ワイン価格2倍に上げた醸造所が見た驚きの結果 イノベーションを促す企業がしていること

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:牧兼充』(初出日:2022年12月21日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。 

「イノベーションをいかに生み出すか」が、多くの日本企業が悩み続けるようになているが、日本企業は「正解のないイノベーション」が苦手だと、日米のビジネススクールで教鞭をとる牧兼充氏は指摘する。同氏の著書『科学的思考トレーニング 意思決定力が飛躍的にアップする25問』から、科学的実験によって「正解のないイノベーション」を生み出し、急成長した企業の事例を紹介する。

日本企業が苦手な「正解のないイノベーション」

イノベーションには、「正解のあるイノベーション」と「正解のないイノベーション」が存在します。

前者は、技術開発などにおいて、「性能を向上させれば確実にニーズがありそうだ」といったことが見えているもので、後者は、実際にやってみるまでそもそもニーズがあるのかさえまったく予測がつかないものを指します。

アメリカのシリコンバレーは、「正解のあるイノベーション」だけではなく、「正解のないイノベーション」も起こし続けることによって発展してきました。一方、日本企業は、「正解のあるイノベーション」は得意ですが、「正解のないイノベーション」は苦手です。

これが、シリコンバレーの企業と日本企業の競争力の差を生んでいます。今の日本企業により求められているのは「正解のないイノベーション」であることは、言うまでもありません。

「正解のないイノベーション」を生み出す組織は、「失敗」を前提として行動します。

しかし現状として、日本企業の多くはイノベーションを生み出すことを苦手としています。「成功」を前提として行動し、失敗から学習することができずにいることが大きな理由の1つです。

ますます複雑化する社会において、正解のないイノベーションを生み出すために、企業に求められているのは、「成功」をマネジメントすることではなく、「失敗」をマネジメントすることです。

失敗のマネジメントが組織文化として根付いている企業と言えば、ブッキング・ドットコムが挙げられます。同社のCPO(最高製品責任者)であるデイビッド・ビシュマンズはこう語っています。

「CEOの皆さんに助言するとしたら、こう言います。大規模なテストの肝は技術ではありません。文化的な問題であり、それを丸ごと受け入れる必要があります」(ステファン・トムク「ビジネス実験を重ねる文化が企業を成功に導く」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2020年6月号より)

実験でポジティブな結果が出る確率は1割

同社にとって実験は単なる戦術ではなく、もはや文化と呼べるほどに浸透し、組織のアイデンティティーを構成する一要素になっていることが窺えます。

実はブッキング・ドットコムで行われる実験のうち、ポジティブな結果が出る確率は、わずか10%。つまり残りの90%は失敗するのです。たくさん失敗しながらイノベーションを生み出し続ける同社は、「失敗」をマネジメントできる組織であると言えます。

ブッキング・ドットコムにおいて、失敗はお金を無駄にする過ちではなく、学びのチャンスと捉えられています。

実験の90%は失敗ですが、これは極めて健全な数字であり、失敗を前提に行動している証拠でもあります。仮に「うちの会社が行う実験は90%成功します」という企業があったら、それは科学的思考法が欠如した組織です。実験しなくてもわかることに無駄なお金と時間をかけているだけで、何の学びも得ることはできません。

大量の実験を毎日行えば、成功率は低くても、成功件数はかなりの数に上ります。そして、実験が文化として根づいていれば、社員は失敗する可能性に怯みません。だからブッキング・ドットコムは、旅行業界のイノベーション企業として、進化を続けているのです。

実験ありきでデータドリブンなカルチャーがこれだけ組織に浸透していると、リーダーシップのあり方も他の企業とは大きく異なります。ブッキング・ドットコムCEOのタンズは、こう話しています。

「CEOである私が誰かに、『この仕事をしてほしい。事業にプラスになるはずだから』と言ったとしたら、その人は文字どおり私を見て、『オーケー、わかりました。あなたの意見が正しいかどうか、テストして検証しましょう』と言うでしょう」

部下は上司の言うことを、そのまま聞くのではありません。部下は当然のように、上司の言うことが正しいかどうかを実験で検証すると答えます。実験の結果、上司の仮説が棄却されることもありますが、意見よりもデータが尊重される組織なので、それによって上司と部下の間に軋轢が生まれることもありません。

