入園者0でも最高売上高「さくらんぼ農場」の秘策 震災やコロナ禍という大ピンチに見舞われた

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:矢萩美智』(初出日:2023年8月15日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

今、山形の農業法人でもっとも注目される「やまがたさくらんぼファーム」。果樹の生産、販売、観光、加工、飲食の5本の柱で持続可能な農業経営を目指しながら、先駆的な取り組みで12期連続黒字を達成しています。

本稿では、やまがたさくらんぼファームを率いる矢萩美智氏の著書『さくらんぼ社長の経営革命』より、東日本大震災やコロナ禍といった経営を揺るがす事態の中で同社がピンチをいかにチャンスに変えてきたかを紹介します。

やまがたさくらんぼファームの「佐藤錦」。同社はコロナ禍などありながらも、先進的な取り組みで12期連続黒字を達成している(写真:やまがたさくらんぼファーム提供)

年間売り上げの半分以上を「観光」で稼いでいた

2020年、コロナ禍で観光農園に逆風が吹き荒れる中、それまでの強みだったさくらんぼ狩りの入園者数が0になりました。しかし、やまがたさくらんぼファームの売り上げは年商3億円を突破し、過去最高に達しました。

私たちの事業は、果樹の生産・販売・観光・加工・飲食の5本の柱で構成されています。その中でも、大きな売り上げを占めるのが「観光」と「販売」です。特に観光農園は、山形県内最大級で毎年約6万人のお客様を集客していました。年間売り上げのおよそ半分を観光部門で稼いでいたのです。

コロナ禍では観光の売り上げは見込めないと判断し、販売チャネルを「観光農園」から「通信販売」へ大きくシフトしました。特に自社のネット販売に注力し、今まで観光部門に使っていた戦力を迷わずそこへ振り向けました。結果、今までの「観光農園」を大きく上回る「通信販売」の売り上げを確保し、危機を乗り越えることができました。それどころか、気づけば過去最高売上高になっていたのです。

なぜ、こんなことができたのでしょうか? それは、以前とても「悔しい経験」をしていたからです。

2011年3月11日、東日本大震災が起きました。日本海側の山形県はほぼ実害はなく、燃料不足を除けば日常の生活を送っていました。この時点で年間売上高の約6割を稼がなければならないサクランボシーズンは、3カ月後に迫っていました。この時私は、「さくらんぼ狩りの入園者数は平年より減っても1割~2割だろう」という仮説をもとに何の対策も打たずにシーズンに突入しました。

結果は惨敗。入園者が平年の半分以下になったのです。この年は豊作で品質も良好、果樹園にはさくらんぼがたわわに実っていました。収穫する労働力を確保できなかったため、さくらんぼを大量に廃棄することになってしまいました。

悲観的に準備し、楽観的に行動する

今でもあの時のさくらんぼ畑の風景を思い出すことがあります。「あの時こうしておけば」という悔しい思いをずっと持ち続けていました。

そして2020年、新型コロナウイルスが日本で確認されると、「これはやばい」と直感しました。「観光農園」の売り上げが激減するという仮説を立ててすぐに動きました。頭をよぎったのはあの2011年の東日本大震災の悔しい経験です。「同じ轍は踏まない!」という強い気持ちでコロナ危機に対処しました。課題は2つ。「販売先の確保」と「さくらんぼを収穫する労働力の確保」です。

やまがたさくらんぼファーム代表の矢萩美智氏(写真:やまがたさくらんぼファーム提供)

やまがたさくらんぼファームは、ほぼ100%消費者への直接販売を行っているので、顧客の需要を敏感に感じ取ることができます。創業時から積み上げてきた顧客リストもあります。「観光がダメなら通販だ!」そう決断してすぐに観光農園の休業を決めました。強みの「観光農園」を捨て、もう1つの強みだった「通信販売」に賭けたのです。

社員のアイデアから生まれた「ワケあり倶楽部」という商品が大ヒットし、「販売先の確保」という課題を解決。「さくらんぼを収穫する労働力の確保」は、休館中だった天童温泉の従業員の皆さまに手伝っていただくことでクリアしました。

私たちはこれまでに何度もピンチに陥り、失敗を繰り返してきました。

まずは、大学を卒業し就農してすぐに父(当時社長)と大喧嘩をして家出、離農し県外でサラリーマンをしたこと。2年後「やりたいことがやれる」と思って再び山形に戻ったのですが、2500万円の債務超過で補助金をいただくことも銀行から借り入れすることもできずマイナスからスタートしたこと。脱家族経営・脱どんぶり勘定を目指し、経営を改善している中、2011年に東日本大震災で売り上げを大きく落としたこと。

