
[取材先]高橋酒造株式会社(熊本県)
本記事は2026年2月時点の情報を基に作成しています。
熊本県で120年以上の歴史を誇る米焼酎の老舗、高橋酒造株式会社。人気ブランド「白岳」を擁し、焼酎業界をリードしてきた同社が今、「第二創業」としてウイスキー事業に乗り出しました。国内市場の変化を見据え、世界市場への扉を開く一手です。
その舞台に選んだのは、本社から離れた山あいの「廃校」。地域の記憶を受け継ぎながら、最高の品質を追求する蒸留所をゼロから創り上げました。
焼酎造りで培った品質への追求心と繊細な感覚を胸に、ウイスキーという新たな領域で次の100年をどう描くのか。その成長戦略と地域への想いについて、常務取締役 高橋 良輔氏に、オリックス 熊本支店の夏山 和己がお話を伺いました。
目次
米焼酎の伝統製法からの転換が、人気ブランド「白岳」を生んだ

──御社は120年以上にわたり、米焼酎を造り続けています。長い歴史の中で、転機となった出来事からお聞かせいただけますか。
高橋氏:一番の転機は、1970年代前半に蒸留方法を切り替えたことです。外気と同じ圧力のまま90〜100℃で蒸留する「常圧蒸留」から、真空ポンプで蒸留機内の圧力を下げ、40〜50℃程度の低温で蒸留する「減圧蒸留」へ移行しました。
その結果、米焼酎に出やすい強い香りやクセがやわらぎ、すっきりとした風味とまろやかな口当たりを実現できました。全国のお客さまに受け入れていただけた背景には、この転換があったと考えています。
──製法を変えたことで、主力ブランドも育っていったのですね。
高橋氏:はい。代表銘柄の「白岳」と「白岳しろ」は、今も特に支持が厚く、当社売り上げの約7割を占めています。

その後も、米焼酎で培った考え方を生かしながら、ジンやリキュールといった新しい酒造りにも取り組んできました。若い世代にも手に取っていただける商品を増やし、時代の変化に合わせて挑戦を続けています。
国内市場の縮小を好機に。世界への扉を開くウイスキー事業

──「若者のアルコール離れ」など、酒類業界には逆風が吹いているといわれます。
高橋氏:はい、強く実感しています。飲酒人口は減り続け、健康志向の高まりもあり、今後アルコール市場が劇的に好転することは考えにくい状況です。
しかし、市場が縮小する中でも、お客さまのニーズを的確に捉えれば活路は見いだせると考えています。例えば、香りを楽しむトレンドに応えた「白岳KAORU」は、フルーティな香りで女性や若年層を中心とした新たなファンを獲得しました。このように、時代の変化に合わせて商品を届けていくことが重要だと考えています。

一方で、国内市場だけに依存したままでは成長に限界があるのも事実です。そこで輸出を本格的に強化したいと考えました。2024年の夏頃にウイスキー事業を立ち上げた大きな理由の一つが、そこにあります。
──数あるお酒の中で、なぜウイスキーだったのでしょうか。
高橋氏:海外、特に欧米で「焼酎」の認知度はまだ高くありません。しかし、「ジャパニーズウイスキー」は、その品質の高さから世界的な評価を確立しています。
だからこそ、当社が本気で品質にこだわったウイスキーを造り、世界で認められれば、それは高橋酒造という企業そのものの信頼につながる。そう考えたのです。
最高の品質は、最高の環境から。運命的に出合った「廃校」と「恵みの水」

──事業の拠点として旧田野小学校を選ばれたのにも驚きました。本社で始めるという選択肢はなかったのでしょうか。
高橋氏:もちろん本社で始める案もありました。ただ、それでは「焼酎メーカーが流行に乗って片手間で始めた」と受け取られかねません。既存のウイスキーファンをがっかりさせるような中途半端なことは、絶対にしたくなかった。だからこそ、ゼロから別の場所で立ち上げ、本気度を示す必要がありました。
そんな折、ご縁があって、廃校になっていた旧田野小学校の活用先が決まっていない、という話を伺いました。そこで、当社が廃校を活用したウイスキー蒸留所をご相談したところ、「思い出深い校舎を後世に残せる」と地元の方々に大変喜んでいただけました。
環境面においても、この場所はすり鉢状の地形で、周囲の山々の水脈が集まります。水量が安定している上、水が冷たいのも大きな魅力です。本社の夏の水温が18〜20℃であるのに対し、ここは約12~14℃。蒸留機を冷却する工程で、通年で安定した製造が可能になります。本当に恵まれた土地で、この場所との出合いがなければ、ウイスキー事業は始めていなかったと思います。
──小学校の赤い屋根も印象的です。施設のコンセプトはどのようなものですか。

