展示しており、ねぶたの歴史や魅力に触れられるほか、ハネト体験もできます。ぜひ遊びに来てください。


オリックスは、「青森ねぶた祭」「あおもり市民ねぶた実行委員会」への協賛を通じ、地域の想いを応援しています。

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