人権デューデリジェンスとは?概要、課題、具体的な取り組みまで丁寧に解説

[執筆] きた社労士事務所 北 光太郎
本記事は2024年9月時点の情報を基に作成しています。

近年、企業における人権侵害への懸念が高まり、人権デューデリジェンスへの関心も急速に高まっています。人権デューデリジェンスは、企業が自らの事業活動やサプライチェーンにおいて人権侵害の存在や、おそれを特定し、継続的に評価・改善するための取り組みです。

今回は、人権デューデリジェンスの概要や課題、具体的な流れについて、わかりやすく解説します。

人権デューデリジェンスとは

企業の社会的責任が重視される現代において、人権問題は避けて通れない課題となっています。また、ソーシャルメディアの発達により、企業の行動が世界中で即座に注目を集め、評価される時代となりました。

そのため企業は、自社の活動が人権に及ぼす影響を特定し、適切に対応することが求められています。

しかし、人権侵害への対策やその範囲は自社内にとどまらず、取引先や協力企業を含むサプライチェーン全体に及ぶため、どこまで踏み込むべきか、どのような対策を講じるべきか悩む企業も多いでしょう。このような背景から、近年では「人権デューデリジェンス」という取り組みが注目を集めています。

人権デューデリジェンスとは、企業の事業活動に伴う顕在的または潜在的な人権へのリスク(負の影響)を特定し、それらを軽減または防止するプロセスのことです。具体的には、自社やサプライチェーンにおける人権リスクを調査・特定し、予防や軽減の策を講じて、さらに結果を検証・公表するまでの一連の流れを人権デューデリジェンスといいます。

人権デューデリジェンスは、一度実行すれば解決するものではなく、企業活動において継続的に行う取り組みです。わかりやすくいえば、PDCAのように繰り返し行うことで改善させる取り組みともいえるでしょう。

仮に自社またはサプライチェーン上で人権侵害が明らかになると、不買運動などの風評被害が発生する可能性があります。一方、人権尊重の取り組みを行う企業は社会課題の解決を推進する企業として、ステークホルダーに好影響を与えると考えられています。

人権リスクとは

人権リスクとは、企業の事業活動によって引き起こされる人権侵害のリスクのことです。法務省の報告書によると、以下のリスクが主要な人権リスクとして挙げられています。

出典:法務省「今企業に求められる「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書

人権リスクは、自社内だけでなくサプライチェーン全体で発生し得る人権侵害も自社の責任であるという考えです。例えば、アパレル企業が海外の縫製工場に大量発注したために、海外の縫製工場が強制労働に陥っていることは、「人権侵害を助長した」とみなされる可能性があります。

このように、企業が人権リスクを及ぼすのは直接的なものだけではなく、間接的に助長している行為も含まれることになります。

人権デューデリジェンスの必要性が高まった背景

人権デューデリジェンスが注目されるようになったきっかけは、2011年に国連が公表した「ビジネスと人権に関する指導原則」です。その原則によって、企業の規模や運営状況、業種などを問わずすべての企業に対して「人権を保護する国家の義務」と「人権を尊重する企業の責任」を果たすことが求められました。

そして人権デューデリジェンスの重要性が明るみになったのは、バングラデシュの商業ビル崩壊です。

当時、バングラデシュの商業ビルでは、大量生産大量消費の影響で所狭しと縫製工場が詰め込まれており、ビルに大きな危険な亀裂が見つかりながらも、工場は操業を続けていました。その後、2013年4月24日にビルは崩落。死者1127人、負傷者4000人と多くの犠牲を出しました。この事件は世界的な社会問題になり、アパレルブランドを中心に「人権面で配慮しなければならない」と人権リスクについて強く意識されるようになったのです。これを受けて、直接の当事者として関わる人権リスクのみならず、サプライヤーなど第三者を通じたサプライチェーン上の人権リスクにまで企業が責任を負うことが求められるようになりました。

