近江商人「三方よし」が今、「世界最先端の経営」な訳 パタゴニア、テスラなど6つの企業に共通3要素

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:鳥山正博』(初出日:2022年12月12日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

「マーケティングの神様」「近代マーケティングの父」とも称される世界的な経営学者、フィリップ・コトラー氏。そのコトラー氏は今、「H2H(ヒューマン・トゥ・ヒューマン)マーケティング」、すなわち人間を中核に据えた、人間主体のマーケティングを提唱しています。それはなぜなのか。また「H2Hマーケティング」とはどういうものなのか。

その本質は「デジタル時代の三方よし」と話すのが立命館大学ビジネススクールの鳥山正博教授です。

コトラー氏らの著書『コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践』の監訳・解説を担当した鳥山教授が、今回(全3回の第2回、第1回はこちら)は具体的な事例を解説します。

今回は、H2Hの直観的理解のため、古今東西の事例を挙げ、それをH2Hのキーワードで読み解いてみたい。

H2Hのフレームワークの肝は、H2Hマインドセットである。H2Hマインドセットとは、

(1)人間中心(自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化)
(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)
(3)アジャイル(俊敏性と実験主義)

である。(1)の「人間中心」は「売り上げ利益中心」の逆、すなわち「何らかの善き目的のために」であると考えればよい。

さて、この3つが何を強調しているかをわかりやすくするため、すべてを逆さにしてみよう。その結果は「売上・利益目標実現のために自社の総力を結集して競争に勝つ。勝つためにはしっかりと計画を立て、あとは実行するのみ!」である。これはまさに従来型企業のマインドセットであり、H2Hマーケティングはまさにこれを否定しようとしているのである。

世界のオーガニック食品のトレンドを作った企業

ホールフーズ・マーケット

『コトラーのH2Hマーケティング』でも、けっこうなページを割いて紹介されていた代表的なH2H企業、ホールフーズ・マーケットは、テキサス州オースティンを本拠地とするアメリカのオーガニック・自然食品の品ぞろえを特徴とするグルメスーパーチェーンである。1980年にジョン・マッキーが創業し、今では約500店舗を展開、2017年にアマゾンに買収された。

世界のオーガニック食品市場はこれまで10年間で倍増、今後2030年までは年平均14.8%の成長といわれている。世界のオーガニック市場の43%はアメリカであり、その成長を担ってきた企業がホールフーズ・マーケットである。つまり、世界のオーガニック食品のトレンドを作ってきた企業と言っても過言ではない。

ホールフーズ・マーケットは消費者の意識の高まりと魅力的な店舗づくりによるブランディングが成功したことで、ハイエンドの市場を作り上げ大成功した。

オーガニック食品にこだわった品ぞろえや、廃棄物はすべてコンポストで再生されるといったオーガニックな価値に加え、店内にレストランスペースやバーを設置して安心して女性がワインを飲めるお洒落な場を作り上げたり、魅力的な店内調理やサラダバーを拡充したりというサービス面のイノベーションによりブランドプレミアムを享受しつつ高成長を成し遂げている。

では、どんな経営がそれを可能たらしめたのだろうか。

ホールフーズが掲げる「相互依存宣言」

創業社長ジョン・マッキーは見事なビジョナリーかつミッションドリブンな企業を作り上げた。ここではホールフーズの「相互依存宣言(Declaration of Interdependence)」を紹介したい。

相互依存宣言というのは独立宣言(Declaration of Independence)を意識した表現なのだが、要するに顧客も、従業員も、サプライヤーも親会社のアマゾンも、地域社会も地球環境もどれもこの会社と共生関係であることを「相互依存的」というキーワードを用いて明示している。

利益を極大化するという単純な考え方がこれまでのビジネスの基本的な枠組みだったとすると、そうではないという認識を相互依存宣言で示しているのだ。また、それを実現するために、フィロソフィーを共有したうえで現場のチームに権限移譲をする「自律的組織」という特徴を持っている。自律的組織というのは常に現場でアジャイルに物事を決めてゆく組織ということである。

こうして見るとホールフーズ・マーケットはまずそもそもマインドセットが非常に強く、その方向性もH2Hマインドセット、すなわち(1)人間中心(自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化)(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)(3)アジャイル(俊敏性と実験主義)そのものだということがわかる。

パタゴニア

イヴォン・シュイナード氏が1973年にアメリカ・カリフォルニア州で立ち上げた、アウトドアのウェアや用品を取り扱うブランドである。明確な思想を掲げているため、消費者の中で好き嫌いが大きく分かれながらも、アメリカをはじめ世界中で熱狂的なファンを集めている。

どの辺がH2H的なのか。そもそも創業時から環境理念中心の会社で、作る製品も環境に優しくクライミングの方法も元の岩をピトンで傷つけない「クリーンクライミング」を提唱・推進し普及させるなど、クライマーのニーズに応えるのではなく、環境中心に消費者の行動を変容させる会社である。

