世界的に冬の時代の「M&A」。なぜ日本だけ元気? 新規プレイヤーたちの「思惑」と「今後の懸念」

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:久野 雅志』(初出日:2023年7月19日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

大手IT企業のリストラなど、海外での人員削減の報道をよく聞く今日。それに伴いM&A市場も世界的に冷え込んでいるが、例外的に日本では活況を呈している。どんなプレイヤーたちが、どんな思惑でM&Aに参加しているのか。今後注意すべき点は何か。『最強のM&A』(東洋経済新報社)の編著者であるA.T. カーニーの久野雅志氏がポイントを解説する。

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2022年は、世界的な景気後退懸念や中央銀行による利上げに伴って、企業の買収余力が低下しM&A市場は低調に終わった。特に、欧米では前年比金額ベースで30~40%減少した。

そのような低調なM&A市場の動向を踏まえ、欧米系の投資銀行は、収益確保と稼働率調整のため、昨年末から今年にかけて、軒並みリストラを断行している。

具体的には、報道ベースでは、ゴールドマン・サックスが、昨年秋の数百人規模のリストラに加えて、今年の1月には全社員の6%にあたる3200人規模のリストラを発表している。また、モルガン・スタンレーなどの競合他社も、全社員の2%程度の社員の削減を発表している。

近年急激に人員を増やしすぎた反動ともいわれているが、いずれにせよ今後一定期間はM&A市場が回復しないと見ている証左である。

減速する海外市場、堅調な国内市場

2023年に入っても、1~3月期では、世界全体では、金額ベースで昨年対比40%減、アメリカは同80%減、欧州は同60%減と失速傾向は変わっていない。

一方で、日本に目を向けてみると、同様に縮小懸念があったが、1~3月期には、M&A件数は約20%減少した一方で、日本産業パートナーズ(JIP)による東芝の買収(2.0兆円※)や、オリックスによるDHCの買収(3000億円※)などの大型案件に牽引され、金額ベースで見ると15%増加した。4~6月期に入っても、産業革新投資機構(JIC)によるJSRの買収(9000億円)やアステラス製薬によるアメリカ・アイベリック・バイオの買収(8006億円)など大型案件も発表されるなど、比較的堅調に推移し、1~6月期の累計で、件数ベースでは10%減少したものの金額ベースでは20%増加した。

戦略コンサルタントとしてビジネスという側面から、日々M&Aに携わっている筆者の実感としても、中型案件だけでなく、大型案件に対しても各PEファンドとも投資意欲は旺盛で、ビジネスデューデリジェンス(BDD)開始に至るものだけでなく、潜在的な売り手候補に対する積極的な買収提案活動も継続的に行われており、我々の多く肌感覚とも一致している。

このように相対的に好調な日本のM&A市場に裏打ちされて、日本の銀行各社はグローバルのブティック系投資銀行を相次いで買収した。具体的には、みずほ銀行がグリーンヒルを買収し、三井住友フィナンシャルグループは、もともと資本提携していたジェフリーズの持ち分を最大15%まで引き上げた。

M&A主体の多様化とそのリスク

グローバルと比較して好調なM&A市場に対して、海外の投資家・PEファンドは熱い視線を送っている。これまで、国内でのM&Aにおいて外資系と言えば、ベインキャピタルやカーライルなどの米系PEファンドの存在感が大きかった。

しかし、ここ数年で欧州系のPEファンドや中東やシンガポールなどの政府系ファンド(ソブリンファンド)が積極的に日本国内の投資機会を模索している。たとえば、スウェーデンに本拠地を置くEQTは、アジア系の投資ファンドであるベアリング(BPEA)を買収し、日本の拠点を強化したり、スイスに本拠地を置くパートナーズグループも日本の拠点を強化したりしている。

また、ソブリンファンドも日本への投資を強化しており、シンガポール投資庁がベインキャピタルの投資先であるワークスヒューマンインテリジェンスを買収したり、アブダビの政府系ファンドであるムバダラが、そごう・西武の買収を企図しているフォートレスを買収したりしている。実際に、我々のもとにも中東の政府系ファンドから日本市場に対する見立てを求められたり、日本市場に参入する場合の仕方に関してアドバイスを求められたりしている。

そのような外資系ファンドだけではなく、日本の銀行系プレイヤーもM&A市場で主体となろうとする動きがある。例えば大手銀行は、企業再生系ファンドを相次いで組成している。三菱UFJ銀行は、全額出資の子会社として、再生ファンドとして「MUFG ストラテジックインベストメント」を立ち上げ、最大500億円の1号ファンドを組成する。三井住友銀行は、2020年にSMBCキャピタルパートナーズを立ち上げ、すでに会社更生手続を申請したイセ食品に投資をしている。

また、投資ファンド設立の動きは、都市銀行だけではなく、地方銀行においても同様の動きがある。例えば、八十二銀行は、300億円規模の投資ファンドを立ち上げた。それ以外にも、やまがた銀行や百五銀行、ふくおかフィナンシャルグループなども投資ファンドを立ち上げている。

