高級メロン農家育てる、銀座千疋屋の凄い仕事術 フルーツ生産者を育成するコーチの技【前編】

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:座安 あきの』(初出日:2023年8月18日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

銀座千疋屋のほかに、シンガポール・マリーナベイサンズホテル内のレストランにもメロンを出荷している山下剛さん (写真:筆者撮影)

日本のフルーツ産業は、安定したおいしさ・美観・供給体制の評価が「高級品」として市場を形成する、世界的にも特異な地位にある。極めたつくり手にとって、「1億円プレーヤー」になることも、決して夢ではない。

そんなフルーツ界にも、スポーツの世界と同じように、生産者(選手)を発掘し、伴走し、一流として評価されうる舞台へと引き上げるプロフェッショナルがいることはあまり知られていないだろう。老舗の高級果物専門店「銀座千疋屋」で仕入長を務める石部一保さん(51)はまさに、国内高級フルーツ界の“コーチ”とも“スカウトマン”とも呼べる存在だ。石部さんの伴走の下、一流のフルーツづくりに没頭する精鋭の生産者たちを取材した。全3回でお届けする。

銀座千疋屋に並ぶ品物を吟味

平日の毎朝5時、東京最大の中央卸売市場「大田市場」に、石部さんの姿がある。

全国から集められた果物の中から、銀座千疋屋に並ぶ品物を吟味していく。例えばメロンなら、叩いて跳ね返る音で種周りの状態、皮の厚さ、糖度や酸味のバランス、食べごろの時期を推しはかることができる。

微妙な音の違いからメロンの質を吟味する銀座千疋屋仕入長の石部一保さん(写真:筆者撮影)

石部さんは、東京銀座の中心にあった果物店で生まれ育った。味覚が鍛えられたのはいうまでもない。どんな人がフルーツを買い求めるのか、フルーツがどんな場で生かされるのか、意識せずとも、生きたマーケットの動きと変化を肌で感じ取ってきた。

銀座千疋屋は、石部さんが仕入担当に就いた15年ほど前から、仲買人を通して仕入れる形態を抜本的に改めた。自社で市場から直接買いつけることに加えて、その先にある生産者の発掘に乗り出したのも、同じころだった。

果物を手に取ると、作り手の向き合う姿勢、考え方までもが浮かび上がってくるという。その直感を確かめるため、石部さんは生産者を求め毎月、全国各地を巡る。

石部さんが管理する生産者ファイルには現在、全国の約90の農家が記載されている。その中に、コロナ禍に突入した2020年、銀座千疋屋の取引リストに加わった生産者がいる。

静岡県御前崎市にある「山下メロン園」の山下剛さん(41)だ。生産組合を通して生産量のほぼ100%が「市場流通」しているという静岡県内のメロン業界で、一農家が独立して銀座千疋屋と個別取引するのはこれまで例がなかったという。

「山下メロン園」の山下剛さん(写真:筆者撮影)

そんな長年の業界的な慣習を、何事もなかったかのようにさらりと飛び越えて見せたのは、石部さんのこんな一言だった。

「山下、組合抜けたなら、うちでメロンフェアやってみようか」

メロン生産者は組合に所属

静岡の温室メロン収穫量は年間約6000トン、市場全体の35%を占め全国1位(2021年農水省統計)を誇る。産地としてのブランドを守るため、静岡県内の生産者は組合に所属し、味や形、栽培方法など厳格な基準をクリアすることが求められる。

原則、ネット販売など個別農家が一般消費者向けに直接商品を販売することは許されていない。万が一規格外の品が流通すれば、全体のブランドイメージを毀損しかねないためだ。強固な組織ネットワークのもと、代々産地の価値を高めてきた組合の努力は、権威そのものであり、小売り、流通業界にも大きな影響力を持つ。

1973年にマスクメロンの栽培を始めた祖父の代から組合運営の中枢にも関わってきた山下メロン園が、生産者組合から脱退したのはコロナ禍が世界を襲った、2020年7月のことだった。

20代で就農した3代目の剛さんは当初から、ブログやフェイスブックで自社農園の栽培風景やおいしさの特徴をたびたび発信し来園を呼びかけては、ルール逸脱の“お咎め”を喰らってきた、自らも認める、組織の「はみ出し者」だったという。それでも、ブランドを守ろうとする組合の目的や意図を汲んで、なんとか歩調を合わせる努力を続けてきた。

