[監修]株式会社ニューラル代表取締役CEO 夫馬 賢治
本記事は2025年3月時点の情報を基に作成しています。
「サステナビリティ」「サステナビリティ経営」という言葉をよく耳にするようになった。サステナビリティ/ESG領域に詳しい経営戦略・金融コンサルタントの夫馬 賢治氏は、「昨今は中堅・中小企業も含めたすべての企業にとって、サステナビリティ経営は不可欠となってきている。またサステナビリティ経営に取り組むことは、非常に大きなメリットがある」と話す。その理由や、サステナビリティ経営に取り組む際のポイントについて話を伺った。
目次
サステナビリティ経営とは? 意義や取り組むメリット
――「サステナビリティ」という言葉が注目されるようになっています。どのような背景があるのでしょうか。
サステナビリティ(持続可能性)という言葉が世界でよく使われるようになったのは、2000年代後半から。大きなきっかけは、気候変動です。気温や海水温の上昇が常態化し、極端な気象現象が増えるようになりました。近年、日本でも台風による被害が増え、冬には局地的な豪雪が多発していますね。
こうした異常気象の原因の1つと言われているのが、大気中の温室効果ガス濃度の上昇です。地球環境への影響を抑え、社会を持続可能なものにしていくために、サステナビリティという言葉が注目されるようになりました。
日本企業がサステナビリティに取り組み始める大きなきっかけとなったのは、2021年6月に行われた「コーポレートガバナンス・コード(上場企業の取締役および監査役に対する規範)」の改訂です。これにより、プライム市場の上場企業に気候変動リスクなどの開示が実質的に求められるようになりました。
さらに2023年3月期からは、上場企業に対して、サステナビリティに関する情報を有価証券報告書で開示することが義務づけられました。端的に言えば、サステナビリティという概念を経営に取り入れることが実質的な法的義務になったのです。
――「サステナビリティ経営」とはどのような経営なのでしょうか。
社会も企業も課題が山積みで、このままでは持続可能とは言えない状況にあります。その中で、「環境」「社会」「経済」という3つの観点において、企業が率先して課題解決を進めることにより、持続可能な経済成長を実現しようとする経営のあり方を「サステナビリティ経営」と呼びます。
誤解のないようにお伝えしたいのですが、温室効果ガスの排出を抑える、あるいはクリーンエネルギー化を推進するといった、環境面だけがサステナビリティ経営の範囲ではありません。
例えば、企業の中で人権侵害などが起こっていると社会的に持続可能だとは見なされませんし、資本効率の低い分野の事業を改善し資本効率を高めていくことも企業が存続していく上では重要です。環境、社会、経済、この3つの観点すべてにおいてサステナビリティを追求しながら、企業の成長に結びつけていく必要があります。
――実際のところ、社会全体としてサステナビリティ経営の推進はどの程度進展しているのでしょうか。
株主からの要請や法規制の影響を受け、大手企業の方が中堅・中小企業よりも早く、サステナビリティという概念を経営に取り込みました。業界によって進度に差はありますが、ほとんどの企業は意識しているといっていいでしょう。
中堅・中小企業は大手企業ほど進んでいないところが多いようですが、近い将来には追いつく必要が出てくるはずです。
――サステナビリティ経営を重視するメリットや、重視しないことによるデメリット・リスクについてもお聞かせください。
サステナビリティ経営が標準化されつつある現代において、重視するメリット以上に、重視しないデメリットの方が大きいのは明らかです。
大手企業が特に気にしているのは、株主提案や取締役選任議案への反対といった投資家からのプレッシャーや、サステナビリティを重視する取引先に対する競争力が下がり売上が減少するといったデメリットです。また気候変動による異常気象や資源不足が深刻化した場合、対策ができていない企業は事業効率が低下し、場合によっては事業の中止に追い込まれる可能性もあるでしょう。
中堅・中小企業はまだ大丈夫かというと、そんなことはありません。中堅・中小企業でも、大手企業と取引がある場合、その影響を受ける可能性が高いからです。現時点で大手企業と直接取引がない場合でも、今後一切大手企業と関わらないと言い切れる中堅・中小企業は少ないはずです。
