[Publisher] 東洋経済新報社
この記事は東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:栗原弘行、塚田壮一朗』(初出日:2023年5月11日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。
ビジネスシーンでよく耳にする「M&A」。その件数は増加傾向にあり、2022年には過去最多となりました。M&Aに対し「経営破綻の末の売却」といった印象を持つ人もいますが、近年、そのイメージは塗り替えられています。後継者不足の解決策として、また、積極的な成長戦略の一環として、M&Aを選ぶ企業が増えているのです。
『M&Aアドバイザーが新入社員に教えること 最高峰の「ビジネス総合力」を鍛える』(著・栗原弘行/塚田壮一朗)では、主に中小企業のM&Aを仲介するアドバイザーが、M&Aの意義について語っています。M&Aという決断は、企業に何をもたらすのでしょうか。
件数が増えている日本のM&A
筆者らは、主に中小企業を対象としたM&A仲介をしています。M&Aとは「Merger(合併)&Acquisition(買収)」の略です。ある企業がほかの企業を買収したり、複数の企業が合併したりすることを指します。よく「企業と企業の結婚」とたとえられ、私たちM&Aアドバイザーは、その「仲人」に当たります。譲渡企業(売り手企業)と譲受企業(買い手企業)を結び付け、成長に導く仕事です。
中小企業のM&Aの場合、吸収合併や経営統合となるケースは少なく、買い手企業が売り手企業の51%以上の株式を買い取り、子会社化することがほとんどです。
日本企業のM&A件数は年々増加しています。2020年はコロナ禍の影響で減少したと見られますが、2022年は4304件で、過去最多となっています(下図参照)。
M&A仲介業は、日本独自のビジネスモデルといわれています。これは日本企業の99%が中小企業であり、海外諸国に比べてM&Aが起きやすい環境だからだといえます。
M&Aの大きな要因は事業承継問題の顕在化です。2045年には、70歳以上の経営者は約245万人に増え、後継者不足の企業はその半数超の127万社になるといわれています。
さらに、その127万社のうち60万社は黒字企業です。つまり、後継者がいないために、黒字でありながら廃業しなければいけない企業が増えている。その解決のためにM&Aを選ぶ企業が多くなっています。
このように、M&Aは後継者問題を解消する手段として注目を集めていますが、企業がM&Aを選ぶ動機はそれだけではありません。事業拡大のため、人材確保のため、知名度の獲得のためなど、複合的かつさまざまです。
ただ、理由の1つに事業承継が含まれるケースはやはり多く、M&A業界全体の7割ほどを占めているという印象です。
かつて多くの人がM&Aに持つイメージは、「経営破綻したから売ったんだ」というものでした。そこからM&Aの増加につれて、近年では成長戦略の手段の1つとしてM&Aを選択するケースが増えています。
2022年11月、米投資ファンドのベインキャピタルが、国内アパレルのマッシュホールディングスを2000億円規模で買収しました。
日本経済新聞の記事(2022年11月15日、電子版)では、(マッシュホールディングスは)「さらなる成長には、ファンドのノウハウを借りながら海外展開を一段と進める必要があると判断」、(ベインキャピタルが)「成長企業に出資し、資金やノウハウを提供して一段の事業拡大を支援」と、ポジティブな表現です。M&Aというワードに対する印象が、変わってきたと感じました。
M&Aは時間を買うための手段
M&Aの意義を一言で表現するならば、「時間を買うことができる」です。世界的な例を挙げると、Facebook社(現・Meta社)は、2012年にアメリカのスタートアップ企業だったInstagram社を買収しました。10億ドルもの値段でしたが、より若い世代のユーザーを世界中で獲得することができました。
Facebook社が単独で新たなSNSを開発するよりも、すでにある企業を買収するほうが、成長戦略としては効率的です。売り手側の目線に立てば、「頑張って株式上場を目指そう」と考えていたところから、上場企業に買われたことで、自分たちで上場しなくても上場企業グループの看板を使えることになります。
