[監修] 東京都立大学経済経営学部 経済経営学科 教授 松田千恵子
本記事は2023年9月時点の情報を元に作成しています。
公開日:2021-11-05
更新日:2024-04-30
世界経済は大きな変化の時期を迎えています。加えて、人口増加や人権問題、環境問題への人々の意識の高まりもあり、企業が社会に対して負うべき責任がより強く求められるとともに、その領域も広がりを見せています。そうした状況下で企業として改めて意識するべきものが「コーポレート・ガバナンス」です。この記事ではコーポレート・ガバナンスの成り立ち、その基本的な考え方、そしてそれを実現するためのガイドラインである「コーポレートガバナンス・コード」について解説します。
そもそも「コーポレート・ガバナンス」とは?
金融庁および東京証券取引所は、コーポレート・ガバナンスについて「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」であると定義しています。
海外では、産業革命以降の社会の変化の中で、株式会社が誕生し、「所有と経営の分離」が進みました。これは「会社を経営する人」と「会社を所有する人」が分離する動きであり、これによって株主が経営者の経営を監視する側面からコーポレート・ガバナンスの議論が活発になってきました。「ガバナンス」という言葉が使われ始めたのは、1960年代のアメリカにおいてであると考えられています。当時、アメリカではベトナム反戦運動や公民権運動、消費者主権運動が起こり、武器を製造する企業や、公害問題や黒人差別問題、製品の安全性問題などを抱えた企業に対する批判が高まったことから、政府による企業への介入が求められるようになり、「ガバナンス」という言葉が用いられるようになりました。
その後、米国において企業買収が盛んになったことから、株式の移動や経営者のあり方などについて議論が進み、法的な整備も行われるようになりました。しかし、何といっても「ガバナンス」への注目が飛躍的に高まったのは、2001年10月に発覚したエンロン事件によります。総合エネルギー取引とITビジネスを行っていたエンロン社が、簿外取引により決算上の利益を水増し計上していたことが発覚し、2001年12月に 経営破綻 に追い込まれ、米国史上、最大級の不祥事となりました。同様の事件も相次ぎ、経営者の専横と株主による監督不足が厳しく糾弾され、いわゆるSOX法の成立にもつながりました。さらに、2008年に起こったリーマン・ショックにおいても金融機関における経営とその監督のあり方が問題視され、こうした流れはイギリスにおいて2010年に「コーポレートガバナンス・コード」が制定されるきっかけともなりました。
これらの流れを受けて、日本を含む世界各国でコーポレート・ガバナンスの問題に注目が集まり、現在では「ESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)」の名が表すように、企業経営を考える上で「G」の要素は不可欠なものとなっています。
●コーポレート・ガバナンスとグループ・ガバナンスの違い
コーポレート・ガバナンスは、株主をはじめとするステークホルダーと企業、特にその経営者との関係に関する概念ですが、コーポレート・ガバナンスに近い言葉として「グループ・ガバナンス」があります。
これはコーポレート・ガバナンスを応用した概念であり、親会社と子会社などの間で、親会社がどのように子会社などをコントロールしていくのかという意味を持ちます。
●コーポレート・ガバナンスと内部統制の違い
また、同様に近い言葉として「内部統制」が挙げられます。内部統制とは、企業経営者が従業員に委託した業務がきちんとなされているかといったことを規律づけるための仕組です。企業内部でプロセスやルールなどが的確に運営されているかという点が中心となります。一方、コーポレートガバナンスとは、株主をはじめとするステークホルダーが企業経営者を規律づける仕組みです。
どちらも、企業の健全な経営を目的とするものという点で混同されることも多いですが、経営者が従業員などを管理する内部統制、株主や取締役会が経営者を管理するコーポレートガバナンス、という両者の違いを認識しておきましょう。
●現代は「社会に良い影響を与えているか」が重視される
このように、コーポレート・ガバナンスは、企業とそれを取り巻くステークホルダー(利害関係者)との関係性の問題ということがわかります。現在では、先述の「ESG」の考え方に代表されるように、企業には、単に経済的な利益を追求するだけではなく、社会的な存在意義すなわち、いかに地域や社会に良い影響をもたらす存在であるかという点も求められるようになっています。どちらか片方だけではなく、経済的な価値と社会的な価値を統合した持続可能な将来の姿を、企業としてはしっかり打ち出していくことが求められていると言えるでしょう。
●日本独自の、コーポレート・ガバナンスの歩み
日本でも戦前は株式市場中心の金融経済が回っていましたが、戦争へ向かう中で資金を軍需産業に回すため、「株主」という不特定多数の存在ではなく「銀行」という特定少数の存在が市場を握り、それを政府がコントロールするという形になっていきました。このスキームが終戦後も残り、銀行によるガバナンス、いわゆるメインバンクガバナンスが主流となりました。
こうした状況は、戦後復興と高度成長期にかけて続きましたが、経済が国際化し、企業の海外進出も進むにつれて制度疲労を起こし始めます。バブルの崩壊を受けて銀行の融資余力が弱まる一方、グローバル化への対応として株式市場の規制緩和が進み、「株主が経営者にものを言いやすい環境」が求められるようになってきました。海外投資家による日本企業への投資を促進する意味でも、コーポレート・ガバナンスの充実は不可欠だったと言えます。また、日本では大企業を中心として資金を企業内に退蔵させ投資につながっていないという批判もあり、株主が経営者の背中を押すことで投資の喚起、ひいては経済成長につなげようという思惑もありました。こうした背景から、日本においては政策としての「コーポレート・ガバナンス」推進が積極的に行われてきたという経緯があります。
「コーポレートガバナンス・コード」とは?