だが、コロナ禍の始まりは、そんな従順を装ってきた意識や行動を根底から覆すだけの大きなインパクトがあった。

今までの延長線は、ありえない――。

「ホテルもレストランも営業が止まってしまって、メロンもどうなるかわからない不安な状況でした。親しいある会社の社長が自社のECサイトを持っていて、売ってやるって言ってくれて。うちがお前のメロンを仕入れてお前の名前で売る。お前は卸しただけで、お客さんに直接売ったわけではない、って応援してくれて。でも、実際に売り始めたら(組合に)3日でバレましたね」

当時、山下さんの父親が組合のトップを務めていた。3代目のとった「問題行動」をめぐって組合ではさまざまな話し合いが行われた。「悪いことをしたとは思わない」と主張を繰り返す剛さんの頑なな態度に半ば呆れながらも、父親は最終的に農園を承継した息子の考え方を尊重し、組合組織から退く決意を固めてくれた。

だが、潔い幕引きとは裏腹に、実態は大海原に放り出された金魚も同然だった。

需要が激減するなかで、逆境が襲う

脱退したその日を境に組合共通で使っている梱包資材も、販売ルートもいっさい使えなくなる。急遽、箱のデザインから発注、出荷先の確保まで自前で取り掛からなければならなくなった。かつてない規模で需要が激減していた最悪のタイミングで迎えた、初めての逆境だった。

ところが、救いの手は思いもよらず、さまざまな方面から次々と差し伸べられた。

「話を聞きつけた大田市場の担当者が、お前困ってるだろうって電話くれて。うちに出せるように手配したから。豊洲のやつにも言っておいてやるって。その年のメロンを捨てずに済んだんです」

そして極めつきが、冒頭の石部さんがオファーしてくれた、2021年シーズンに向けた「銀座千疋屋・山下メロン園フェア」の開催だった。毎年恒例の生産組合によるフェアの先陣を切る形で、異例の「山下メロン園」を冠したスイーツイベントが2年連続で実現した。

銀座千疋屋の「山下メロン園」フェアで販売されたパフェ(写真:銀座千疋屋提供)

組合から離れ、個人ブランドを確立していくうえで、これ以上ない最上級のステージが用意された。

それまで挨拶程度の関係だった石部さんと、直接の密なやりとりが始まった。なぜ独立まもない山下さんにオファーしたのか尋ねると、

「いい品物を作ってもらえたら、こちらとしては舞台を用意したい。ただそれだけのことです。山下のメロンは、それに値する」

石部さんはそう言って、急いでこう付け加えた。

「ものがよくても、誰にでも声をかけるわけではありません。いいものを作り続けるには、思いや技術があるだけでは足りない。どんどん進化する栽培の技術革新につねに関心があって、新しい情報を求めているか、必要であればこれまでのやり方を変えていけるか。その意味で山下はおもしろい、と思いました」

「山下、よくなったね。(組合)やめたほうがいいもの作るね」

独立したての山下さんに、石部さんは率直に感じた、変化の兆しを伝えた。クオリティーが着実に上がっているという実感は、山下さん自身にもある。

お客さんが直接評価、言い訳は通用しない

「組織の中にいると、ほかの人のメロンより自分が劣っているか優れているかばかりが気になって、その範囲の中で『これくらいでいいや』と落ち着いてしまっていたのだと思います。でも今はお客さんが、直接評価を届けてくる。美味しくなければ次は二度とない。言い訳なんて通用しません」

石部さんの、メロンの仕上がりを見極める目は言うまでもなく、「果物にどう向き合っているのか、態度まで見透かされる感じがする」と山下さん。農園を訪れては時折、ドキッとする言葉をポツリと残していくという。

「趣味の夜釣りにハマっていたころ、石部さんがふと農園に来て、『マスクメロンはムスクの香りが名前の由来でそれが特徴だけど、お前のは、メロンの香りがしない』って言ったんです。すぐに原因が思い当たりました。それ以来、釣りをすっぱりやめて、メロンだけに一点集中です」と苦笑いする。

