リスクや危機に対処できる「優れた経営者」の手法 「スタンフォード大学発」未来洞察のアプローチ

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:井上達彦』(初出日:2022年8月22日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。 

日本の経営学では、ビジネスモデルの実践研究が盛んだ。コンサルタントや経営者から研究者まで、いろんな立場の筆者が、思考法、多様なツール、パターン集などをまとめ、書店には多くの本があふれている。

日本のビジネスモデル研究の第一人者でもあり、早稲田大学で起業家育成プログラムを担当する井上達彦氏が、学術研究や海外のイノベーションプログラム、実務の最前線で使われている方法などを集約し、ビジネスモデルの発想法から事業の循環までを描いた『ゼロからつくるビジネスモデル』がロングセラーとなっている。

同書は500ページを超える大作ではあるが、今回は、同書で紹介されている危機管理と未来洞察の手法を紹介する。

「未曾有の危機」は何度も起こる

2022年2月下旬以降、世界を震撼させているロシアのウクライナ侵攻。多くの経営者は「想定外の出来事」として受け止めたようだ。2019年から広がった新型コロナウイルス感染症。こちらも多くの経営者が「突然現れたパンデミック(世界的流行)」と受け止めた。

予見できなかったと割り切ってしまうのは簡単だが、会社の経営においては、いつもそれでは成り立たない。ロシアと旧ソ連構成国の間では21世紀に入ってから地政学的な対立や紛争が起きていたし、ウイルスでもSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の脅威にさらされていた。兆候はあったのだから、何かできたかもしれないと考えるべきであろう。

『ゼロからつくるビジネスモデル』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら) 

よく「未曾有の危機」とか「世紀に一度の出来事」などと言われたりするが、いったいどのくらいの頻度で起こるのだろうか。

直近の30年を振り返ってみると、意外にも、われわれ日本人にも大きく影響を与えたものだけでも頻繁に起こっていることがわかる。東日本大震災(2011年)、リーマンショック(2008年)、アメリカの同時多発テロ(2001年)、阪神・淡路大震災(1995年)、バブル崩壊(1991年)、ブラックマンデー(1987年)、プラザ合意(1985年)。経営を揺るがすような出来事が5年に1度のペースで起きている。

この事実をもとに、『「守り」の経営』の著者であり、起業家を支えてきた連続起業家の浜口隆則氏(ビジネスバンクグループ代表取締役社長)は「体力のない中小企業は、守りを8割にすべきだ」と言う。

井上達彦(いのうえ たつひこ)/早稲田大学経営学術院教授。1968年兵庫県生まれ。1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)取得。2008年より現職。経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、早稲田大学産学官研究推進センター副センター長・インキュベーション推進室長などを歴任。「起業家養成講座Ⅱ」「ビジネスモデル・デザイン」などを担当。主な著書に『模倣の経営学』『ブラックスワンの経営学』などがある(撮影:梅谷秀司)

もちろん、大企業にとってもリスク対応力は肝要である。気候変動や人権問題がもたらすリスクへの対応力が、企業価値を左右する時代になったからだ。世界で進むESG(環境、社会、ガバナンス)投資に対応するためには、働き方、ダイバーシティなどにも目を向けながら、経営をアップデートしていかなければならない。

もちろん、経営を取り巻く環境の変化というのは、危機であると同時にチャンスにもなりうる。未来を洞察して社会的課題を解決し、ビジネスに生かしていけばよいのだ。

危機の認識の仕方は「点と線」

それでは、経営者はどのように対処すればよいのか。そのヒントは危機の認識の仕方にある。企業経営を左右する外部要因というのは、突如として降ってくるわけではない。前述したように、大なり小なりその兆候がある。

1つ1つの出来事は「点」に見えても、点をプロットして線で結べば注目すべきトレンドが浮かび上がる。経営者は、断続的に現れては消える出来事を兆候として捉え、それらを線で結んで長期のトレンドを描き出すべきである。

たとえば、ウクライナ侵攻にしても、それに先立つ2014年のクリミア併合、2008年のロシア・ジョージア戦争の延長線上だといえる。

歴史の影は歴史の光から生まれる。見落としてはならないのは、もう1つの流れである。1991年にソ連がロシアと14の国に分裂して以降、西側のNATOへの加盟国が増大した。1991年にはチェコ、ハンガリー、ポーランド、2004年にはエストニアを含む7カ国が、2009年にはアルバニアとクロアチア、2017年にはモンテネグロ、2020年には北マケドニアが加盟した。これを歴史の光だとしよう。

西側諸国にとっての光は、その対局にある世界においては影となる。ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)への加盟方針を打ち出した2019年が1つの契機になり、歴史の影が生まれた。

