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すべての航空機が航空会社のものというわけではない。2018年現在、世界で飛んでいる航空機の約40%がリース機体であり(※1)、航空業界にリースはなくてはならない存在だ。
現在、オリックスは200機以上の航空機を保有・管理し、世界32カ国、70社(※2018年5月末時点)の航空会社にリースしている。湾岸戦争、感染症(SARS)の流行、同時多発テロ、リーマンショックなど、航空業界が脅かされる危機を幾度も乗り越え、知見を蓄積してきたオリックス。40年以上にわたる激動の歴史とこれまで培ってきた強みについて、輸送機器事業本部 航空事業グループ長の北川慶氏に聞いた。
(※1) 出典元:ボーイング・キャピタル・コーポレーション 最新の航空機ファイナンス市場予測2018
オリックスの航空機リースは70年代からはじまっていた
「1998年にオリックスに入社し、少し珍しいのですが、最初は営業部門で外資系パソコンメーカーに常駐して法人向けのパソコンリースを担当していました。初めての異動は入社から8年後で、『行かせてみたいところがある』と言われて、航空事業グループへの辞令が出ました」
こう語るのは、輸送機器事業本部 航空事業グループ長の北川慶氏だ。
「1台5万円くらいのパソコンから数十億円の航空機へ、ペーパーレスな契約書から数百枚の英文の契約書へと、担当する案件が突然大きく変化して、非常に戸惑ったことを覚えています」(北川氏)
北川氏が航空事業グループに来てしばらく経ったころに、リーマンショックが発生した。
「景気の良さを感じながら、2年経ってやっと慣れてきたのに、急に不安要素が増えて、案件が進まなくなって。非常に苦労しましたが、数々の危機から学んだノウハウが引き継がれていたため、それでも収益を上げていくことができました」(北川氏)
オリックスがはじめて航空機リースを手掛けたのは1978年。当時、大きな問題となっていた日米の貿易摩擦を軽減させるために、日本政府はさまざまな施策を打ったが、航空機リースもそのひとつだった。
リースは役務契約として扱われ、輸出入の統計数字には入らない。高額な機体の購入費用だけが輸入に計上されるため、対米黒字が減る。そこで、日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)が低金利でリース会社や商社に資金を融資して、日本企業による航空機リースを促進。リースを祖業とするオリックスも、この流れに乗って事業に参入したのだ。
以降、40年以上続くオリックスの航空機事業の歴史において、ピンチは何度も訪れた。
「もっとも大きな転機と危機が、1990年に起きました。アメリカの航空会社、ブラニフ航空が業績不振により運航を停止。それにともない、ブラニフ航空がメーカーに発注していたエアバスの新型機A320型航空機(当時)の発注権24機分と追加発注のオプション権50機分が競売に出されました。
巨額の投資でしたが、オリックスは権利の第三者売却を目的に落札しました。ところが、その直後にイラクがクウェートに侵攻し、翌1991年1月に湾岸戦争がはじまりました」(北川氏)
世界的に航空需要は激減し、航空会社の経営は悪化。発注権を売却しようとしても、どの航空会社も見向きもしないという窮地に陥ったのだ。
90年代、苦労の連続がオリックスの足腰を鍛えた
続々と届く機体をリースするしかなかったが、借りてくれる航空会社を見つけることも容易ではなかった。
危機を乗り越えるため、1991年、航空機リース発祥の地であるアイルランドの首都ダブリンに、現地法人ORIX Aviation Systems Limited(OAS)を設立。
ダブリンは、時差の観点で世界の主要都市と連絡がとりやすい立地にあり、航空機の専門知識を持つ人材が多く集まっている。OASを拠点に、エアバスの営業担当者と連携しながら、営業に奔走したのだ。
「航空機を借りる代わりにお金を貸してほしい」
「航空機とセットでスペアエンジンもつけてほしい」
安易に応じることはないが、困難なオーダーにもなんとかして応えたこともあった。
こうして、メキシコ、インド、オマーン、ブルガリアなどの新興国でなんとか機体を借りてくれる航空会社を見つけることができた。ところが、すぐにさらなる危機に直面した。
「当時は経営状況が安定していない航空会社が多かったので、オリックスへの支払いが滞ったのです。空港に着陸した機体に自分たちが用意したパイロットを乗せて、機体を取り返したこともありました」(北川氏)
機体を貸して、倒産した航空会社から取り返す。取り返した機体を整備して、また別の航空会社に貸し出す。その繰り返しで、少しずつ投資額の回収を進めていった。貸し先が見つからない機体は、乾燥した砂漠地帯まで移動させて保管したこともあったという。
「そうした苦労を通して、売り先や貸し先を探すノウハウや、機体に関する専門知識を蓄積しました。
オリックスには、困難な状況に直面してもそのまま撤退するのではなく、そこで得た経験を独自の強みに昇華させる文化があります。航空機リース事業だけではなく、船舶事業や不動産事業でも、危機からチャンスを見いだし、事業を成長させてきました」(北川氏)
市況が悪化し、多くの企業が航空機リースから撤退する中で、オリックスは事業を継続。そうした経緯が少しずつオリックスの評価につながった。
そして、航空機リース事業に参入したいがノウハウやリソースを持ち合わせていないという投資家や金融機関から、案件の発掘、リース契約の管理、売却先探しなどを依頼されるようになったのだ。