金融庁と東京証券取引所(東証)は、企業がコーポレート・ガバナンスを実現するための指針として「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」を2015年6月1日から施行しました。
その目的と意義について東証は2021年改訂版において、「上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」としています。また、それを実現するためには、会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止といった「守りのガバナンス」にとどまらず、健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る「攻めのガバナンス」と「中長期保有の株主との建設的な会話」が効果的であると示しています。これは先述の投資の促進や経済成長への期待を込めた、日本の特徴的なガバナンスの位置付け方とも言えます。
●コーポレートガバナンス・コード二つの特徴
コーポレートガバナンス・コードは「プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)」と「コンプライ・オア・エクスプレイン」という2点の手法を採用しているのが特徴です。
【プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)】
各上場会社がとるべき行動について詳細に規定する「ルールベース・アプローチ(細則主義)」に対し、おのおのの置かれた状況に応じた実効的なコーポレート・ガバナンスを実現するため、抽象的な表現・内容で幅広い解釈の余地を与えるという考え方です。
そのため、 コーポレートガバナンス・コードについては各社が自社の状況を踏まえて解釈・適用することとなります。また、その解釈・適用の妥当性は、投資者等のステークホルダーにより評価され、対話を通じて自律的に修正することが求められます。
【コンプライ・オア・エクスプレイン】
コーポレートガバナンス・コードの各原則を「実施するか(コンプライ=従う)」、それとも「実施しない(実施していない)理由を説明(=エクスプレイン)するか」を各上場会社が選択するという考え方です。
コードの原則に掲げられた具体的な施策は、原則の趣旨・精神を実現するための一般的な手法であり、個別具体的な事情により、より優れた代替的な取り組みが存在しえるため、その場合には、実施しない理由として「原則の趣旨・精神を実現するために実施している代替的な取組」についての説明が求められます。なお、東京証券取引所は上場企業に「コーポレートガバナンス報告書」の提出を求めています。
その背景には「必ずしも全ての原則を一律に実施する必要はなく、その一部を実施していないことのみをもって、実効的なコーポレート・ガバナンスが実現されていないと機械的に評価することは不適切である」という考え方があります。
●コードが適用される企業と、法的拘束力の有無
コーポレートガバナンス・コードの適用対象は東証の上場会社です。先述の通り、あくまでもガイドラインであるため法的拘束力はありません。
しかし、もし違反があり、その理由説明義務が果たされない場合、東証は違反した企業名を公表する可能性があります。制裁金などのペナルティーが発生するわけではありませんが、東証に企業名を公表された場合、コーポレート・ガバナンスを順守しない企業として評判を落としてしまう危険性が高まります。このことから、「実質的には拘束力を持ったコードである」との認識もあります。
●コーポレートガバナンスの実効性を高める動き
コーポレートガバナンス・コードは公表以来、2018年6月1日に1回目、2021年6月11日に2回目の改訂が行われています。3年ごとの見直しは必ず行われるわけではなく、むしろ最近ではコード記載内容の見直しよりも、記載内容について企業が実効性を持って取り進めているかといった実質化の動きが盛んになってきました。
2023年4月には、「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」が公表されており、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けた課題や企業と投資家との対話に係る課題への取組が要請されています。
また、それに先立って東京証券取引所からも、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応や、株主との対話の推進と開示に向けた対応を求める内容が公表されました。2022年4月に行われた証券市場改革により、東証はプライム、スタンダード、グロースの3市場に分類されましたが、この証券市場改革のフォローアップとして、上場企業に対してより踏み込んだ要請がなされたものです。世間的には、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業への警告とも受け取られ、大きな話題となりました。
こうしたコーポレートガバナンスの実効性を高めるための様々な要請が、企業におけるコーポレートガバナンスへの取り組みの実質化を促しているのが昨今の現状と言えます。
コーポレートガバナンス・コードの基本原則