その後、日本国内でも政府が2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定。2022年には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が発表され、現在では日本でも人権尊重の取り組みに努めることが求められています。

日本企業が抱える人権リスクと課題

日本企業が抱える人権リスクについて、米国務省は「2021年人身取引報告書」の中で外国人技能実習制度を問題視しています。

日本は、労働人口の減少による人手不足の影響で外国人技能実習制度を利用して人材を確保する企業が年々増えています。

しかし、外国人技能実習生が在籍している企業において、実習実施者の労働基準関係法令違反の違反率は7割を超え、特に安全基準や労働時間、賃金に関する違反が多くみられているのが現状です。(外国人技能実習生の実習実施者に対する2022年の監督指導、送検等の状況より

そのため、外国人労働者を雇用する日本企業は、自社で人権侵害が行われていないか積極的に調査を行い、外国人労働者に対する人権侵害防止に努めなければなりません。

また近年では、日本の人口減少によって販路拡大や人件費削減を目的に海外展開する日本企業も増えています。グローバル化が進むなか、今後はすべての日本企業が人権尊重の取り組みを推進していく必要があるでしょう。

人権デューデリジェンスの実施手順と具体的な流れ

人権リスクは、先進的な企業でも完全にゼロにすることは難しいとされています。しかし、人権問題が世界的に注目されている中、人権デューデリジェンスは企業にとって確実に実施すべき取り組みです。実施にあたっては、人権リスク(負の影響)を最小限に抑えるために、ステークホルダーとの対話を重ねながら、継続的に取り組む必要があります。

具体的な実施方法は、以下の四つがあり、流れにすると図のようになります。

・人権侵害などの特定・評価
・人権侵害などの防止・軽減
・取り組みの実効性の評価・検証
・説明・情報開示

人権侵害などの特定・評価

人権デューデリジェンスの実施にあたり、自社やグループ会社、さらには取引先を含むサプライチェーン全体にわたる調査を実施して顕在的または潜在的な人権侵害を特定し、その深刻度を評価します。

しかし、すべての人権侵害に対処することは困難な場合が多いため、深刻度に基づいて優先順位を設定し、段階的に対応していくことが効果的です。優先順位の決定にあたっては、さまざまな手法を用いることが考えられますが、特にアンケート調査やヒアリングなどの直接的なコミュニケーション手段が有効です。関係者から詳細な情報を収集し、問題の本質や影響の範囲をより正確に把握しましょう。

人権侵害などの防止・軽減

人権侵害などの防止・軽減措置を実施するにあたっては、自社が人権侵害を引き起こしている(助長している)場合と自社の事業活動が人権侵害に直結している(助長している)場合に分けて考えます。

自社が人権侵害を引き起こしている(助長している)場合には、その活動を停止、もしくは停止に向けて取り組む必要があるでしょう。例えば、外国人技能実習生のパスポートを不当に保管し、実質的な強制労働を強いるような行為が存在している場合などです。

一方、自社の事業活動が人権侵害に直結している(助長している)場合には、人権侵害を引き起こしている企業に対して改善を要請します。例えば、海外の取引先の工場で現地国の労働法違反が確認された場合は、是正措置を講じるよう働きかける必要があるでしょう。

取り組みの実効性の評価・検証

取り組みの実効性の評価では、実施した取り組みが人権侵害の防止・軽減に効果があったか、または、より効果のある対策があったかなどを評価・検証をします。

評価・検証の方法としては、自社の従業員やサプライヤーを対象としたアンケート調査やヒアリング、現地訪問による直接的な観察などが有効です。これらの調査を通じて収集したデータを比較・分析することで、実施した取り組みが実際にどの程度効果を上げているかを客観的に把握することができます。

