
[取材先]早稲田大学商学部准教授 村瀬 俊朗
本記事は2025年9月時点の情報に基づいて作成しています。
今、強い組織づくりの土台として注目されているのが「心理的安全性」です。心理的安全性が低い職場では、萎縮して意見やアイデアが出しづらく、問題の報告もためらわれます。あなたの職場に、こうした兆しはありませんか。
心理的安全性が確保された組織では、発言や質問、提案や報告がしやすくなり、学習と改善が進みます。今回は、早稲田大学商学部の村瀬 俊朗准教授に、心理的安全性を高める意義やメリット、実践の際の注意点を伺いました。
目次
心理的安全性とは組織のパフォーマンスを高めるカギ

──まずは「心理的安全性」とは何か、ご説明いただけますか。
心理的安全性とは、自分の意見や感じたことを安心して表現できる状態です。会議や日常のやり取りで、多数派と異なる意見を言っても、けげんな顔をされたり嫌がられたりしない──そのような環境は「心理的安全性が高い」といえます。
よく誤解されますが、特定の上司と部下の信頼関係のことではありません。若手やキャリア採用者を含む多様なメンバーの発言を受け止め、共有しようとする組織全体の姿勢や風土を示す概念です。
──「心理的安全性が高い組織」とは「居心地がいい組織」ということでしょうか。
混同されがちですが、「居心地の良さ」と「心理的安全性の高さ」はまったくの別物です。
決定的な違いは、組織がどのような目標を掲げているか、そしてその目標にどう向き合っているかにあります。
居心地が良くても目標が低ければ、そこは単なる「ぬるま湯」組織です。波風を立てないことが優先され、異論や挑戦は敬遠されがちになります。現状維持が続き、変化も成長も生まれません。
一方、心理的安全性の高い組織は、高い目標に向かって互いに意見を交わし、失敗から学び合いながら前進できるチームです。厳しくても前向きな緊張感があり、個人も組織も挑戦を通じて成長していきます。こうした環境こそが、結果として組織全体の成果や学習を支える土台となるのです。
──心理的安全性が組織のパフォーマンスに関係するということですか。
心理的安全性は、ハーバード大学で「組織学習」の研究を行っている、エイミー・C・エドモンドソン教授が提唱した概念です。
組織の学習には、メンバーの知識やアイデアの共有が不可欠です。そのために必要なこととしてエドモンドソンが着目したのが、心理的安全性でした。
心理的安全性の向上は、労働環境や従業員満足度の改善という側面もありますが、それ以上に、組織の学習と成長に直結する点に着目すべきです。会社全体のパフォーマンスを上げるにも心理的安全性が必要ですし、チームが成果を出すにあたっても、心理的安全性によって連携を高めることが求められます。

心理的安全性の欠如は大事故の原因にもなり得る

──「心理的安全性」がこれほど注目されるようになったのはなぜですか。
多様性の時代やVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれるように、組織において将来が見通しにくくなっていることが大きな理由です。
PwC Japanグループが2024年に実施した「世界CEO意識調査」によると、日本の経営者の半数近くが、「現在のビジネスのやり方を変えなかった場合、10年を超えて自社が経済的に存続できない」と回答しています。
経営環境はダイナミックに変化しており、限られた情報だけだとビジネスはうまくいきません。経営層は経営判断を下すために世の中の動き、会社の状態を俯瞰(ふかん)的に把握していますが、現場の空気感はなかなかつかみきれないものです。一方で、現場で起こっていること、現場で感じていることの中に、ビジネス展開の重要なカギが隠れていることも多々あります。ビジネス持続可能性の観点からも、心理的安全性を確保し、さまざまな声を拾い上げる必要性が高まっています。
──心理的安全性の感じ方や状況は、企業や部署によって違いがありますか。
企業によっても違いがありますし、同じ企業でも部署によって温度差があるでしょう。特に部署内で役職の階層が多いほど、下層の社員は意見を言いづらくなる傾向があります。
中堅・中小企業は大企業と比べて階層は少ないのですが、創業社長、カリスマ的なワンマン社長には意見が言いづらいケースが珍しくありません。
また、そのような会社では社長の腹心たちが「これは社長の耳に入れてはいけない」と社員の意見を隠してしまうこともあります。そうすると問題が大きくなってからでないと声が上に届かず、後で慌てて火消しをするようなことになりかねません。
──心理的安全性の低さが原因で、大きな問題が発生することもあるわけですね。
そうですね。例えば製造業の現場では安全が最優先されるべきですが、目標の数字に対する圧力が強いことで、小さなミスや、ヒヤッとした経験などのいわゆる「ヒヤリハット」が起きても報告できない状態に陥ることがあります。言うと怒られる、責められると感じて黙ってしまうのです。
会社としても報告があれば原因を究明して再発防止につなげることができますが、報告がないと状況は変わらず、不具合や事故が起きてから、ようやく問題に気づくことになります。このような状態では、現場は大きなリスクを抱えたまま走り続けることになります。
これは製造業に限らず組織の根本的な問題で、軽視できません。大きな事故が起きた後では、手遅れですから。
イノベーションと心理的安全性は切り離せない関係

