[監修]東洋大学経済学科教授 安田 武彦
本記事は2021年6月時点の情報を基に作成しています。
日本の企業数の99.7%を占め、日本経済を支える基盤である「中小企業」。そんな中小企業ですが、2021年現在、企業数の減少傾向が続いており、さまざまな課題を抱えていると言われています。
この記事では、中小企業庁や経済産業省発表のデータや、近年のビジネストレンドから、中小企業の定義や現状、そして考えられる課題と対策をご紹介します。
中小企業の現状
中小企業庁の「中小企業白書」によると、日本の企業数は1999年降減少傾向にあり、その中でも「中小企業・小規模事業者」は1996年以降20年間で約120万社減少しています。
その内訳を見ると、実は「倒産」の数は2008年以降減少傾向にあるものの、「休廃業・解散」が2006年以降高い水準で推移しています。このような状況の背景には、経営者の高齢化と、後継者が決まっていないことが大きな理由の一つとして挙げられます。「自分の代で事業をやめるつもりである」という理由から、積極的に後継者を探すことをしない場合もありますが、事業承継を望んでいながらも、やむなく廃業を選択しているというケースもあるようです。
またそれに加えて、企業の強みである技能・技術の承継に関するコストや、近年注目を集めている環境配慮の必要性、働き方改革への対応など、さまざまな変化への対応が課題となっています。
日本を支える「中小企業」
「中小企業」とは、広く知られ、当たり前のように使われる言葉ですが、今一度定義を確認しておきましょう。
中小企業基本法で、中小企業者の範囲と小規模企業者の定義は次のように定められています。
業種分類 |
中小企業者(下記のいずれかを満たすこと) |
小規模企業者 |
|
---|---|---|---|
資本金の額または出資の総額(会社) |
常時使用する従業員の数 |
常時使用する従業員の数 |
|
製造業その他 |
3億円以下 |
300人以下 |
20人以下 |
卸売業 |
1億円以下 |
100人以下 |
5人以下 |
小売業 |
5千万円以下 |
50人以下 |
5人以下 |
サービス業 |
5千万円以下 |
100人以下 |
5人以下 |
※ただし、これは「原則」であり、各法律や支援制度における「中小企業者」の定義とは異なる場合があります。
中小企業庁の『中小企業・小規模事業者の現状と課題』(平成28年10月) によると、中小企業は日本の企業数の99.7%を占め、雇用の7割、製造業付加価値額※1の過半数を担っています。加えて「過去10年間の主なイノベーション実現の担い手」について、回答者の約45%が「中小企業」を挙げています。
こうした状況から、同庁は中小企業について「イノベーションの担い手として、わが国の重要な経済主体となっている」と評価したうえで、IoTや人工知能、ビッグデータなどを活用した技術革新「第4次産業革命」に適応することで、さらなる成長が見込まれることを期待しています。
※1 「付加価値額」とは、企業が事業活動によって生み出した価値を数値で表したもの。中小企業庁『中小企業・小規模事業者の現状と課題』では以下のように記載されています。
付加価値額=営業純益(営業利益-支払利息等)+役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課
中小企業が抱えている課題とは
日本の経済にとって非常に大きな役割を担う中小企業ですが、先述の通り、現在さまざまな課題を抱えています。後継者問題にはじまり、2020年からのコロナ禍においては資金繰りの問題にも改めて注目が集まりました。さらには働き方改革への対応、環境問題対策を含むエネルギー見直しに関しても、大企業のみならず中小企業も取り組みが求められる課題です。そうした課題のうちの一部をご紹介します。
- 後継者問題