上司は知らないと認めることを恐れてはダメ

一般的な日本企業の管理職から見れば、「上司が部下に指示をしないで何をするのだ?」と思うかもしれません。しかしブッキング・ドットコムでは、「上司は知的な面で人間味を見せるべきで、『知らない』と認めることを恐れてはならない」とされています。リーダーに求められるのは正解を知っていることではなく、実験の結果が自分の意見と異なっていたとしても、それを尊重できる度量を備えていることです。

ハーバード大学の経済学助教から全米最大規模のカジノ運営企業ハラーズ・エンターテインメントのCOOに転身し、その後、同社のCEOを務めたゲイリー・ラブマンは、顧客分析の実験手法を経営に持ち込み、さまざまな課題についてランダム化比較実験による検証を行いました。この事例は、ハーバードビジネススクールのケース教材としても取り上げられています。

彼にとって、カジノほど実験がしやすい環境はありませんでした。膨大なデータが日々集まるからです。

オンラインではなく、実店舗で対面サービスを提供するビジネスで実験を行うのは、コストがかかって大変だろうと思うかもしれません。しかし、ラブマンはこう述べています。

「正直なところ、私が唯一驚いているのは、思っていたより簡単という点だ。学問の世界にいた頃は、取り組むべき充実したデータセットを見つけることが非常に難しかった。今はビジネスにおける事実上すべてのことを測定しているが、それが本当に容易に行なえるので、衝撃を受けているくらいだ。やらない人が多いことをいささか不思議に思っているよ」(アンドリュー・リー『RCT大全』より)

その言葉通り、彼は多数の実験を行っています。

日本企業でも、料金を割引したり、無料のクーポン券を配ったりといった施策を試すことがよくあります。しかし、ハラーズとの大きな違いは、比較対照するコントロール群を作っていないことです。

よって、客数が増えたとしても、それが本当に割引やクーポン券の効果なのかがわかりません。「たまたま夏休みに入った時期だったから客数が増えただけだった」といった可能性もあるでしょう。

大企業以外でもフィールド実験はできる

フィールド実験は大企業だけのものではありませんし、たくさんの店舗を持っていないとできないものでもありません。『その問題、経済学で解決できます。』に、著者の1人である行動経済学者のウリ・グニーズィーと共同研究者のアイェレット・グニーズィーが、2009年にカリフォルニア州のワイン醸造所の経営者に招かれて行ったフィールド実験の例が掲載されているので、紹介しましょう。

その経営者は、「ほかの醸造所の同じようなワインの値段を見たり、直感に頼ったり、去年の値段をもとにしたり、といったやり方」でワインの値段を決めていましたが、より大きな利益を得るために、ウリとアイェレットに値付けをしてもらうことにしたのです。

この醸造所を訪れる人たちは、複数のワインを試飲した上で、購入するワインを決めます。「お客は試飲できるワイン9種の名前と値段を紙1枚に書いたリストを渡される。値段は8ドルから60ドルまでさまざま」です。

ウリとアイェレットが値付けをするのは、人気商品である2005年のカルベネ・ソーヴィニヨンで、リストの7番目です。これまで10ドルで売られていました。

ウリとアイェレットが行った実験は、数週間にわたって、「10ドル、20ドル、40ドルと」、日によって値段を変えるというものでした。

例えば毎週月曜日だけ値段を変えるといったやり方では、実験になりません。平日と休日ではそもそも来店する顧客層が異なり、バイアスがかかる可能性があるからです。ランダムに日を選び、値段を変えることで、バイアスを排除した実験を可能にしたのです。

結果は意外なものでした。「カルベネは10ドルにしたときよりも20ドルにしたときのほうが50%もたくさん売れたのだ!」。醸造所の経営者は、喜んで値段を20ドルに変えたということです。

やってみて初めてわかることもある

このように、中小企業であっても、1店舗しか持たない企業であっても、ほとんどコストをかけずに、フィールド実験を行うことができます。実際にやってみて初めてわかることはたくさんあります。この新しい発見こそが、フィールド実験の面白さです。

この記事を読んでくださっている方たちも、日々の仕事の中で、「これは本当に効果があるのか?」「上司から指示されたが、やる意味があるんだろうか?」と悩む場面があるのではないかと思います。

その時に、ほんの少しだけ手間と時間をかけて実験を準備し、自分の裁量の範囲で実行すれば、「やるか、やらないか」について明確な根拠を持って意思決定できます。

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