1つ目のピンチからは、農業の後継者を決め、育成することの難しさを感じました。2つ目のピンチからは、農業は思っていたより儲からないということ、農業の収益性の悪さを痛感しました。3つ目のピンチからは、自然災害の恐ろしさを体感しました。地球温暖化、異常気象の影響で農業はより不安定な産業になっています。

危機から学んだことを経営に活かす

危機から学んだことを経営に活かすべきだと考え、「後継者の育成」「儲かる農業」「自然災害リスクから農業経営を守る取り組み」など、少しずつですが具体的に進めてきました。

4つ目の大ピンチだったコロナ禍を乗り越えられたのは、今まで積み上げてきた経験と農業経営におけるさまざまな蓄積があったからです。経営理念や目標を掲げ、自社の強みを最大化する戦略・戦術を構築し、顧客からの信頼を積み上げ、人材育成や設備投資をしてきました。

強制的に変わることを迫られたコロナ時代に、私たちはさらに経営を強靭化できました。密回避や非接触が求められたため、果物を自動販売機で販売することも実現できましたし、草刈りロボットを導入しスマート農業を推進しました。その中でも、もっとも大きな成果は、新たなお客様や仲間とつながれたことです。そして、これまで持っていた固定観念を壊すこともできました。

創業して50年、2020年ははじめてさくらんぼ狩りの受け入れをお休みしました。そこで気づいたのが「観光農園」の大変さです。それまで、くだもの狩りを受け入れるにあたって、当然のように1日のスケジュールをお客様に合わせていました。

しかし、お客様を受け入れることをやめれば、私たちのペースで収穫、出荷、販売の作業をすることが可能になります。みんなで一斉に休憩することができ、お客様を待つという行為がありません。戦力の分散がないので、集中して大きな力を発揮することができます。

お客様をお迎えする日々の準備作業をする必要がなく、ショップやカフェ、園地、トイレなどの掃除、つり銭の準備、商品の発注などの業務がなくなりました。入園受付や入園案内も必要ありません。

今まで儲かると思って当たり前にやってきた観光農園について、「大変な事業をやってきたんだなぁ」と考えるようになりました。観光農業は、私たちがイメージした通りに儲かっていたのか。もっと違うやり方はないのか。1から見直すきっかけになりました。

観光の在り方も大きく見直した

さらにコロナ時代が終わっても、売り上げ構成や仕組みを2019年に戻してはならないと考えました。なぜなら、コロナ前の観光農業は、オーバーツーリズム状態だと思っていたからです。

団体のお客様を制限なく集客し、土日にお客様が集中していたことで、一部の顧客満足度が下がっているように感じていました。また、コロナ禍に強化した「通信販売」部門をゆるやかに維持しながら「観光農園」部門の売り上げを回復していかなければなりません。

まずは、デジタルサイネージを導入し、くだもの狩りの注意などを説明する入園案内を動画でご覧いただけるようにしました。同じ動画をYouTubeにアップしておくことでお客様が来園前にチェックすることも可能になりました。これにより、入園受付と案内の省力化と効率化を図ることができました。

動画で入園ルールを説明し、カフェの待ち時間も信号でお知らせしている(写真:やまがたさくらんぼファーム提供)

2022年には、さくらんぼ狩りの入園料にダイナミックプライシングを取り入れました。A、B、C、3パターンの入園料を設け、過去の入園者数の推移を参考にしてさくらんぼ狩りの入園料を決定します。

例えば、ハイシーズンである6月の土日は、一番入園料が高いA料金になりますし、お客様が少なくなる7月の平日は一番安いC料金にします。そうすることで、土日の混雑を緩和させ入園者数を平準化させることができました。

また、入園料の見直しを行い、くだもの狩りの内容に付加価値をつけ差別化することで、団体旅行の価格競争に入らなくても自社でしっかりと集客できる仕組みをつくりました。2023年のさくらんぼ狩りの入園者数は、2019年の半分ほどですが、入園料の総額は約9割まで回復し、顧客満足度も上昇しました。

コロナ禍は「チャンス」になった

ここまで私たちが「なぜコロナ禍を乗り越えられたか」をご紹介してきました。突然、何かの理由で販売ルートがなくなっても、それにかわるものを作っておくことや、外的要因から経営を守るためにはつねに予備対策が必要です。

私たちは「観光農園」にかわる「通信販売」という売り上げの柱を構築していたからコロナ危機を乗り越えることができました。「観光農園」の柱が倒れたコロナ禍は「通信販売」の柱を太くする機会だったかもしれません。

さくらんぼ社長の経営革命』(中央経済グループパブリッシング)

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