説明・情報開示

人権デューデリジェンスは、ステークホルダーとの対話を通じて行うものであるため、実施した取り組みの評価を説明・開示する必要があります。人権問題に対する取り組みや進捗(しんちょく)状況を公表することで、企業の人権尊重に対する姿勢を示すことができます。仮に人権侵害の存在が特定された場合でも、必ずしも企業価値を損なうわけではなく、問題解決に向けて積極的に行動する企業は、社会的責任を果たそうとする誠実な企業として評価される可能性があるでしょう。前向きな姿勢は、長期的には投資家や消費者からの信頼を獲得し、持続可能な事業運営につながると考えられます。

企業に求められる対応

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」によると、企業は人権を尊重する責任を果たすため、次のような企業方針と手続きを行うべきとされています。

・人権方針の策定・公表
・人権デューデリジェンスの実施
・救済メカニズムの構築

人権デューデリジェンスの実施にあたり、企業が人権を尊重する立場であることを明確化し、社内外に周知するために「人権方針」を策定・公表することが大切です。企業は、策定した方針のもとに人権デューデリジェンスを実施し、人権リスクの防止・軽減を行っていきます。

人権デューデリジェンスを実施した結果、人権侵害を引き起こし、または、助長していることが明らかになった場合は、金銭的な補塡(ほてん)や原状回復、再発防止プロセス構築などの救済措置を実施しましょう。また、国内外のサプライヤーが人権侵害に関する相談できるホットラインを設置することも有効な手段です。

では、具体的にどのような対策を実行すればいいのでしょうか。中小企業と大企業に分けて対策例を紹介します。

中小企業にできる対策

中小企業は、人材不足によって外国人労働者を雇用する企業が増えています。しかし、前述のとおり、日本における外国人労働者に対する法令違反が多く報告されているのが現状です。例えば、外国人であることを理由に不当に賃金控除をしたり、最低賃金を下回る賃金で働かせたりなど、不当に外国人労働者を働かせている企業が多くみられます。まずは、自社が法令に従った事業運営ができているかの確認が必要です。

主な確認事項としては、以下が挙げられます。

・労働時間が適切に管理されているのか
・最低賃金を下回る賃金を支払っていないか
・年次有給休暇を適切に付与しているか
・安全衛生教育が適切に行われているか

特に外国人労働者については、英語もしくは母国語で記載した就業規則を配布し、日本人以外でも分かるよう作業手順や労災防止の指示に図解を入れるなどの配慮も必要です。このような細かい配慮でも、人権侵害の防止・軽減につながる対策となります。中小企業が人権デューデリジェンスを実施するにあたっては、まず、自社が法令に則した管理がされているか確認するところからはじめましょう。

また、長時間労働やハラスメントなどの法規制は、中小企業にも適用されています。短納期の仕事を請けおい、従業員が過度な労働をせざるを得ない状況を作ったり、5次請け・6次請けの仕事を低賃金で行わせたりなどの事業運営では、人権侵害が起こる可能性が高くなるでしょう。

中小企業の経営者や責任者については、法令順守はもちろんのこと、取引先に対して納期や単価交渉を行い、環境改善に取り組むことが大切です。

しかし、人権デューデリジェンスをどのような手順で取り組んでいいのかわからないと悩む企業も多いでしょう。そのような場合は、経済産業省が公表している「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を参考にするのも一つの方法です。

責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」には、事業分野別に考えられる人権侵害の事例や、人権リスクを確認する際に活用できる作業シートなどが掲載されています。初めて人権デューデリジェンスを実施する際には、このような実務参照資料などを活用しながら進めることも検討しましょう。

大企業にできる対策

大企業においても、自社の人権リスクを特定・改善をすることは変わりありません。しかし、大企業の場合はサプライチェーン上の企業が多く存在しているため、取引先の労働者や関連する企業についても人権リスクを把握することが求められます。