時間というリソースは限られています。世界中の企業が1分1秒を競い合って新しい価値を生み出そうとしている時代に、これまでと同じやり方ではどんどん差を付けられてしまいます。
加えて、M&Aでは「同じ船」に乗ることで生まれるエネルギーがあります。
筆者らが企業に対してM&Aのご提案をする中で、「業務提携でいいのでは」と言われることもあります。もちろん、それで解決する部分もあると思います。
ただ、それではやはり、本当にコミットメントし合う関係にはなりません。「受注した仕事をする」「任せた通りの仕事をしてもらう」ということ以上のインセンティブは働かない。同じ場所を目指す仲間になるからこそ100%コミットし合い、それがお互いの成長になるという関係性を築くことができます。
前述ではFacebook社とInstagram社という世界的に有名な企業を例に出しましたが、M&Aは売り手、買い手とも企業の規模を問わず適用できる戦略です。小さな会社でも大手と一緒に組めば、より広い世界観に飛び込むことができます。
ただ、中小企業の場合、自社の将来に対する課題意識はあっても、M&Aという選択肢を考えていない経営者が多い傾向にあります。やはりM&Aは巨額の資金を持つ大企業がするものだというイメージがあるのでしょう。
なかには、そもそも成長意欲がないと言わざるを得ない企業もあります。ぼんやりと「現状維持でいい」と考えている経営者は、意外と多い印象です。
しかし、これからの時代において「現状維持」は「後退」を意味します。人口が減り続けるなかで、優秀な人材の確保はより一層難しくなります。中小企業ほど、さらなる業務効率化や生産効率の向上が求められます。
こうした意識の背景には、中小企業という閉じられた環境の中にいることで、経営環境が激変する状況に目が向けられていないことがあると思います。あるいは、「自分が育ててきた会社だ」というプライドが邪魔をして、視野を狭くしているのかもしれません。
もちろん、自社の将来をどう考えるかは自由です。しっかりと売上や利益が上がっていて、「ずっとこの会社をやっていくんだ、生涯現役なんだ」というのであれば、それも自社への愛着として共感できます。その結果、廃業することになったとしても、従業員の就職先を見つけ、職を保証できれば問題ないと言えるのかもしれません。
ただ、やはりすべての企業は成長を目指すべきだと私たちは思います。M&Aのプロセスでは、実際に契約するかしないかは、相手や条件を見てから決めることができます。とりあえず検討してみて、自社に合わないと思えばやめればいい。厳しい言い方になってしまいますが、成長のための選択肢を検討しないことは、経営者としての怠慢ではないでしょうか。
日本社会の生産性を高めるために
日本は少子高齢化が進み、労働人口も減っています。企業の生産性も上がらず、特に中小企業ではずっと同じ給料で働く人も多いのが現状です。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた高度経済成長期を経て、日本は「失われた30年」などと揶揄される経済の停滞期に突入しています。
日本企業の大部分を占める中小企業の生産性が改善されなければ、当然、日本全体の生産性も高まりません。このままでは「元気な日本」はいつまでたってもやってこないでしょう。
私たちが多くの企業の現場を見ているなかで、その危機感を覚えることもあります。最も多いのは、やはり経営者の高齢化です。一般的には、どうしても高齢になるほど気力や体力は続かなくなり、判断力は落ちていきます。結果的に売上は横ばいになり、組織もマンネリ化してくる。そういう企業では、従業員のモチベーションは下がり、優秀な人材から流出していきます。
あるいは、デジタル化の遅れです。いまだに経理担当者が手作業で給与計算をしている会社も多く、「新しいやり方を取り入れて、ほかに労力を割いたほうがいいのでは」と感じます。
そうした課題を解決するための有効な手段が、M&Aによって成長産業を集約していくことです。成長できる余地があるならば、思い切って自社を第三者に任せるという決断は、やはり必要です。
『M&Aアドバイザーが新入社員に教えること 最高峰の「ビジネス総合力」を育てる』(クロスメディア・パブリッシング)。