「どう思う?」「なんでこうなると思う?」

石部さんの問いに、いつも答えはない。

ややもすると素通りしてしまいそうな小さな変化や違和感に立ち止まり、目を向けさせ、考えさせる。全国各地の生産者との「生きた情報」でつながる石部さんは、土と果物と日々格闘する山下さんにとって、いわば外界に通じる「窓」のような存在だ。石部さんが電話ではなく、農園を訪れ、直接言葉を交わすからこそ、その場に落ちている自らの詰めの甘さや盲点に、気づくことができるのだという。

山下メロン園では、温度管理されたガラス張りのハウスで年間を通して、1万4千個を生産・販売している。価格は時期によって異なるが、1玉6700円から1万6000円台。

ガラス製の専用温室で年間1万4千個のメロンを栽培している(写真:筆者撮影)

自らの腕試しにと、独立直後に始めたのが「食べごろ指定」の有料オプションサービス(500円)だ。1つひとつの注文票には、誕生日や結婚記念日など、メロンを囲む特別な日のシーンが添えられている。「おいしさの頂点」を外すわけにはいかない。到着予定日の逆算から、収穫のタイミングや保管の温度管理を注文者ごとに調整する追加のサービスは、導入当初から顧客の支持を集めた。

「かなり神経を使う作業で大変なんですが、ほとんどのお客様が遠慮なく申し込んできます」と笑う。

収穫時期の見極めでも、山下さんは従来のやり方を自ら変えた。流通までの十分な日数を考慮し、収穫後の追熟を前提にやや若い実の状態で収穫を始めることが一般的だが、山下さんは可能な限り日にちをかけ、ギリギリまでじっくりと熟度が進むのを待つことにした。

欲しいメロンをつくるのが生産のプロ

これも、市場を介さず顧客や店舗に直接届けられるからこそ選択できた「経営判断」の1つ。だが一歩間違えれば、売り切れず大きな損失を被ることになる。そんな懸念を吹き飛ばし、判断を後押ししたのも、石部さんのこんな一言だった。

「日数がないから売り先がないというのは、売る側の問題。食べごろまで3日しかないなら、3日の売り方、1週間なら1週間の売り方を考えればいい。商品を仕入れて売るのは俺らプロの仕事。生産のプロとは、こちらが欲しいメロンをつくることだよね」

山下さんはいう。

「自分の手で、日本の最高峰に納めるものが作れたかどうか。『銀座千疋屋』は、自分の今の立ち位置を確認する場所。いつかあそこに納めるものをスタンダードにしていきたい。誰もができないレベルだからこそ目指しがいがある。日本一、世界一を狙っていくのに、まだまだできていないことがたくさんあって、終わりが見えません」

どんなプロの世界でも言えることだが、職人技を極めるだけでは、「経営」は成り立たない。持続可能な果物づくりを支える設備や人づくりへの投資も見据えなければならない。

「ここらへんのメロン農家の年商は、かつてバブル経済に沸いた頃、7000万円を得た農家がおそらく最高記録。その後デフレもあって価格が下がり、コロナ前までは多い方で4千万円台が数人というところでした」(山下さん)

栽培面積や労力から育てられるメロンの個数には限りがある。だが、1つずつの品質を高め、深めること、新たな顧客層を掘り起こす可能性に、限りはない。独立して4年目。山下さんは今期、年商4千万円の大台が見えてきた。

2023年の年が明けてから、両親に農園の手伝いを完全にやめてもらった。父親からの承継が完了した瞬間から、次の承継を強く意識し始めたからだ。5月には農園経営を法人化し、現在山下さん夫妻とパート従業員1人で農園を切り盛りする。

日本一、世界一のメロンを目指す

仕事をする1人の大人として、高校生の娘、中学生の息子に、どんな背中を見せられているのか、つねに意識の中にあるという。

「法人化したのは、もし子どもが継がなかったら外部の人間に継いでもらってもいいかなと思ったから」

そういいつつも、「でもやっぱり……」と話す山下さん。

「いちばん間近で見ている子どもが継ぎたくないというメロン農家なら、会社ごと潰してやろうって思っています。子どもたちにとって、魅力ある産業にできるのか? 自分に突きつけて、追い込んでいきます。メロンといえば山下って言われるくらい、日本一、世界一のメロンを目指していますから」

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