例えば、自社とサプライチェーンの関係のなかで、自社が発注した日から納品日までが短すぎると、下請け企業は限られた期間に大量の労働が強いられることになります。

このように、仕事を発注する機会が多い大企業では、下請け企業に対しても人権が守られているかを把握し、人権侵害の防止・軽減するための対策を講じる必要があります。

また、人権デューデリジェンスの実施にあたっては中小企業と同様、経済産業省が公表している「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を参考にすると良いでしょう。加えて、多くの大企業が人権方針を策定・公開しているため、他社の方針や具体的な取り組みを分析し、自社の状況に適した施策を検討することも一つの方法です。

例えば、オリックスでも「人権への取り組み」にて情報を公開しています。

企業の取り組み事例

最後に、実際に人権デューデリジェンスに取り組む企業の事例を紹介します。自動車部品や産業機械部品の製造業を営む中小企業のA社の事例です。

A社が実施した手順は以下のとおりです。
一.人権方針の策定と人権侵害の特定・評価
二.人権侵害などの防止・軽減
三.取り組みの実効性評価・情報開示

人権方針の策定と人権侵害の特定・評価

人権デューデリジェンスの実施にあたって、まずA社は自社の人権方針を策定し、社内外に人権を尊重する方針を公表しました。

その後、NGOの報告書やガイドラインなどからどういった人権問題が指摘されているかを調べるとともに、外部の専門家にヒアリングを行い、課題を特定しました。

特に優先順位が高いとした課題は以下のとおりです。

・自社のハラスメント問題
・自社の外国人技能実習生の労務管理
・部品製造に使用している鉱物資源の発掘現場における児童労働・強制労働

自社のハラスメントに対する対策強化や外国人技能実習生の労務管理強化のほか、自社が使用している鉱物資源の発掘現場における児童労働・強制労働についても是正・軽減措置を実行する方針となりました。

人権侵害などの防止・軽減

人権侵害を特定した後は、防止・軽減措置の実施です。

「ハラスメント問題」については、管理職向けのハラスメント研修を実施して意識啓発を行い、加えて社内のハラスメント窓口の存在を改めて周知徹底しました。

「外国人技能実習生の労務管理」については、人事関連規定を母国語に対応するとともに、定期面談を実施して個別のフォロー体制を構築しました。

一方、「発掘現場の児童労働・強制労働問題」については、A社だけでは対応が困難と判断しました。そのため、業界団体からアドバイスをもらい、現地企業に自社の人権方針を説明して協力を依頼することからはじめています。

取り組みの実効性評価・情報開示

A社は、是正・軽減措置の実効性を評価するために、それぞれに指標と目標を設定し、目標の達成状況を自社のホームページに開示することにしました。

そして、モニタリング評価の結果、「ハラスメント問題」、「外国人技能実習生の労務管理」については効果が表れ、引き続き実施していくことになりました。ただし、「発掘現場の児童労働・強制労働問題」については、評価が困難だったため、継続的に情報収集を行い、数年後に評価するとしています。

まとめ

人権デューデリジェンスは、自社やサプライチェーンにおける人権リスクを調査・特定し、予防や軽減の策を講じて、さらに結果を検証・公表するまでの一連の取り組みのことです。

人権リスクの特定や優先順位の決定を行ううえでは、「すべてのリスクを網羅できているか不安」、「優先順位の設定は正しいのか確信がもてない」と感じる企業も多いでしょう。しかし、重要なのは「まずやってみる」ことです。人権リスクをゼロにすることはできませんが、自社なりに評価を実施し、結果を開示することが人権を保護するための第一歩となります。その内容をたたき台として、ステークホルダーとの対話を通じて、継続的に改善を図っていくことが大切です。

【この話をしてくれた人】

北 光太郎:不動産業界や飲料メーカーなどで計10年労務を担当。開業後は、企業の労務支援を行う傍ら、Webメディアの記事執筆・監修を中心に人事労務に関する情報提供に注力。人事労務の情報を読者にわかりやすく伝えるとともに、Webメディアの専門性と信頼性向上を支援している。

法人のお客さま向け事業・サービス

法人金融事業・サービス

持続的な成長を支える人材戦略

企業年金サービス

ページの先頭へ

ページの先頭へ