1991年には「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」と環境中心の会社であることを内外に明示したが、2019年にそれを「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」と改定したのである

焦点を「How」から「Why」にシフト

「どのような方法で環境問題に立ち向かうか?」、すなわちHowが主役だったものが、2019年版では「何のために自分たちが存在しているのか?」という、Whyへと大きく焦点をシフトした。マインドセットがこの企業を牽引しているといえる。

とりわけ「自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化」しているという点で、H2Hマインドセットの(1)人間中心がずば抜けて強いパーパスドリブンな会社であるといえるだろう。従業員は善き目的のために働いていると感じることが何より重要になってきている。

これまではホールフーズやパタゴニアのようなパーパスドリブンな企業はどちらかといえば例外的だったのが、ここにきて、パーパスドリブンこそが企業のあるべき姿であるといわれるまでに変わってきた。

Howが差を生み出したのがマーケティング1.0の大量生産時代、Whatの差が重要だったのがマーケティング2.0の時代を経て、Whyが重要な時代になってきたのだ。Howの仕事の多くとWhatの仕事の一部はAIによってかなり代替可能となったので、人間にしかできないWhyの部分がより重要になっているのだ。

フリックスバス

日本に上陸していないので、あまりなじみがないと思われるが、最近ヨーロッパに行った人ならば黄緑色の派手な車体のバスを目にしたことがあるだろう。

同社は2013年にドイツで創業、欧州の伝統的な移動手段たる長距離バスに、テクノロジーとeコマースを組み合わせて成長した。自社バスを持たずに地元のバス会社と提携し、路線決定やブランディング、マーケティング、チケット販売などの運営を行うビジネスモデルを築いた。

顧客満足度や問い合わせなどのデータを重視し、低価格と車内Wi-Fi、座席電源、広い足元スペース、バスの現在地のGPS検索などを売りに急速に欧州全体へ市場を広げてきた。いわば長距離バスのプラットフォームであり、独自の価格決定アルゴリズムとルート決定アルゴリズムが価値を生んでいるといえる。

バス業界に新しいレイヤーを加えた

フリックスバスのイノベーションは、得てしてローカルでマーケティングマインドの低かったバス業界に新しいレイヤーを加えたことである。いわばマーケティングレイヤーとオペレーションレイヤーに分離して、マーケティングレイヤーの巨大プレイヤーとなったのだ。

ウーバーにおける素人ドライバーに相当するのが地元バス業者ともいえる。あるいは街の小売業をFCで束ね、弁当工場から物流までコントロールするようになって成長したセブン-イレブン・ジャパンとも似ている。

さて、フリックスバスのどの辺がH2Hマインドセット的なのか。

これは圧倒的に(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)であろう。地元のバス事業者との協働こそが本質であり、このサービスの統合者としての地位、まさにA2A(アクター・トゥ・アクター)のイノベーションを起こしたのである。

テスラ

言わずと知れたイーロン・マスクの電気自動車会社である。イーロン・マスクというとスティーブ・ジョブズを凌ぐイノベーター、大言壮語の野心家、桁外れで大胆な投資家、暴れん坊というイメージが先行するが、その色眼鏡を外して見ると、テスラもまたパタゴニアやホールフーズと同様、パーパスドリブンな企業である。

テスラのミッションは「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速させること」。ビジョンは「世界の電気自動車への移行を推進することで、21世紀で最も魅力的な自動車会社を創造する」というものである。

イーロン・マスクは電気自動車・自動運転のプラットフォームのみならずバッテリー関連製品、ソーラーエネルギーの製品、電力網等必要なものはすべて自分で手がけて実現しようとしていることに構想の大きさと本気を感じさせる。

テスラの売り方もまた従来のマーケティングの常識を覆すものであった。何しろ有料の広告を一切しておらず、ディーラー網も敷かず、すべてネットで受注を受けるのだ。

それを可能たらしめているのが、1835万のテスラのツイッターフォロワー、1.1億のイーロン・マスクのフォロワーである。ちなみに日本を代表する自動車会社Toyota USAのフォロワーは92万人である。

イーロン・マスクはつねに自分の考えを過激に発信するという見事なコンテンツマーケティングを行うことでこのフォロワー数を達成している。またすぐれたカスタマーエクスペリエンスと紹介プログラムも、広告ゼロ路線のもう1つの柱である。

3つのマインドセットを体現

テスラはH2Hマインドセットの3つを体現している。

(1)人間中心(自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化)はイーロン・マスクの言動はまさに「自分の行動や思考が他の人にも有意義である」と確信している。

(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)についても優れたカスタマーエクスペリエンスの設計や顧客を営業マンとして使うA2A的な発想にあらわれている。

