元サッカー日本代表・大津 祐樹氏に学ぶ、ビジネスに生きるアスリート哲学とは

スポーツの舞台で多くの人々を魅了するアスリートたち。彼らは競技活動を通して、分析力や判断力、リーダーシップなど、ビジネスに通じる多くのスキルやマインドを身につけている。

元サッカー日本代表選手の大津 祐樹氏は、そうしたスキルやマインドを生かし、現役時代からビジネスに挑戦してきた人物だ。

現在は、ブランド時計専門店を運営する年商180億円超の企業、株式会社コミットの取締役、またアスリートのキャリア形成支援などを行う株式会社ASSISTの代表として企業経営に携わる。そんな大津氏に、ビジネスに生きるアスリートの哲学について伺った。

アスリートの経験を正しくビジネスに生かすことができれば、成功しないわけがない

―― 大津さんは、現役のサッカー選手として活躍しながら、サッカースクールを立ち上げるなどビジネスを展開されてきました。そのきっかけについてお聞かせください。

最初にサッカースクールを立ち上げたのが2015年、25歳の時でした。ビジネスありきではなく、きっかけは、「自分がやってもらえなかったことをやってみたい」という思いからでした。僕は子どものころ、現役のプロ選手と一緒にプレーをしてみたいと思っていたんです。サッカースクールでは現役を引退した選手が指導者であることが多く、それはそれですばらしいことですが、今まさに活躍している現役選手に指導してもらえたら、どんな体験になるんだろう…とずっと考えていました。そこで、現役時に酒井 宏樹選手と一緒にサッカースクールを立ち上げました。

―― 2020年には株式会社ASSISTを立ち上げ、サッカースクールのほか、アスリートのキャリア支援なども行っていらっしゃいます。

僕は、アスリートの価値をもっと高めたいと考えています。特に、競技生活から引退したアスリートについては、世間からの評価が低すぎると感じてきました。

アスリートが引退後に新たな仕事に就くことを、よく「セカンドキャリア」と表現しますが、なぜアスリートはキャリアをファースト、セカンドと分けられてしまうのでしょう。僕自身も「サッカー辞めた後、次はどうするの?」と現役時代に散々言われ続けてきましたが、内心「何も心配することはないのに」と思っていました。一般の方がビジネスにフルパワーで取り組んでいるのと同じように、選手もサッカーにフルパワーで取り組み、強みを磨いているからです。

アスリートの強みは、何よりも行動力と継続力。目標を達成するためにクリアすべき課題を考えて行動し、継続的に努力する。そして失敗しても改善点を見つけ、さらに挑戦し続ける。それは、ある程度の結果を出してきたアスリートなら必ず身についているはずです。行動と継続が結果を生むプロセスを理解し、体得していることは、圧倒的なアドバンテージだと思います。それに加え、チームスポーツを経験しているアスリートは、チームワークを考えながら自分に求められることを磨く力ももっている。このバランス感覚はビジネスでも非常に役立ちます。アスリートの経験を正しくビジネスに生かすことができれば、成功しないわけがないのです。

ただ、ポテンシャルがあるのにうまく切り替えられず、競技で当たり前にやってきたことをビジネスにうまく生かせていない人もいます。そこをサポートできれば、アスリートの価値はもっと上がると考えました。引退後にも活躍している人が増えれば、後に続きたいと目指す人が増え、スポーツの未来にもつながります。

自分が現役のうちに取り組んで結果を出せば、より多くの人にそれを伝えることができる。そうやって世の中の認識を変えたいと思ったんです。

大切なのは、どれだけ「行動」し「継続」し続け、失敗を重ねたか

――今のお話の「行動」と「継続」について、もう少し詳しく伺えますか?

ビジネスの中でもよく皆に伝えることなのですが、世の中の人を100%とすれば、行動を起こす人は10%だと思っています。その10%の中で、さらに継続できる人はまた10%しかいない。つまり、全体の中で行動して継続できる人はごくわずか。この2つをしっかり実践できれば、それだけで圧倒的な強みになるのです。それはアスリートではない一般の方でも同じです。

先日とてもおもしろいと感じたのですが、歯医者さんの先生も近しいことをお話しされていたんです。歯医者さんが「歯は大切ですか」と患者さんに問うと、全員が「大切です」と答える。でも多くの人は定期的な検診には来ず、歯が痛くなって初めて歯医者さんに来るのです。そして「治療で痛い思いをした」という経験から、もうそんな思いはしたくないと一部の人は定期検診を受けるようになるのですが、結局だんだんと来なくなってしまう。数少ない継続できる人たちは、予防や早期発見ができるので、その後大きな虫歯になりづらいというのです。

これって、アスリートの話と共通する点があると思いませんか?

