[Publisher] MASHING UPより転載
きっと誰の人生にも、挫折からの転機がある。そのポイントにこそ、自分らしい働き方に近づくヒントがあるのでは──。2020年11月26日のMASHING UPカンファレンスvol.4では、「わたしのトリセツ – キャリア編 新しい時代のキャリアづくりを発見」と題したトークセッションを開催。
IVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)代表の島川敏明さん、ヘイ株式会社取締役の塚原文奈さん、&Co.,Ltd.代表でTokyo Work Design Weekオーガナイザーの横石崇さんが登壇し、自分が本当に望むキャリアに近づく方法を語り合った。
事業の楽しさと厳しさを体感してきた人生
セッションの中で島川さんと塚原さんが紹介したのは、自分の人生を記したライフチャート。横軸に年齢、縦軸にその時の状態がプラスマイナスで記されている。ヘイ株式会社の取締役CPOとしてプロダクト部門全般を管轄している塚原文奈さんは、これまで仕事の環境を4回変え、フリーランスから大企業まで、さまざまな働き方を経験してきたという。
ライフチャートを振り返ると、塚原さんの人生が大きくマイナスに振れたタイミングは3回あった。
「 最初は12歳。父親が情熱を注いでいた事業が傾いて財政難になり、『明日から塾も習い事も辞めなきゃ』と。事業の楽しさと厳しさについて、身をもって知った子ども時代でした。
2回目はサイバーエージェントの新規事業担当として転職した24歳のとき。うまくいかなくて撤退が決まり、期待してくれた取引先を裏切るかたちになってしまった。事業を畳むということは、一緒に仕事をする人にこんなにも打撃を与えるのかと。二度と経験したくないと思いましたね。
3回目は30歳を機にフリーランスになってから数年後。受託の立場として担当する事業に情熱が注ぎにくいことや、人生を振り返った時の自分の継続力のなさがコンプレックスで、すごく落ち込みました」(塚原さん)
夢は2つ持つ。手塚治虫の名言が支えに
波乱万丈の塚原さんのライフチャートを見て、「スタートアップやベンチャーは、とりあえず人がいないから『おまえやってみろよ!』となる。失敗もするけれど鍛えられますよね」と共感するのは、27歳でIVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)の代表をつとめる島川敏明さんだ。
島川さんの前職は、理化学研究所で分子生物学と神経学の研究に従事する研究者。研究の世界からIT業界の第一線へという大胆なキャリアチェンジの背景が、ダイナミックなライフチャートから浮かび上がってきた。
最大のマイナスが訪れたのは、理化学研究所という夢の舞台に立った23歳のときだと語る。
「まわりの研究者が超優秀で、自分はとてもそこまで行けないと。そのときに支えとなったのが、少年時代に知った『夢は二つ持ったほうがいい。一つしかないと、その夢が破れたときに挫折してしまうから』という手塚治虫さんの言葉でした。僕はそれで、研究者としてノーベル賞をとるか、商売人としてめっちゃ稼ぐか、という二つの夢を持っていたんです。
研究者として挫折したからには、大きくピボットしないといけない。トップ集団に入ったら早い、というのが僕の行動理念なので、国内最大級のスタートアップカンファレンスであるインフィニティ・ベンチャーズ・サミットのボランティアとして潜り込んだのが、IT業界に入ったきっかけです」(島川さん)
人生やキャリアの弾力性を左右するのは「解釈力」
若くして先鋭的な企業のトップとなり、大成功しているように見えるふたりの人生。マイナス部分まで可視化されるライフチャートで振り返ると、その振れ幅の大きさに驚かされる。
ふたりの「マイナスからプラスへの転換点」は、どこか似ているような気がすると話すのは、モデレーターをつとめる&Co.,Ltd. 代表の横石崇さん。今年で8年目を迎える「働き方の祭典」Tokyo Work Design Weekのオーガナイザーであり、働き方のプロフェッショナルだ。
「マイナスになったとき、つまり挫折したときも行動をやめない。自分が動いた先に、また新しいヒントやアイデアがある、というような……。