コーポレートガバナンス・コードを構成する「基本原則」「原則」「補充原則」のうち、「基本原則」はその根幹です。ここで五つの基本原則の内容について原文をもとに解説します。
●基本原則1:株主の権利・平等性の確保
ここでは、株主の平等性と権利について、「上場会社は少数株主や外国人株主を含むすべての株主の平等性を確保し、その権利が確保される対応と、権利を行使するための環境整備を行うべきである」と示されています。株主平等ということだけであれば、会社法にすでに規定されているわけですが、実際には少数株主の権利がないがしろにされるような事例が過去多くありました。そこでコーポレートガバナンス・コードでは、「実質的な」株主の権利や平等性の確保に着目し、特に少数株主の保護を明確に謳っています。
●基本原則2:株主以外のステークホルダーとの適切な協働
基本原則2は「上場会社は、会社の成長と価値は、様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを認識すべき」「それらステークホルダーと適切な協働をすべき」「取締役会・経営陣は、ステークホルダーの権利や事業活動倫理を尊重する企業文化を醸成すべき」と示しています。基本原則1で株主との関係について説明しているので、基本原則2ではそれ以外のステークホルダーとの関係について説いているわけです。ステークホルダーとしては、企業がどのような理念を持ち、どのような考え方をしながら関係を築こうとしているのかが気になるはずです。そうした関心にしっかり応えていくことが必要ということです。
●基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保
企業が持つ情報の在り方について、「財務情報や、経営戦略・課題、非財務情報について、法令に基づく開示を行うのはもちろんのこと、自主的に情報の透明性を実現すべき」「その開示情報はわかりやすく、有用性の高いものとすべき」と示しています。企業とそれを取り巻くステークホルダーが豊かな関係性を築くためには、企業についての情報が透明性とわかりやすさをもって開示されることが何より重要です。
●基本原則4:取締役会等の責務
ここでは、コーポレート・ガバナンスを考える上で非常に重要な取締役会の責務について述べています。日本では以前より、取締役会というのは執行のさまざまな意思決定を行う機関として位置づけられていましたが、コーポレートガバナンス・コードでは、経営を執行する側と監督する側を分け、取締役会では監督機能を主に発揮するように勧めています。監督するにあたっては、企業が経営戦略など「会社の目指すところ」をしっかり打ち立て議論しているか、執行を率いる経営者がその機能を十全に果たしていることをきちんとチェックしているか、などがポイントとなっています。
なお、2021年6月のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)改訂により、市場再編での最上位となる「プライム市場」への上場を目指す企業については「独立社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべき」と明記されており、株式会社東京証券取引所は2021年7月までのデータをもとに、「市場第一部において、3分の1以上の独立社外取締役を選任する会社の割合は7割を超えた」と発表しています。
また、基本原則4においては、経営陣の選解任やその報酬などについても、独立社外取締役を主要な構成員とする委員会を設置して議論することを求めており、指名(諮問)委員会、報酬(諮問)委員会の設置の動きも広がっています。
●基本原則5:株主との対話
企業の情報発信について、単に株主に対して一方的な情報開示を行うだけではなく、双方向での「対話」の重要性を説いています。建設的な対話のためには、お互いの立場をよく理解しあうことも必要ですし、社外役員などの立場にある人々と投資家との対話なども求められています。
また、対話をスムーズにするためには、企業間の各部門の連携が必要であること、売上一辺倒の情報ではなく、資本効率など投資家が関心を持つような情報についても提供できるような体制にすること、とくに事業ポートフォリオマネジメントに関しては、取締役会で決定した基本方針や見直しなどを分かりやすく示すべきことなどが盛り込まれています。
東証上場企業でなくとも参考にしたいコーポレートガバナンス・コード
ここまで説明してきたように、コーポレートガバナンス・コードが適用されるのは、プライム、スタンダード、グロース市場への上場会社のみです。プライムとスタンダード上場会社については基本原則から補充原則に至るまでのすべての原則が、マザーズ上場会社については基本原則が適用されます。
しかし、コーポレートガバナンス・コードは上場非上場に関係なく、各企業が自社のコーポレート・ガバナンスについて考え、行動するためのガイドラインとして機能することが期待されます。
また、経済産業省は日本企業のコーポレートガバナンスの取組やシステムの運用を促すため「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)を2017年3月に策定して以来、改訂を進めています。その内容を確認し、自社における解釈と最適な行動を模索していきましょう。