大手企業は自社だけでなく、取引先も含めたサプライチェーン全体でサステナビリティを重視することが法規制によっても求められています。取引先の企業がサステナビリティに反する行動を取った場合、コーポレートガバナンスが機能していないと判断し、取引を停止することがあります。
また多くの大手企業は、サステナビリティ経営に関する方針を文書化しており、「このような企業とは取引しない」という基準が明文化されています。これにより、取引停止が迅速に実行されることがあります。
中堅・中小企業の経営者の方々は、これまで大手企業から、上記のような話が出たことがないからと安心していてはいけません。外部からは見えないだけで、大手企業は着々と準備を進めていると思っておいた方がよいでしょう。
厳しいことを申しましたが、サステナビリティ経営に取り組むことは、メリットも大いにあります。例えば、エネルギー効率の改善によるコスト削減や、新たな顧客の開拓などが挙げられます。
さらにサステナビリティ経営に積極的な企業からは、優秀な人材、特に若い世代の採用がうまくいっているという声をよく聞きます。従業員数が100人未満の企業でも、採用応募がたくさん来るといううれしい悲鳴も耳にしました。
最近の若者は未来に不安を感じているため、長期的な視点から経営をしていこうという企業に安心感を覚える傾向があります。企業の評判は会員制交流サイト(SNS)などですぐに広がるため、環境破壊や人権侵害に関与していることが判明すると採用競争力は大きく減衰します。長期的な視点に立った経営を行い、さらにそれをきちんと発信すべきということですね。
――サステナビリティ課題が次々に顕在化する世の中において、企業を取り巻く状況も急速かつ大きく変化しているのですね。
はい。だからこそ、サステナビリティ経営は「バックキャスティング」というアプローチを取ります。これは、未来のあるべき姿を先に描き、そこから逆算して今後の施策を考えるという思考法です。
バックキャスティングの対極にあるのが「フォーキャスティング」です。現状の課題や過去の実績を基に改善策を考える方法で、一般的なビジネス戦略の多くがこのアプローチを採用しています。例えば「今年の売上が◯◯円だったから、来年は前年比△△%アップを目指そう」といったように。
この手法は、過去や現在のデータを基に策を講じる際には有効ですが、長期的な市場環境の変化には対応できません。なぜなら環境や社会の状況は今後急速に変化していくと予見されており、過去や現在を基点とする考え方では、そのような変化に対して柔軟に対応できないからです。
またサステナビリティ経営には、従来の枠を超えた革新的な発想が求められます。サステナビリティを経営課題として実践するためには、目線を常に未来に向け、バックキャスティングのアプローチを採用することが不可欠なのです。
――ほかにも、サステナビリティ経営に関するトレンドがあれば、お聞かせいただけますか。
大きな流れの1つは、ここ数年、地銀や信用金庫、信用組合などの地域金融機関がサステナビリティ経営を実践するための中堅・中小企業支援に力を入れていることです。背景には、金融庁などから、地元の地域経済を活性化せよという大きな使命を課されていることがあります。
地域金融機関は取引先がサステナビリティ経営を推進するためのさまざまなサポートを行うとともに、サステナビリティ経営に積極的な企業に対する融資金利を引き下げたり、融資を積極的に行ったりするようになっています。一方で取り組みが前向きでない企業に対しては、与信を厳しくする金融機関もあります。
サステナビリティ経営・SDGs・ESG・CSR、各用語の違い
――サステナビリティだけでなく、SDGs、ESG、CSRなど、持続可能性に関連するさまざまな用語があります。これらにはどのような違いがあるのでしょうか。
確かに用語が多いですね。基本的な用語については、定義に神経質になるのではなく、本質的な意味を理解することが大切です。以下の図に要点をまとめましたので、参考にしてください。
これらの用語は、使う人や場面によって、定義とは微妙に異なる意味で使われることもままありますが、本質的な意味を理解していれば、相手がどのような解釈でその言葉を使用しているのか、推し測ることができるでしょう。
サステナビリティ経営が進む企業の好事例
――サステナビリティ経営の推進が進む企業にはどのような特徴がありますか。共通点があればお教えください。
経営者自らが率先して取り組むべきテーマだと認識し、実際に行動に移しているという特徴が挙げられます。そうすることで、サステナビリティの重要性が組織全体に浸透し、社員の意識と行動が変わってきます。