人生100年時代は『解釈力』が大事。失敗してもそれをネタ化するというか、自分を引いて見る力があるのとないのとでは、人生やキャリアの弾力性が変わってくると感じました」(横石さん)
近年話題の「レジリエンス(困難にぶつかってもしなやかに回復し乗り越える力)」という言葉がある。「解釈力」を鍛えることは、レジリエンスを高めることとイコールと言えそうだ。
個人を深く知ることで組織は活性化する
自分が望む働き方に近づく方法をディスカッションした後、話題は「個人のパフォーマンスを組織に生かすアイデア」にシフトした。意見を求められた島川さんは、「パフォーマンスには横幅と深さという二つの方向性があると思う」と語った。
「深さを出すには、個人として与えられた役職をプロフェッショナルとしてやり切ること。そのマインドでやると道が切り開かれます。横幅を出すには、まずは組織を円滑にすることをしたほうがいいのかなと。
僕はスラックで、なんでも思いつきをつぶやくチャンネルを作っています。そこにみんなが反応してくれる。そういう、相手を幅広く知ることができる仕組みを導入するのがいいと思います」(島川さん)
「個人としての才能、人よりちょっと知っていること、得意なことをアピールする場があったほうがいいですよね。弊社もチャットツールで、お互いの得意なことを教え合う場を作っています。個人の個性や強みを知る場があると、組織が活性化される気がします」(塚原さん)
「コロナ禍でリモートワークが進む今、これまで組織に蓄積されていた暗黙知(個人の知識や経験)が失われやすくなっている。そこにちゃんと組織として注目する、表に出してあげるということですね」(横石さん)
弱みを共有するチームは生産性が高い
個人が自分らしく働ける組織のあり方について、横石さんはセッション終了後にこう語ってくれた。
「暗黙知は言葉にしづらいため見過ごされがちですが、コロナ禍ではここをおろそかにする組織やチームがリモートワークを行うと、不平や不満が残りやすいと思います。ここを克服するには、リーダーの引き出す力、聴く力が必要。僕が心がけているのは『話す2割:聴く8割』のコミュニケーション・ポートフォリオです」(横石さん)
セッションではライフチャートをもとに人生を振り返ったが、可視化されにくい個人のマイナス面を知ることは、組織にとってもプラスになると横石さん。
「メンバーが日常生活での心配事や自分の弱みを共有できるチームの方が、そうではないチームよりも生産性が高く、プロジェクトの成功確率なども高いと言われています。これはみなさんも思い当たる節があるのではないでしょうか?」(横石さん)
例えば子育てに奮闘するメンバーがいる場合、その悩みに対して共感している、していないではチームの相互補完やパフォーマンスが変わってくる。横石さんはメンバー同士でコンプレックスや痛み・喪失感を共有するためにも、雑談やワークショップを通して弱さの共有や交換をするように意識しているという。
「メンバーが抱えている悩みや葛藤にこそ、チームワークが宿ります。そういった意味では、強さだけで成り立つチームや組織というのは味気ないものだと思いますし、いざというときに想像以上のパフォーマンスを発揮できないでしょう」(横石さん)
「関わり合い」のデザインに組織の幸福が宿る
リモートワークをはじめとする現代の生産性向上施策は、人を孤立しやすい状況にすると横石さんは語る。個人が水面下でピンチに陥っても、組織は理解もできないし把握もできない、といった状況になりがちだ。
「最悪なのはピンチに陥っているかどうかが本人にもチームにもわからないケースです。そして、これは自己責任論だけでは片付けられない大きな問題にもなっていると思います。
だからこそ、 心身ともに良好な状態であることを表す、ウェルビーイングが重要視される時代なのだと考えますし、人と人との『関わり合い』のデザインにこそ、組織の幸福論のヒントが詰まっているのではないでしょうか」(横石さん)
相手を知り、自分を知ってもらう機会をつくること。それは簡単なようでいて、組織という場ではとても難しいことなのかもしれない。
だからこそ日常の小さな対話を積み重ねて、お互いの強みを尊重し、弱みに共感できる感受性を育てていく。そんな企業文化や組織カルチャーが、新時代のキャリアの基盤となるのだろう。
取材・文/田邉愛理