先述の通り後継者不足による廃業は中小企業の大きな課題であり、対策が行われなければ貴重な経営資源や技術などが失われてしまうと考えられます。後継者不足の理由としては、労働人口不足のほか、人材育成や事業継承の失敗などに加え、より個人の意向を尊重するという社会的な風潮から、親族であるという理由であらかじめ決められた事業を引き継ぐということへの抵抗が生まれ、親族経営というスタイルとの乖離(かいり)が見られるケースもあるようです。
- 技能承継
会社を次世代へと存続させていくためには、経営者(人)の引き継ぎに加え、企業としての強みである技能・技術の伝承も必須となります。
この「技能承継」においては引き継がれるべきものとして二つのものが考えられます。知識をマニュアルとして言語化・文書化した「技術」と、その「技術」をうまく使いこなす能力である「技能」です。まず頭で理解する「技術」は体系化された資料が用意されていれば基本的には問題ありませんが、身体で覚えるといった意味合いの強い「技能」に関しては、時間をかけて丁寧に伝えていく必要があります。
- 資金繰り
中小企業庁の「2016年版 中小企業白書」によると、23.9%の中小企業が、成長するための経営課題として「資金繰り」を挙げています。非常に多いという規模感ではありませんが、当時の段階で課題として顕在化している企業の数字となるため、潜在的な課題として抱えている企業の存在も想定されます。
特に、コロナ禍に伴い、2020年春ごろから多くの中小企業が万が一の事態に備え、借り入れを増やしたことなどからも、環境の変化により、一気に問題として顕在化する可能性が考えられます。大企業と比較して、資金的に十分な余裕がないケースが多い中小企業にとって、資金繰りは別のレベル感で意識されている課題となります。
- エネルギー見直し
気象災害の増加など、地球温暖化による影響はもはや無視できるものではなくなっています。そのため世界規模で温室効果ガスの排出量削減が進んでおり、多くの企業が社会的責任としてこれらの取り組みに協力することが求められています。また、欧州連合(EU)は持続可能な経済活動を行うための「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を採択しており、それに適合しない企業を将来的に法的規制で排除する可能性があります。こうした潮流に対応するため、多くの企業は増えるコストを負担しながらも、クリーンエネルギーの導入を進める必要に迫られています。
この影響を受けるのは大企業ばかりではありません。例えば、2015年に採択されたパリ協定が求める温室効果ガス削減目標の指標「SBT(Science Based Targetsv」)は、サプライチェーン全体における温室効果ガス排出量についての目標を定めています。このため、今後大企業は取引先である中小企業にもエネルギーの見直しを求めることが考えられます。
- 働き方改革関連法
2019 年4月に働き方改革関連法が施行され、中小企業も順次その対象となっています。これにより中小企業は2020年4月1日から残業時間の規制が、2021年4月1日からは同一労働・同一賃金の適用が義務化され、2023年4月1日からは残業時間月60時間超の割増率が引き上げられます。これは、労働者にとっては労働環境の改善になりますが、経営者にとっては金銭的・人的なコストアップと言えます。しかし、労働環境改善を成功させることで、求人増や職場定着率の高まりなどによる人材不足解消や、生産性の向上も期待することができます。法律に対応するための「仕方のないこと」としてではなく、「企業の成長のため」として取り組むべき課題だと言えます。
- 生産性向上
少子高齢化を主な原因とする労働人口減少による従業員不足、ワークライフバランスを重視する従業員の意識・価値観の変化、そして働き方改革に伴う残業時間上限規制による労働時間短縮などから、多くの企業が従業員1人当たりの生産性向上を迫られています。 「2020年版 中小企業白書」によると、大企業が規模の力によって生産性を高める一方、中小企業の生産性はその半分から3分の1程度にとどまっているという見方もあるようです。
中小企業が取るべき対策とは?
