燕三条の技をつなぎ、使い手の声に応え続けた50年。下村企販のものづくり

[取材先]下村企販株式会社(新潟県)
本記事は2025年10月時点の情報を基に作成しています。

「金属加工のまち」として知られる新潟県・燕三条地域。その地で生まれた下村企販株式会社は、キッチンツールの企画から生産・販売まで一貫して手がけ、使い手の声に寄り添ったものづくりを続けています。地域の工場や職人と連携し、培われた技術を生かして暮らしに寄り添う道具を届ける──その精神は、自社ブランド「家事問屋」「珈琲考具」にも息づいています。

そうしたものづくりの哲学と、「Made in 燕三条」の価値を広げてきた歩みについて、代表取締役社長 下村 達大氏と営業部長 安達 雅浩氏に、オリックス 新潟支店の厂金 尚也が伺いました。

「ものづくりのできる商社」として業容を拡大

代表取締役社長 下村 達大氏

──御社は古くから金属加工を手がけてこられたそうですね。

下村氏:私の高祖父の代である1874年に、三条で鍛冶屋を営み始めました。農業が盛んな土地ですから、もともとは稲刈り用の鎌などをつくっていました。

会社としては、私の祖父が1957年に設立した下村工業株式会社がルーツです。当時先進的であったステンレス加工技術に目を付け、業界に先駆けステンレス包丁の生産を開始しました。ものづくりだけでなく、商いにも関心が強かった祖父の方針で、その後下村工業は自社製品に加え、燕三条の他の工場の製品も扱うようになり、商社的な活動を展開します。その販売部門を1973年に独立させたのが、現在の下村企販株式会社です。

──どのように販路を広げてこられたのでしょうか。

下村氏:転機となったのは、生協との取引です。1970年代、オイルショックで受注が激減し経営が厳しくなったとき、職域生協からの仕入れ依頼を受けたのが始まりでした。

生協は「家庭の暮らしに本当に必要なもの」を求める組織です。安心・安全、そして生産者が見えることを大切にしており、当社のように産地で直接つくるメーカーとの取引は理想的だったのだろうと思います。これを機に全国の生協と取引が広がり、当社も成長しました。当社は生協の成長とともに歩んできたと言っても過言ではありません。

燕三条の職人ネットワークで実現する、きめ細やかな商品開発

──生協との取引を通して、どのような商品開発が行われましたか。

営業部長 安達 雅浩氏

下村氏:生協は組合員の声を何より重視しており、毎週発行される生協のチラシに載る製品の入れ替わりも激しいです。その中から当社商品を見つけていただくために、「ここが使いにくい」との反応があれば即座に改善し、「こんな商品が欲しい」と言われれば、すぐさま商品化しました。

安達氏:このような商品開発スタイルは、営業が商品企画も兼ねているからこそ実現できます。使い手から具体的な要望を受けた営業担当者自身が、一気通貫で企画から商品化に落とし込んでいきます。お客さまの声が新商品開発の原動力になっています。

──お客さまの声を迅速に形にする生産体制はどのように実現されているのでしょうか。

安達氏:自社でも生産していますが、燕三条の多様な工場や職人と長年にわたって協力生産体制を築いていることが特徴です。

「この仕様ならこの工場」「このつくりならあの職人」といったように、工場や職人ごとに得意分野があります。営業はそれぞれの持ち味を熟知していますので、お客さまの要望に応じた最適な技術を持つ現場に出向き、職人と議論しながら試作や調整を重ねていくことで、狙い通りの仕上がりに近づけていきます。

私たちはこの地域で長年ものづくりと商いを続け、職人との強い信頼関係を築き、技術を見極める目を養ってきました。このネットワークと目利き力は、一朝一夕で獲得できるものではなく、当社の何よりの強みとなっています。

下村企販のものづくりに不可欠な協力工場の作業風景

「使い手目線」で進化し続ける自社ブランド

──自社ブランド「家事問屋」を立ち上げた経緯を教えてください。

下村氏:生協との取引だけでも事業としては成り立っていましたが、商品はノーブランドで流通していたため、「下村企販」という名前が世の中に出る場はほとんどありませんでした。それで「燕三条で培われたものづくりを、産地の名前とともにきちんと届けたい」という思いが強くなり、直接お客さまとつながる方法を模索し始めたのです。

とはいえ、すぐにブランドができたわけではありません。最初はブランド名もコンセプトも定まらないまま、いくつか製品をシリーズ化してみたのですが、定着しませんでした。良い製品さえつくればブランドになるわけではない、そう痛感しました。