こうして1990年代後半から、他社が保有する機体のアセット・マネジメント事業も手掛けるようになった。しかし、アセット・マネジメント事業が本格的に稼働したころ、今度はアメリカで同時多発テロが発生した。
「全世界に衝撃を与えたこの事件の影響で、航空需要は一気に落ち込み、貸し先を見つけることは再び困難になりました。それにともない、航空機を保有する国内外の投資家や金融機関から、機体の貸し先や売却先を探してほしいという相談を受ける機会が増えました。
こうしてオリックスは、航空業界の危機に再び直面しながら、アセット・マネジメント事業の経験をさらに積んでいきました」(北川氏)
資金さえあれば機体を購入することができるため、航空機リース事業の参入障壁は低い。一方で、地政学リスクは高く、少しでもマーケットの状況が悪くなると撤退する企業も多い。
非常に入れ替わりが激しい業界だが、オリックスはマーケットの変化に応じて事業内容を機動的に見直しながら、着実に成長を続けてきたのだ。
幾多の危機を乗り越え、獲得した知見
危機を乗り越えながら蓄積したノウハウや専門性を武器に、オリックスは業界でのプレゼンスを高めてきた。
「オリックスが取り扱う機体の機齢や機種は多岐にわたり、その中には25年を超えるような難易度の高い中古機もあります。また、できる限り汗をかいて努力することで、当初の想定を上回る利益の獲得を目指しています」(北川氏)
リース期間が終わる3カ月前からOASのテクニカル部門の社員を航空会社に派遣し、機体の返却に向けて日々打ち合わせを行うこともよくあるという。
さらに、退役する機体を分解し、エンジンなどの高価な部品を売却。最後まで緻密に対応することで、利益の最大化をはかる。その姿勢は、自社が保有する機体だけでなく、他社からアセット・マネジメントを受託している管理機体に関しても同様だ。
「他社から受託している機体でしっかりと利益を出すことができれば、喜んでいただける上に業界で評判になります。最近はマーケットが好調なので、新たに航空機リース事業に参入した投資家から相談を受ける機会も増えています」(北川氏)
たとえば、航空会社の倒産により突然機体を返却されることになったという投資家から相談を受けた際には、1週間で次の貸し先の候補を探し出して、3週間で契約を締結したという。
「機体の売買、リース、管理受託など、すべて含めて案件数は年間で150件以上。世界各国の航空会社と多様な機体を取引しています。各航空会社が欲している機体を常に把握しているため、機動的な対応が可能なのです」(北川氏)
一機あたり数十億円から百億円以上という高価な航空機を取り扱うビジネスにもかかわらず、常にスピーディな決断が求められているという。
「リース先はチリの航空会社、売り主はシンガポールの企業、取引を担う弁護士はロンドンとニューヨーク在住という案件を、ダブリンのOASと連携しながら、東京から采配するケースもありました。
こうした国際的なビジネスの現場では、オリックスがプロジェクトマネージャーとして、最適な判断を速やかに下す必要があるのです」(北川氏)
お互いを尊重した関係性を築き、グローバルに事業を拡大する
グローバル化や中間所得者層の増加により、今後ますます拡大が見込まれる航空需要。20年後には、世界の運航機数は現在の約2倍になるといわれている。(※2)
一方で、新規路線が就航するたびに新しい機体を購入することは、航空会社にとってリスクが高い。新規路線の就航や廃止に合わせた機動的な機材繰りを行うため、今後も航空機リースの需要はより一層増えることが予想されている。
「現在オリックスが保有・管理する機体は200機以上で、評価額では1兆円近くになります。これからも市況に応じてバランスを調整しながら、航空機資産を積み上げていく予定です。
経営層からは、『いい投資案件であれば、1機買っても100機買ってもいい』と言われていますが、それは事業の成長とリスクの両方をコントロールできることを前提条件として言われていることは、よく理解しています」(北川氏)
ダブリンに加え、2017年には新たに香港にも現地法人を設立。中国や東南アジアの航空会社との関係を強化していく計画だ。
現在、オリックスで航空機リース事業に携わる人材は、東京に約20人、ダブリンに約80人、香港に約5人。ダブリンや香港の拠点で働く社員は、ほぼ現地で採用したスペシャリスト。現地の社員とは、どのように関係を築いてきたのか。
「日本企業が海外進出する際には、現地法人と親子のような上下関係を築こうとするケースも多いと聞きます。一方、オリックスでは、現地法人の社員も同じ目標を共有するチームメンバーと捉え、互いを尊重し合えるような関係性を築こうとしています。
オリックスの社風や経営層からのコメントなどは、現地法人の社員にもきちんと伝えています。
本社と現地法人の垣根を取り払い、オープンに議論を重ねて、一心同体となって同じ案件やプロジェクトを追いかけることで、風通しも良くなりガバナンス強化にもつながるのです」(北川氏)
オリックスの海外拠点のなかでも、1991年と比較的早い時期に設立されたOAS。そこで培われた海外展開におけるノウハウは、航空機リースという領域を超え、“ダブリンモデル”としてほかの事業にも取り入れられていくかもしれない。
(※2)出典元:BOEING COMMERCIAL MARKET OUTLOOK 2018-2037
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:露木聡子 デザイン:星野美緒)