中小企業が抱える課題の一部をご紹介しましたが、どのような対策が考えられるでしょうか。取り組み事例などを交えつつご紹介します。
- 労働環境改善
会社の存続や生産性の向上のため、より良い人材を採用しようとするのであれば、自社の労働環境が働き手にとって魅力的である必要があります。そのために、労働環境の改善は必須です。例えば、福利厚生の充実や風通しの良い組織の実現はもちろん、リモートワークやフレックス制などを導入し、従来のフルタイム、オフィス勤務以外の多様な働き方を選択可能とするなど、働き手のさまざまなニーズに対応することが求められます。
- 積極的なIT投資
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉が広く注目を集めているように、現代のビジネスシーンにおいて企業が競争力を得るためには、ビジネスモデルを含めたデジタル変革が必須とされています。最終的には特定部門に限定されない全社的な変革が求められる中、業界や企業ごとの体制や文化の中で、各社がさまざまなレベル感で取り組みを進めています。
実践の考え方としては、例えばクラウドサービスやIoT、AIを導入するにあたり、ある程度社内でデジタルインフラが整備されている必要があります。そうでない場合は、それらを活用できるだけのデジタルデバイスを従業員に支給する必要も出てきます。金銭的にも時間的にもコストが想定されますが、社員1人当たりの生産性向上や、リモートワーク導入による多様な働き方の実現・職場環境改善にも欠かせない対応となるため、自社の状況を見極めつつ積極的な対応が必要と考えられます。
- 事業継承やそれを含む第二創業
後継者不在により事業継承が行えない場合、外部から第三者を経営者としてスカウトする方法も考えられます。しかし、それでも後継者が見つからない場合、競合他社や大企業に売却する「M&A」によって事業継承を行うことも検討できるでしょう。また、自己資本での経営継続が厳しいような場合でも有効な手段となるケースもあります。
現状のビジネスモデルでは自社の経営が困難であるという場合、M&Aなどにより新たな要素が入ることで、これまでとは全く異なる分野に進出する「第二創業」という道も視野に入ってきます。自社の組織としての存続、という面では大きなメリットになると考えられます。
とはいえ、注意すべき点もあり、従業員が自社の方針転換に対して納得してくれないケースもあり得ます。例えば、従来成績が良かった従業員が、変化に順応できず方針転換後に成果を発揮できない場合、変化によって不利益が生まれていると感じ、「新たな方針は間違っている」と考えてしまう可能性があります。そのため、まずはトップ層のビジョンを従業員に浸透させることが重要です。また、そうしたリスクを減らすためには、売上・利益予算に基づく業績を指針とする従来型マネジメントではなく、会社の経営ビジョンを実現するための戦略構築・実行を重視するマネジメント手法「チェンジマネジメント」が有効であると考えられています。
- CSR調達
「エネルギー見直し」に対しては「CSR調達」の考え方を理解することが有効です。企業が社会に対して良い影響を与えるよう責任を負うべきだとする考え方「CSR(Corporate Social Responsibility)」を、自社のみならず取引先との関係性・調達業務に適用する「CSR調達」では、相手企業に対しても自社のCSR規範に準じることを求めます。
また「CSR調達」の一つである「グリーン調達」は、製品の原材料や部材に対して環境負荷の低い製品を選択することで、規制化学物質の削減や、二酸化炭素排出量の抑制、再生資源の使用などを実行する調達法です。
- 健全な経営を目指す
「生産性向上」のためのIT投資コスト捻出や、運転資金などの資金繰りを含め、健全なキャッシュフローによる経営の実現を目指すためには「フィンテック」を活用したスピーディーな融資の検討や、「CRE戦略」による不動産の有効活用を検討してみる価値があるでしょう。
「フィンテック(Fintech)」とは「金融=ファイナンス(Finance)」と「技術=テクノロジー(Technology)」を組み合わせた造語。「金融とICT(情報技術)を組み合わせた新しいサービスや金融商品、そしてそれらを提供する企業」などを総称する概念ですが、このフィンテックは中小企業の課題「資金繰り」の解決にも一役買う可能性があります。
従来、中小企業の多くは信用金庫や地方銀行からの融資、経営者個人の資産からの拠出などに資金調達を頼るケースが多く見られました。しかし、売掛金である入金待ちの請求書を介して資金調達を行う「ファクタリング」など、フィンテックによって新たな調達経路が生まれています。
また、もし不動産を所有しているようであれば、「CRE戦略」も検討すべき手段の一つとして挙げられます。「CRE戦略」とは、企業が所有する不動産「CRE(コーポレート不動産)」を、経営戦略のための資産とみなし、最大限活用して不動産投資を行う考え方です。不動産を単純に所有し続けるとリスク資産になりかねませんが、死蔵させず運用することで利益を最大化すれば、キャッシュフローの改善とリスク低減が期待できます。
以上、中小企業の現状と課題、そしてその対策をご紹介しました。大企業以上に労働人口の不足に打撃を受けている中小企業ですが、その諸問題解決にはIT投資によるDXの成功と、それを基盤とした労働環境の向上と多様な働き方の容認、そして生産性の向上が必要であると考えられます。
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