──村瀬さんは、心理的安全性はイノベーションの創出とも大きく関わることを指摘されていますね。
新しいことが実行され、社会に受け入れられて広がっていくことがイノベーションです。そのためには、どれだけ多くのアイデアを出せるかが重要です。
画期的な発想は、最初は「意味がない」と否定されがちですが、その中に次につながる芽が含まれていることが少なくありません。
例えば、スーツケースはかつて、トランク型で持ち上げて運ぶものでした。そこにキャスター(ローラー)を付け、立てて転がせるようにしたのは画期的な転換でした。当初は「そんなものははやらない」と否定されましたが、今ではそれが当たり前になっています。
またあるゲーム機メーカーでは、「プレー映像をボタン1つでストリーミング配信できるようにしよう」という提案をした人がいました。古参社員からは「そんな機能は誰も使わない」と否定的な反応がありましたが、実際に導入してみると大ヒット。ゲームをしながら簡単に配信できることが、多くのユーザーに支持されたのです。
イノベーションとは、120%への改善ではなく、1000%の飛躍につながるような発想です。それは最初から完成されたものではなく、荒削りで、時には笑われたり否定されたりもします。心理的安全性があれば、そうしたアイデアも恐れずに口にでき、そこから本当に革新的な成果が生まれることがあるのです。
リーダーの役割は「互いの話を聞く文化をつくる」こと

──心理的安全性を高めるうえで、経営者やリーダーにはどのような姿勢が求められるとお考えですか。
心理的安全性は自然発生するものではなく、組織文化とリーダーのあり方に大きく左右されます。
リーダーの姿勢を、現場の人たちはすぐに見抜きます。特に中堅・中小企業では、経営者の影響力が大きいでしょう。創業者などカリスマ性の強いトップがいる組織では、その人の言動が職場の雰囲気を大きく左右します。
経営者がどういう言葉を使い、どういう行動を取るかが非常に重要です。経営者が率先して心理的安全性を意識していれば良い方向に働きますが、そうでなければ逆に声を上げにくい組織になります。
例えば、経営者から「意見をありがとう」というひと言があれば社員の心理的安全性は高まりますし、意見を無視するような態度を取られれば心理的な安全性は低くなります。
もちろん、問われているのは経営者の姿勢だけではありません。経営者が心理的安全性を意識していても、社員お互いに声を聞く姿勢を持っていなければ心理的安全性は担保されません。組織全体での取り組みが必要です。心理的安全性が高まる場をどうつくっていくかという視点で、「文化」をつくるという発想を持っていただくといいと思います。
──心理的安全性が高いかどうかを見極めるには、どうすれば良いでしょうか。
1つのサインとして、少数派やキャリア採用者が自由に意見を言えているかどうかがあります。彼らが自由に発言できているなら、心理的安全性があると考えられます。逆に、彼らが黙っている場合は要注意です。
また、部長クラスが沈黙している時も危険信号です。現場からの声が途中で止まっていて、経営層に届いていない可能性があります。
──自社の心理的安全性をアンケート調査で測ることはできますか。
可能ですが、有効なアンケートにするには質問項目の設計が重要です。「あなたは社内で意見を言えますか」「あなたは安全を意識していますか」といった表面的な質問には、「はい」という回答が付きやすくなります。これでは心理的安全性を測ることはできません。
「会議の場で多数派と違う意見を言えますか」「同僚や上司の不適切な行動を注意しますか」といった心理的安全性に関する具体的な質問を投げかけ、形式的なアンケートにしないことが大切です。
──最後に、経営者やマネジメント層の方々に対して、メッセージをお願いします。
成長の余地は、どの組織にも必ずあります。成長するためには、時代の変化にしなやかに対応し、常に自らをアップデートしていく意識が求められます。
組織が成長するためには、従業員一人ひとりの思いや知識を引き出し、それらをつなぎ合わせて新しい価値を生み出すことが欠かせません。日本には非常に勤勉で、一生懸命に働く人が多い。だからこそ、経営者やマネジメント層の皆さまには、その力を最大限に引き出す環境づくりをお願いしたいです。
特に中堅・中小企業では、経営者のリーダーシップが組織の未来を大きく左右します。トップが「変わろう」と決めれば、3カ月後には現場が動き出している――それが中堅・中小企業ならではの強みです。
そうしたスピード感を生かして、ぜひ心理的安全性のある組織づくりに挑戦し、変化を恐れず、成長し続けていただければと思います。

村瀬 俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授
1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、セントラルフロリダ大学で産業組織心理学の博士号取得。ノースウェスタン大学、ジョージア工科大学で博士研究員を務めた後、ルーズベルト大学で教壇に立つ。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。