高橋氏:赤い屋根は校舎のシンボルでした。梁(はり)なども含め、使える建材はできるだけ残し、田野の風景になじむ外観を大切にしました。地域の方々が守ってきた記憶を、次の形で受け継げる施設にしたかったのです。
同時に、地域文化と観光をつなぐ拠点にしたいという思いもあり、見学ルートやバーカウンターも設けています。

──蒸留所でひときわ存在感が際立つのが、体育館に設置された銅製の蒸留機です。

高橋氏:スコットランドのフォーサイス社製で、世界的にも評価の高い蒸留機です。銅製なので手入れは大変ですし、耐用年数も20~30年ほどです。それでも銅にしたのは、発酵で生じる硫黄成分を取り除きやすく、香味をきれいに整えられるからです。
日本製という選択肢もありましたが、蒸留所の周りの景観や雰囲気との相性など、総合的に判断してフォーサイス社製を選びました。ストーリーや体験価値も重視し、「本格的な蒸留所であること」をきちんと伝えたかったのです。
急がず、妥協せず。ウイスキー事業で描く、次の100年
──別拠点でゼロから事業を立ち上げるとなると、相当なご苦労があったのでは。
高橋氏:はい。特に原料の扱いは試行錯誤の連続でした。これまで米しか扱ってこなかった当社にとって、大麦麦芽は扱いが異なり、実際にやってみて初めて分かることばかりでした。
しかし、香りや味わいを繊細に見極める「官能評価」の力は、米焼酎造りで長年培ってきたものです。製造方法は異なりますが、その経験はウイスキーの品質を追求する上で確実に力になっています。

──ジャパニーズウイスキーとして、どのような層に届けていきたいと考えていますか。
高橋氏:まずは国内のバーや専門店など、ウイスキーを深く愛する方々に向けて、じっくりとブランドを育てていきたいと考えています。そして将来的には、「田野蒸溜所のウイスキー」が熊本、ひいてはジャパニーズウイスキーの新たな代名詞となることが目標です。
ただ、ジャパニーズウイスキーは定義上、樽(たる)で最低3年の熟成が必要です。さらにこの地は寒冷で熟成がゆっくり進むため、販売開始までは時間を要する可能性があります。年数にとらわれるのではなく、熟成の状態を丁寧に見極め、心から納得できる品質のものだけを世に出すつもりです。
──2026年夏からは、いよいよ田野蒸溜所の一般見学も始まりますね。
高橋氏:はい。施設内のバーでは「ニューメイク(樽熟成前の原酒)」や「ニューボーン(熟成3年未満のウイスキー)」の試飲も準備しています。生まれたてのウイスキーの香味を、ぜひ体感していただきたいです。
ウイスキー事業は、すぐに結果が出るものではありません。一般に、味わいが落ち着き個性がまとまるまでには、10年を超える熟成が一つの目安ともいわれます。今ここにある原酒がその域に至るまでには10年、場合によっては20年という時間が必要になるでしょう。
それでも焦りはありません。次世代を担う立場として、会社の将来に向けた長期投資として取り組んでいるからです。さらに、ウイスキー造りで得た知見を既存の焼酎造りにも還元し、製造技術全体の底上げにもつなげていきたいと考えています。
これからも次の世代と地域の未来を見据えながら、一本一本を丁寧に育てていきます。この挑戦が、高橋酒造の次の100年をつくると信じています。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 熊本支店 夏山 和己

旧田野小学校の赤い屋根の下で語られたのは、取り急ぎウイスキーブームに乗るための計画ではなく、世界市場への展開と100年先を見据えた「第二創業」への本気の決意でした。焼酎造りで磨き上げてきた感覚と技を携え、ウイスキーで世界に挑む。その覚悟の言葉の端々に、ものづくりへの誠実さがにじんでいました。地域の思い出を大切に残しながら、新しい価値を丁寧に育てていく姿勢にも強く心を動かされます。地域とともに歩むブランドのこれからがとても楽しみです。
企業概要※ 公開日時点
| 社名 | 高橋酒造株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 熊本県人吉市合ノ原町498番地 |
| 創業 | 1900年2月 |
| 代表者名 | 代表取締役社長 高橋 光宏 |
| 従業員数 | 76名(白岳酒造研究所含む) |
| 事業概要 | 蒸留酒・混成酒製造 |
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