原料から付加価値を生み出す「精油」を極めた食用油メーカー流課題解決術

[取材先]辻製油株式会社(三重県)

国産なたね搾油専門工場「辻製油所」として創業し、78年の歴史を持つ辻製油株式会社。食用油の老舗として三重県を代表する同社は今、その枠を大きく超え、事業領域を拡大しています。製油工程で生まれる油かすを飼料に、工場の廃熱をトマト栽培に、間伐材をボイラー燃料と香料に──。本来捨てられるはずだった未利用資源を、独自の技術とアイデアで価値ある製品へと生まれ変わらせる「アップサイクル」を次々と実現。環境保全と地域貢献を両立する、未来志向の循環型ビジネスモデルを構築しています。

「人まねはしない。何処もできないことをやる」。この独創性を重んじる企業理念は、いかにして生まれ、多角的な事業展開の実現につなげているのか。そのアイデアの源泉と未来への展望について、オリックス 三重支店 河野 遼太が、代表取締役社長の辻 威彦氏にお話を伺いました。

「捨てられるものでも、大きな価値が眠っている可能性がある」という大きな気づき

辻製油3代目の代表取締役である辻 威彦氏。

──まず、御社の創業の経緯について教えていただけますか。

辻氏:始まりは戦後間もない昭和22年(1947年)です。もともと商社マンだった私の祖父は、戦後の深刻な物資不足をなんとかしようと、人々の生活に不可欠な「食用油」を製造する事業を立ち上げました。油にたどり着いたのは、県内で油の原料となる「菜の花」の栽培が盛んだったことも要因のひとつだったと聞いています。

当時は品質もままならなかったようですが、それでも食料と物々交換されるほど重宝されたそうです。まさに、地域の切実なニーズから自然発生的に生まれた「油屋」でした。

──そこから、どのように事業を拡大されていったのでしょうか。

辻氏:私の父である2代目代表取締役の時から、事業の多角化を始めたのですが、中でも大きな転機となったのが、とうもろこしから油を搾る「コーン油」の製造です。当時、愛知県のコーンスターチメーカーが、飲料の甘味料などを作る過程で大量の胚芽を廃棄していました。メーカーにとっては不要な部分でしたが、父はそこに油分が豊富に含まれていることに着目。その胚芽を買い取り、油を搾ったのです。そのコーン油が「健康オイル」としてヒットしたことで、「捨てられるものでも、大きな価値が眠っている可能性がある」という大きな気づきになりました。

香ばしい風味が特徴の、辻製油のコーン油。

──まさに、当時から未利用資源を活用する視点があったのですね。

辻氏:そうですね。その考えをさらに発展させたものが、製油の副産物から作る「レシチン」です。レシチンは油と水を混ぜ合わせる「乳化」という働きを持つ成分で、ドレッシングやマーガリンなどに欠かせません。ただ、製油工程では油の品質を落とす不純物として扱われ、取り除かなければならない「やっかいもの」でした。

父は大学院時代からこのレシチンを研究しており、粘性の高いドロドロの状態で扱いにくかったレシチンを、扱いやすい粉末状に加工する技術の開発に成功しました。これにより付加価値が一気に高まり、食品から化粧品、さらにはチョコレートの粘度調整や、エビの養殖飼料まで、今では幅広い分野で活用されていますが、高純度レシチンを国内で生産している会社は当社だけです。今では事業の大きな柱になっています。

辻製油が日本で唯一開発・製造する、体内の正常な生理作用を補助するレシチン。脂質の一種であり、食品から化粧品、医薬品や工業用品、飼料にも用いられる。

アイデアの源泉は地域の「困りごと」から

──次々と新たな事業を展開する、辻製油の発想の源泉はどこにあるのでしょうか?

辻氏:実は私たちが必要に駆られて新製品を企画開発するというよりは、「辻製油の技術で何とかできないか」「廃棄物を何かに使えないか」という、社外からの相談や、現場でのふとした思いつきから始まることがほとんどです。最初にまず課題があって、それを私たちの技術で商品化することで「解決」を目指す、という流れですね。

例えば、高知県産のゆずを使ったフレーバーオイル「ゆずオイル」もその一つです。高知県の農協さんから「ゆずを搾った後の皮が大量に余って困っている」という相談を受けたことがきっかけでした。ゆずの皮には香り成分を含んだ油の粒が含まれるのですが、これは非常にデリケートで、熱をかけると成分の構造が壊れて、香りが飛んでしまうのです。