――本当ですね。

大半の人が行動できないことに対して行動し続ける人が強い。もっと正確に表現すると、行動して失敗を重ねていける人が、最終的に「勝てる」のだと思っています。

もちろん、ただ失敗すれば良いわけではなく、とことんシミュレーションし、ベストな形を考えることは大切です。でも、少しくらい「失敗するかも」と感じても、成功の可能性もある程度見えるものであるなら、行動したほうがいい。失敗から学べることはたくさんあります。

逆に、もし失敗をしていないのなら、それは挑戦していないってこと。今できることだけをやっていれば失敗することはないですが、成長もないのだと思います。

「取り切らない」ことが、持続的な成長につながる

―― 2023年シーズンで現役を引退後、株式会社コミットの取締役に就任するなど、活躍の幅を広げていらっしゃいます。ビジネスを成功に導くために、「行動」と「継続」のほかに大切にされていることがあれば、教えてください。

ビジネスに限らず小さなころからの感覚なのですが、「需要と供給のバランス」を非常に大切にしています。

僕は、「なんで?」とすぐに疑問をもつ性格で、世の中の仕組みや人の気持ちの動きにとても興味があります。人や会社の成功の要因は何なのか観察したり、調べたり、直接聞きに行ったりすることもしょっちゅうです。

そんななかで感じるのは、成功している人や企業は「人から求められていること」、つまり需要があることに対して、なにかしらの価値を提供することで成功している。ただ、成功して自分本位に目の前の利益を追求するのではなく、周りに還元するなど、持続的に喜ばれ続けるための「余地」も大切にしている。この、利益や成功をMAX値まで「取り切らない」ことが、とても重要だと思うのです。

これはサッカーを通じて学んだことでもあります。僕も現役時代に自分の成績を高めることだけに全力を注ぎ、「取り切ること」を極めようとしていた時期がありました。すると、たしかに一時的には取り切れるのですが、その量には限界があったのです。どれだけ努力しても、ひとりの力では超えられない壁がある。それを経験し、「全員で上がっていくほうが、もっと大きな成果を出せるし、スピードも速い」という結論に至りました。

ビジネスでも同じです。どんな大企業の創業者も、ひとり、一社の力だけでここまで来たわけではありません。周囲を巻き込み、協力し合って成長してきたんです。「どれだけ得をするか」ではなく、「どれだけ周りを生かして、皆で成長するか」「お客さまを喜ばせられているか」。その意識をもてるかどうかで、結果は大きく変わると思います。

さまざまなチームで培ってきたメソッドや経験を皆でもち寄り、これまでにないクラブ運営に挑む

――大津さんが今後チャレンジしていきたいことはありますか。

まずは、僕らが提供しているサービスに対して、お客さま、関係する皆さんに喜んでもらえるような仕組みを作り続けること、それを実行し続ける良い組織を作っていくことですね。株式会社コミットも株式会社ASSISTも、皆さんからの口コミが非常に良いんです。関わった人たちが満足してくださり、「ありがとう」と言葉をいただくことは、自分たちにとって良い成功体験となる。成功体験を得ることは、先ほどお話しした「失敗を重ねること」と同様に大切なことで、少しの失敗でも諦めずに「行動」し「継続」する原動力になると思います。

また、もうひとつ大きな挑戦があります。株式会社ASSISTは、2025年から東京都社会人サッカーリーグ2部のスペリオ城北を、複数の現役サッカー選手たちとともに、共同運営させていただくことになりました。サッカーとビジネスサイド、両方の強みを掛け合わせた運営にチャレンジしていきます。この取り組みの重要な軸は、みんなでクラブを作ること。僕自身、複数のサッカークラブに所属し、それぞれがもつ仕組みの良さを体感してきましたが、それ以外のクラブのことは深く知りません。共同運営する各現役選手たちが、さまざまなクラブで培ってきたメソッドや経験をもち寄ってくれることで、話し合いを行いながら、良いところを詰め合わせたような、今までにないクラブ作りができるのではないかと考えています。

長期目標は世界一のクラブ、短期目標はJ1リーグ優勝。この目標達成に向けて取り組むことはもちろん、チーム運営を通じてアスリートのキャリア形成を支援し、引退後の選択肢も増やしていきたいと考えています。社会人サッカー、さらには日本のスポーツ界全体の価値向上に貢献していきます。

――最後に、この記事を読む企業経営・ビジネスに携わる方々にメッセージをお願いします。

繰り返しになりますが、「行動」そして「継続」が重要であると思います。ビジネスに人との縁が大切であることは、多くのビジネスパーソンの方がご存じであると思いますが、やはり良い出会いをしている方は、よく行動していらっしゃる。僕自身もとにかく多くの人に会いに行って、ビジネスのヒントやチャンスを得たり、考え方を学んだりしています。行動し続ける方が増えれば、より成長し、社会により良い価値を生み出す会社が増える、そんな風に考えています。

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