このように、銀行がバイアウトの主役になるだけでなく、銀行が「サーチファンド」を設立して、事業承継を支援する動きも出てきている。サーチファンドとは、経営者を目指す個人が、経営したい企業を探し、投資家からの支援を受けて企業を買収し経営する仕組みである。山口フィナンシャルグループが2019年にサーチファンドを立ち上げたのを皮切りに、横浜銀行や日本政策投資銀行もサーチファンドを立ち上げて、事業承継の支援をしている。

このように投資主体が従来のプレイヤーだけでなく多様化することで、投資資金の流入が図られ、国内M&A市場が活性化する側面がある一方で、銀行系プレイヤーは、2000年代中ごろにM&Aビジネスの主体となるべく体制を強化したものの、ほとんど成果を上げられなかった過去もあり、今回はその反省を生かして運営の仕方を大きく変える必要がある。

投資実務は、銀行の通常業務とは大きく異なるものであり、そのようなことができる専門家人材を確保したり、通常の社内の意思決定とは違う形で運用する必要性があったりするなど、従来の事業の延長線上ではない組織運営が求められる。また、有望な案件に関しては、海千山千の国内外のファンドとの競争になり、下手に高値掴みすることを避けるとともに、そのような投資ファンドが投資できない独自の領域をきちんと見つけられるかがポイントである。

また、特に企業再生案件においては、投資後には、金融的な債務の処理だけでなく、事業を成長させることが求められるが、事業会社を理解し、管理ではなく成長させられる人材・ノウハウをどう獲得するかも大きなチャレンジである。

M&A案件の多様化とそのリスク

国内のM&A市場において、事業承継案件や大手のコングロマリットからのカーブアウト案件は引き続き堅調な一方で、昨今これまでにはそれほどメジャーではなかった案件にPEファンドが投資する例も増えてきた。

具体的には、これまでは大型案件中心であった外資系のラージキャップファンドも地方・中堅企業などへの投資を積極的にするようになってきた。従来カーライルは、おかしカンパニーやオリオンビールなど地方の中堅企業に投資してきたが、さらに近年は岩崎電気や東京特殊電線(現TOTOKU)に投資をしている。また、ベインキャピタルは、日本セーフティ―やトライステージ(現ストリートホールディングス)に投資をしている。このように、グローバルで数十兆円を運用するPEファンドが、3桁億円の買収案件にも積極的に関与するようになってきた。

また、投資のきっかけとして、アクティビストに一定の株式を保有されその対応に忙殺されることに端を発し、非上場化を図る事例も増えてきた。東芝は経営再建の一環として様々なアクティビストファンドから資金調達をしたものの、その対応に追われたことも非上場化を図る要因ともいわれている。まだ、表に出ていないものの、アクティビストに一部株式を握られたタイミングで、PEファンドにMBOの相談が行き、オプションの1つとしてPEファンドによる買収が検討されている例は1つや2つではない。

上記2つ以外にも、PEファンドが事業再生案件に投資することが増えてきたという感覚がある。具体的には、ジェイウィルパートナーズが、品質問題から経営不振に陥りADRの申請をした後発薬品の大手である日医工のスポンサーとなったり、日本産業推進機構(NSSK)が、こちらは民事再生手続きにあった不動産大手のユニゾのスポンサーに手を挙げたりする等の例がある。

従来、PEファンドは成長市場において、明確な競争優位性を持つプレイヤーを中心に投資をしてきたが、企業としての業績は不振でも、金融的な処理を同時にすることで改善可能性がある企業には投資するようになってきた。

競争の激化と注意点

M&A取引金額をGDP対比で見ると、通常時では欧米諸国では5~10%強と言われているのに対し、日本は、集計機関によって数字にぶれがあるが、2022年の実績では2~3%となっており、従来日本のM&A市場は、海外に比べて対GDP対比でまだ小さいと言われ、成長ポテンシャルがあると言われてきた。

日本市場は、上述の通り投資主体の多様化が進むとともに、依然としてコングロマリットからのカーブアウトや事業承継のニーズは大きく、今後もM&Aは堅調に拡大すると思われる。

一方で、足元で多くのBDDに関わっている肌感覚からすると買い手側の競争が非常に激化してきており、優良案件に関してはEV/EBITDAマルチプルがかなり高くなってきていると感じる。実際に、事業計画を精査する場合にも、被買収企業が開示するマネジメントケース以上に強気の事業計画を見込み、それを価格に反映させないとビッドで競争力のある価格を提示できないような状況も散見される。

このような状況においては、特にBDDの段階での事業計画の見極めや、その段階でのバリューアッププランの作り込みの精度を上げることに加えて、実際の投資後には計画段階で見込んだバリューアップを確実に実行できるようなPMIを外部戦力も活用しながら徹底することが重要である。そのようなことが徹底できないと数年後に、巨額の減損を計上することとなる。

※ 金額は公表記事ベース

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