そこで外部デザイナーの力も借りながら、自社のものづくりを掘り下げていきました。すると、製品そのもののデザインはすでに十分に洗練されていること、そして、これまで続けてきた『使い手の声を起点にしたものづくり』こそが強みであり、そのままブランドの核になるということに気づいたのです。

そして誕生したのが「家事問屋」です。「ありきたり、なのに使いやすい。」というコンセプトは、これまでやってきたことを、あらためて言葉にした宣言ともいえます。

また家事問屋の製品は、単に商品として並べるのではなく、背景のストーリーまで理解し、お客さまに伝えてくださる売り場に置かせていただくようにしています。ブランドとしてお客さまと直接つながることを選んだ分、世界観や考え方に共感してくださる売り場を一つひとつ開拓していくことが、今の課題でもあります。

商品の特徴としては、生活スタイルの変化に柔軟に対応しています。例えばボウルは、現代の少人数世帯に合わせてサイズを見直し、注ぎ口や目盛りを加えて、より扱いやすく改良しました。

「家事問屋」立ち上げ当初に開発された下ごしらえボウル

2015年のブランド立ち上げから10年で、ラインアップは190アイテムにまで拡大しました。その全てに、生協との50年にわたる取引で培った知恵とノウハウが息づいています。

──コーヒー道具のブランド「珈琲考具」も注目されていますね。

安達氏:「珈琲考具」は「初めての方でもおいしくハンドドリップを楽しめる道具をつくろう」──そんな思いから生まれたブランドです。

なぜコーヒー道具に目を向けたかといえば、キッチン用品やポットをつくり続けてきた延長線上にありながら、まだ自分たちの視点を生かせる余地があると感じたからです。

代表的な商品であるドリップポットは、生協のお客さまの声を生かし、もともと商品化していたポットをベースに、プロのバリスタの方々との意見交換を重ね、注ぎ口の形状や角度、細さや傾きのバランスを徹底的に検証し、改良したものです。

いざ展示会でお披露目したところ、「これなら自分でもきれいに注げそう」といった声を多くいただき、私たちが大事にしてきた「使い手目線」がコーヒーの世界でも通用することを実感しました。

バリスタから一般家庭まで広く使われる珈琲考具の「ツードリップポットPro」

暮らしに寄り添う心を原点に、「Made in 燕三条」を届け続ける

──最後に、これからの展望についてお聞かせください。

下村氏:当社の「使い手目線」のものづくりが成り立つのは、さまざまな用途で細分化された高品質な金属加工技術のネットワークが集積する、燕三条に根ざしているからです。

ただ、個々の工場や職人の多くは、自分たちの技術がどんな形で生かせるのかまでは、なかなか見えていません。そこで私たちは、地域の力をつなぎ、商品という形にして発信する役割を担ってきました。これからも、地域の技術と使い手の暮らしをつなぐ架け橋であり続けたいと思っています。

そのために、地場の技術を守っていくことが私たちの重要な使命となります。既存のネットワークだけでなく、若手や後継者がいる工場・職人と積極的に連携し、今後も燕三条で持続的なものづくりができるように技術を次世代につないでまいります。

安達氏:燕三条の注目度をより高める活動も必要となります。燕三条イコール高品質な金属加工、というイメージは、地場の努力もあり国内ではかなり浸透しました。一方で、海外からの注目はまだまだであると感じています。今後は国際展示会への出展を増やし、海外市場開拓を強化することで、燕三条のものづくりをさらに盛り上げたいと思っています。

下村氏:私たちがつくるのは、暮らしに必要なもの、あれば便利になるものです。時代が変われば、暮らしのかたちも変わり、求められる道具も変わっていきます。そうした変化を敏感に感じ取りながら、これからも使い手に寄り添うものづくりを続けていきます。

<取材を終えて>
オリックス 新潟支店 厂金 尚也

「使い手目線」をとことん貫く企業姿勢に感銘を受けました。また、下村企販の企画力と燕三条の職人とのネットワークによる共創が、素晴らしい製品を生み出していることを感じた取材でした。ぜひ、製品を一度手に取って、その品質とこだわりを体感してみていただきたいです。

本記事で紹介した商品は以下のサイトで購入可能です
家事問屋:https://kajidonya.com/
KOGU:https://www.simomura-kihan.co.jp/kogu/

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企業概要※ 公開日時点

社名 下村企販株式会社
本社所在地 新潟県燕市小池4803-4
設立 1973年7月7日
代表者名 代表取締役社長 下村 達大
従業員数 63名
事業概要 キッチン用品および生活雑貨の企画・製造・販売
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