そこで開発担当が試行錯誤の末、冷凍のまま香りを壊さずに油を抽出する独自の低温抽出技術を開発。今では、国内のゆずフレーバーの飲料やお菓子などのほとんどに使われていると言っても過言ではないと思います。

商品化もされている、辻製油のゆずフレーバーオイル。

──近年では、油を製造する際の熱源に三重県内の間伐材のヒノキを活用するなど、未利用資源活用の幅をさらに広げていると伺いました。

辻氏:バイオマスの熱利用については、もともと先代が始めた取り組みなんです。湾岸戦争の際に石油価格が高騰したことで、エネルギー源を化石燃料に依存することへの危機感が生まれました。そこで先代は山に大量に放置されていた間伐材を燃料にできないかと考え、それまでに築いてきたコネクションを活用して、山から工場までのサプライチェーンを構築したのです。

辻製油が設立に参画、出資している「松阪木質バイオマス熱利用協同組合」のバイオマスボイラー工場。チップ化された木材を燃やし、発生した蒸気を辻製油の食用油製造工場へと供給することで、石油換算で年間9,000KL削減、CO2の発生を23,000トン抑えることに成功した

ちなみに、その間伐材チップのなかにひときわ良い香りを放つヒノキがあることに気づき、「これもオイルにできるのでは?」と考えたところから、新製品のヒノキオイルも誕生しました。ヒノキから抽出したオイルには、抗菌、消臭、防虫、リラックスなどさまざまな効果をもたらす成分が含まれており、快適な生活を送るための必要な要素が備わっているんです。ボイラーの燃料として間伐材を活用し、さらにその一部からは香料を生み出す。これもまた、課題解決から生まれたアップサイクルの一例です。

──本当にあらゆる資源を、新しい製品につなげているんですね。工場の排熱を利用したトマト栽培もユニークな取り組みですよね。

辻氏:バイオマスボイラーを導入した当初は発電も計画していたのですが、資材高騰で断念しました。結果として、大量の安定した蒸気が余ってしまった。その「余剰蒸気」という新たな資源の使い道を模索するなかで、三重大学の先生を介して農業ビジネスを手がける社長さんと出会い、トマトのハウス栽培に活用することになったのです。

工場の安定した排熱(蒸気)は、大規模なハウス栽培にとって理想的なエネルギー源となります。今では、弊社の他に浅井農園さん、三井物産さん、イノチオホールディングスさんを加えた4社の合同会社「うれし野アグリ株式会社」として、新規事業に発展させています。

ハウス栽培されたミニトマトは、「うれし野房どりトマト」として出荷、販売されている。

──多角的な事業を貫く上で、御社の企業としての「こだわり」はありますか?

辻氏:私たちは創業以来、「自然派の食品メーカー」でありたいという強い思いがあります。そのため、化学合成によって新たな物質を作り出すのではなく、植物などの天然物から有用な成分を「抽出」するという手法を貫いているのです。とくに近年は、食の安心・安全への意識や、健康志向がますます高まっていますし、私たち辻製油は、「おいしさだけでなく、健康への貢献」をテーマに、事業に取り組んでいきます。

技術的に合成が不可能というわけではありませんが、何段階も化学反応を重ねる「合成」と、原料から直接価値を引き出す「抽出」とでは、技術的な背景も異なりますし、抽出するからこその魅力やクオリティも消費者の方に届けられると思います。「人まねはしない、何処もできないことをやる」という企業理念や、私たちが事業活動を通じて創造する根幹の価値ともいえる、未利用資源の活用やアップサイクルは、これまで辻製油が培ってきた抽出技術があるからこそできていることなのです。

地元の未利用資源から新製品を次々と開発。現場の最前線で体現する企業理念

「人まねはしない」という理念は、現場で働く社員にどのように受け継がれているのでしょうか。業務用商品が中心だった同社で、BtoC商品の開発から営業までを1人で担い、未利用資源の活用を実践する、アグリ事業本部営業部の濱口 拓也さんに話を聞きました。

──濱口さんは、開発と営業の両方を担当されていると伺いました。

濱口氏:はい。前職は食品卸の営業でしたが、「地元の三重県を食で盛り上げたい」という思いで4年前に辻製油に入社しました。当時はまだBtoCの部門が小さく、市場のトレンドをリサーチし、商品コンセプトを考え、開発、自ら売るという一連のフローを任されることになりました。