(3)アジャイル(俊敏性と実験主義)が強いのは、近年のツイッター社買収をめぐる意思決定のドタバタは「やってみてだめならすぐ引っ込める」というアジャイル的なマインドセットが成したもので、これが伝統的な金融界・産業界には異分子に見えたということだろう。良くも悪くもイーロン・マスクはH2H的なのである。

星野リゾート

概要についてはもはや日本の読者にあらためて紹介することもないので、H2Hマインドセットが星野リゾートの活動のどの側面に現れているかを見ていきたい。

まず、星野リゾートの魅力となっているのは各施設が提供する体験プログラムであることに異論はないだろう。その先駆けは創業当初からやっている野鳥観察プログラムのピッキオである。

各リゾートには上級者限定の滑走、雲海テラス、ねぶた、グランピング、Go近所ツアー、等のユニークなその施設ならではの体験プログラムがある。まず、これはS-DL(サービスドミナントロジック)的な価値の生み方である。いくらで取引されているかが価値なのではなく提供側と顧客がどう体験を共創して満足や感動を与えているかが価値なのであり、それを繰り返すことでブランドを形成するのだ。

また、これらは従業員発で、各施設でローカルに開発されたものであるため、その開発プロセスはまさにデザイン思考でありアジャイルである。

マインドセットの側面を見るとH2H的

星野リゾートは2000年ごろから「リゾート運営の達人」を標榜し、その具体的な尺度として顧客満足度と利益率とエコポイントの3つが並び立つようにできるのが達人であるという価値尺度をマネジメントの中心に置いている。当時から地熱発電や水力発電など地球環境問題への積極的な取り組みをしてきているのも時代に先駆けている。

こうして見るとH2Hマインドセットの(1)人間中心(自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化)、(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)、(3)アジャイル(俊敏性と実験主義)のすべてがまさに当てはまる企業である。

戦略的な強みの源泉はもちろん、従業員の多能工化やマネジャーの立候補制など他社が真似しにくいさまざまな策にあるが、マインドセットの側面を見ると極めてH2H的である。

YKK

歴史的な事例になるが、YKKは1934年に吉田忠雄が創業したファスナーの世界企業で、現地に溶け込むことで世界化を果たした企業として有名である。

創業社長の吉田忠雄は「企業は社会の重要な構成員であり、共存してこそ存続でき、その利点を分かち合うことにより社会からその存在価値が認められるもの」と考え、「事業活動の中で発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することによって、事業の発展を図り、それがお得意様、お取引先の繁栄につながり社会貢献できる」とした。これがYKK精神「善の巡環」である。

具体的には、海外進出にあたっても顧客・取引先・従業員・地域それぞれと互いに繁栄する道を考え、高品質な商品を輸出するのではなく、その土地で高品質な商品を製造できるように工場進出をし、雇用を産むということを1960年前後から行っている。多くの日本企業の海外直接投資は1980年代から本格化したが、それに先駆けること20年である。日本企業の中でも圧倒的に早く徹底的にグローバル化した企業なのだ。

しかも、創業社長の吉田忠雄は事業をはじめる前から、この「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という哲学を持っていたという。まさにH2Hマインドセットの(1)人間中心(自分の行動や思考が他の人にも有意義であることを内面化)そのものである。

YKKは製造業ではあるが、アパレル企業の製品や製造工程に溶け込んで価値を産んできたので(2)サービス志向性(協働性・統合性・A2A的)のマインドセットも体現している。H2H概念ができる半世紀以上も前からH2H的な企業、まさに先駆けと言えると思う。

デジタル時代の「三方よし」

これまでH2Hマーケティングの事例企業を見てきたが、これらの企業はいずれもHow(どのように価値を生むか)やWhat(何を提供するか)にも優れていたにせよ、Why(存在意義)が強烈に意識されているところが、凡百の企業とは大きく異なるところである。マインドセットが極めて重要なのだ。

その見方も自らの利益や顧客だけ見ているのではなくすべてのステークホルダーを見たうえで長期的に相互に栄えることを目指している。

これはコトラーが言っているわけではなく、筆者が勝手に解釈していることなのだが、H2Hマーケティングはデジタル時代の三方よし、なのではないか。三方よしとは言うまでもなく、江戸末期から明治初期に全国で行商をした近江商人の商売哲学の「売り手よし、買い手よし、世間よし」のことである。現代にあっては「売り手よし、買い手よし、オールステークホルダー(含む地球)よし」といえよう。

マーケティングという概念が生まれたのは大量生産が進んだ1920年代以降であるが、それよりもはるか昔にこの境地に達していた近江商人に、ようやく近代的マーケティングが追いついてきたと見ることができる、と筆者は考える。


コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践』(KADOKAWA)。

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