さらに、まずできそうなことから始め、成功体験を積み上げているという特徴もあります。小さな成功を積み重ねることで、社員のモチベーションも高まり、次のステップへの取り組みが加速します。
中堅・中小企業に関して言えば、大手企業の動向に関する情報を積極的に取りに行っている、という点が共通していますね。
大手企業の動向を直接ヒアリングできればベストですが、それができなければ業界団体や地域の商工会議所、さらには地域金融機関や保険会社、リース会社などに尋ねるのも一つの方法です。
――サステナビリティ経営の推進が進んでいる企業の、具体的な施策事例を教えていただけますか。
実践しやすい例として、経営層を含めた社員同士で勉強会を実施し、持続可能な社会の実現に向けた学びの機会を設けるという選択肢があります。SDGsの目標やサステナビリティに関する世の中の課題を学び、自社の事業とどのように結びつけるかを議論することは、社員の意識向上や新たなアイデアの創出につながり、実践的なサステナビリティ経営の基盤を築くことができます。
新たに工場を建設する際、屋根に太陽光発電を設置するという選択肢を取る企業も増えています。背景には、化石燃料の市場価格が高騰し、エネルギーコストが増えていることがあります。これによりコスト削減が図れ、また再生可能エネルギーの利用が促進され、温室効果ガスの削減にも寄与します。
また経済産業省も、サステナビリティ経営の支援を目的に、先進的な取り組み事例を紹介しています。これらも参考となるでしょう。
サステナビリティ経営を実践する際の留意点
――サステナビリティ経営を実現するためには、お題目として掲げるだけでなく、実際の事業で実践することが大切ですね。
その通りです。サステナビリティ経営とは、決して見栄えの良いキャッチフレーズを作って、額に入れて飾っておくようなものではありません。
――これからサステナビリティ経営に取り組もうとする企業は、どこから着手すべきでしょうか。また、どのような点に留意すべきでしょうか。
まずは自社がどのような課題に直面しているのか、現状を知ることが大切です。先ほど「サステナビリティ経営にはバックキャスティングのアプローチが必須」とお伝えしましたが、望ましい未来の状態と現状の差を埋めていくための第一歩が、現状を正確に把握することだからです。
現状を把握することは、マイナスな部分を自覚することでもあります。しかし、それを恐れないでください。むしろ事業の持続可能性を強化するための絶好のチャンスだと捉えていただきたいのです。
現状を正しく把握するためには、例えば、外部からの助言を受けるという選択肢があります。中堅・中小企業においては費用の問題があるかもしれませんが、それでもできることはたくさんあります。地銀などの地域金融機関では、診断ツールなどが用意されており、安価で利用できるようになっています。
課題が明確になったら、優先順位を付けて解決に向けた施策を実行します。このプロセスについても、地域金融機関や商工会議所、業界団体などが支援を行っていますので、相談してみると良いでしょう。
一歩踏み出せば、山積みの課題に圧倒されるかもしれませんが、決して諦めないでください。最初から完璧を目指す必要はありません。中長期的な視点で、階段を一段ずつ上るように変革を進めていくことが、持続的な企業成長への道を切り拓くのです。

夫馬 賢治
株式会社ニューラル代表取締役CEO/信州大学グリーン社会協創機構特任教授
サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社を2013年に創業し現職。東証プライム上場企業や大手金融機関の社外取締役や社外アドバイザーを多数務める。スタートアップ企業やベンチャーキャピタルの顧問にも就任。環境省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省の有識者委員も歴任。『ネイチャー資本主義』(PHP研究所)、『超入門カーボンニュートラル』『ESG思考』(ともに講談社)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日経BP日本経済新聞出版本部)など著書多数。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。
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