入社から3年で担当部門の売上を倍にすることができましたが、これも自分で開発した商品を自分で営業できるからこそ。商品のことを誰よりも深く理解しているので、言葉に説得力が生まれると思います。大きなやりがいを感じていますね。

アグリ事業本部営業部の濱口 拓也氏

──ご自身が手がけた商品で、特に印象的なものはありますか。

濱口氏:三重県産の素材を使ったドレッシングの「みえどれ」シリーズや、地元の三重県立相可高等学校 食物調理科の皆さまと共同開発した「鰺わいドレッシング」です。「みえどれ」は、「三重で採れた」と「三重のドレッシング」を掛け合わせた名前で、地域の素材を全国に届けたいという思いを込めています。

また「鰺わいドレッシング」は、市場に出回らない「未利用魚」である鰺を何とか活用したいという高校生からの相談から生まれました。これは地域の漁業にとっても切実な問題です。そこで、鰹節屋さんの協力を得て鰺を粉末状の「鰺節」に加工し、マヨネーズタイプの調味料に仕上げました。社長の話にもありましたように、「困りごと」を起点に、既存の繋がりを生かして形にできた、まさに辻製油らしい商品だと思っています。

直近で手がけた、地元である三重県の松阪牛を使用した「松阪牛万能だれ」も、関東のバイヤーさんからは「ほとんどのスーパーで見かける商品」と評価していただいており、お客さまからも好評でうれしいですね。

(左から)「鰺わいドレッシング」、「松阪牛万能だれ」、「松阪牛万能塩だれ」

──新商品のアイデアは、どのように生まれるのでしょうか。

濱口氏:社長や上司から「これを作れ」とトップダウンで指示が来ることはまずありません。「人まねはしない」という理念のもと、入社間もない私にも「自由にやってみなさい」と挑戦させてくれる風土があります。もちろん失敗もありますが、それもプロセスの一部として許容してくれる。その信頼と安心感があるからこそ、現場からどんどん自然とアイデアが生まれていると実感しますね。

地域だけではなく、地球も見据えて「製油技術」の価値を示したい

再び、辻社長にお話を伺います。

──最後に、今後の事業のビジョンについてお聞かせください。

辻氏:これからも「製油」というコア技術を軸に、事業の幅を広げていきたいと考えています。例えば、食用油にニンニクやバジルなどの香りを加えた「フレーバーオイル」のように、油の加工度をさらに上げて、調味料としての新たな価値を提案していきたい。そこでも、弊社の高度な抽出技術や、未利用の資源を活用する視点が活きてくるはずです。他社には真似のできない、より自然で、より力強い風味を追求していきます。

また、JICA(国際協力機構)と連携し、ネパールで問題となっている食用油の品質改善に取り組むなど、私たちの技術やノウハウを海外の社会課題解決に役立てる活動も始めています。これは、単なる技術支援に留まるものではありません。現地では、日本にはもう残っていない旧型のなたね油が生産されています。私たちの支援を通じて品質改良した油を生産する一方で、旧型のなたね油を工業用として日本に輸入するという、双方にメリットのあるビジネスモデルを構想しています。私たちの技術が、地域を越えて世界で価値を持つことを示していきたいです。

私たちはこれからも、サステナブルな経営モデルと「製油」というコア技術を武器に、あらゆるプロセスで生まれる副産物を余すところなく活用していきます。そうして生まれた製品や事業を通じて、地域の産業や資源と共生し、持続可能な社会の実現に貢献していく。それが、三重県の企業としての使命であり、私たちの未来への挑戦です。

<取材を終えて>
オリックス 三重支店 河野 遼太

辻社長のお話を伺い、弛まぬ製油技術の錬磨であらゆる事業を切り拓くその企業姿勢に驚かされました。そして、何よりそれらの事業を地域〜グローバル規模の社会課題解決にも資するビジネスモデルとして実現していることに、深く感銘を受けた次第です。ぜひ皆さんも、辻製油さんの製品を一度お手に取ってみていただきたいです。

企業概要※ 公開日時点

社名 辻製油株式会社
本社所在地 三重県松阪市嬉野新屋庄町565―1
設立 1947年4月
代表者名 辻 威彦
従業員数 178名
事業概要 食用油(コーン油・なたね油)、各種ミール(飼料・肥料用)、機能性素材(レシチン、セラミド他)、調味料、天然香料、化粧品等の製造・販売及び研究開発
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