未来で何が起こるのかを完全に予測しようなどと思ってはならない。不確実性を完全に取り除くことはできないからだ。むしろ、曖昧性を許容し、どのような変化が起こりうるのかについて心構えと準備ができていることが大切である。

以下では、拙著『ゼロからつくるビジネスモデル』で紹介した、未来洞察の手法を紹介する。

ヤヌス神に問う、企業の危機管理

未来洞察をするフレームワークの1つに、ヤヌスコーンがある。これは、スタンフォード大学デザインスクールで紹介されている手法で、タマラ・カールトン教授たちによって開発された。民間企業はもちろん、アメリカ政府の国防にかかわるワークショップでも活用された実績のあるフレームワークである。

このフレームワークは、過去と未来の双方に目を向け、過去に起こった出来事から将来起こりうる出来事の洞察を得ようとするものである。ヤヌスという名は、ローマ神話の門の守護神に由来する。ヤヌスは2つの顔を持つ双面神で、入り口と出口、過去と未来を見ることができるという。


ヤヌスコーン。中央の交点が現在、左は過去、右は未来の領域を示す
(出所)井上達彦『ゼロからつくるビジネスモデル』p.206

左は過去の領域とし、右は未来の領域として、それぞれコーン(三角錐)で示す。過去の出来事は双方が交わる現在に収束していく。そして、未来に向かって広がっていくのである。

一見すると、無関係に見える出来事であっても相互に関連しあって将来を形作るものだ。このフレームワークを使うことで、関心のあるトピックのトレンドを理解できる。また、関連する出来事を並べることで、その中にパターンを見いだせるようになる。

拙著『ゼロからつくるビジネスモデル』では、ビジネスチャンスをつかむための枠組みとして紹介したが、これは将来のリスク管理にも大いに役立つ。

ヤヌスコーンには3つの特徴がある。

(1)過去のトレンドから未来を洞察する

1つ目は、過去のトレンドから未来を洞察している点だ。より遠くの的を矢で射るには、より大きく弓をひく必要がある。これと同じように5年先を見据えるためには10年以上前の過去を、10年先を見据えるためには20年以上前の過去を振り返るべきであろう。

(2)簡便さを武器にしている

2つ目は、これがイベントベースの簡便さを武器にしたフレームワークだという点だ。トレンドを示した折れ線グラフを作成するには、データを取って数値化して集計を取る必要がある。政府などが統計を取っていればよいが、当該ビジネスに関係するデータが必ずしも手に入るとは限らない。

ヤヌスコーンは、普段の業務で見聞きしたことを書き出すだけでトレンドが見えるため、データの数値化や統計が必要ない。きわめて使い勝手が良いフレームワークなのである。

(3)複数のトレンドから全体を示す

3つ目は、複数のトレンドから成る全体を示すという点である。ヤヌスコーンは、印象に残った出来事を記入しながら未来を洞察していく。断片的な事実を多面的に洗い出し、事実を点として配置して線で結ぶことによってトレンドを描きだす。

一般的な未来洞察というのは、業界動向や市場統計など、定量的な数値データが中心で、折れ線グラフなどによって示されるものだ。どうしても一本の線形的な未来をイメージさせてしまうので、全体像が見えにくくなってしまう。

優れた経営者が押さえるべきポイント

トレンドが見えてくれば、それらが相互に影響を及ぼし合うという可能性を探る。特に、複数の流れが1つに収束していくような兆候は見逃してはならない。未来についての洞察がよりはっきりとするはずだ。

歴史は一直線に伸びるとは限らない。断続的に変化するポイントがあるものである。それは、突然現れた特異点ではなく、過去から継続する複数のトレンドが交わりあって生まれたポイントである。あるトレンドと別のトレンドが合流すれば相乗効果的に変化が進むことだろう。逆に、お互いにぶつかり合うようなことがあれば、停滞するかもしれない。

未来というのは、的確に予測することはできない。しかし、どのようなことが起こりうるのかの可能性をイメージすることはできる。経営者は、自社の経営に関係するトレンドの分析を怠らず、将来の脅威と機会に備えるべきである。

ところが、多忙な経営者は、なかなか未来まで見据えるのが難しい。一般的な経営者は、業界の動向をつねに気をかけていても、受け身の姿勢で適応するので精一杯であろう。未来に対して漠然としたイメージしか持つことができず、対応が後手になりがちである。未曾有の危機に直面し、大きく業績を落とし、最悪の場合は破綻してしまう。

これに対して優れた経営者は、能動的な姿勢でリスクマネジメントを行う。変化の先取りをするか、何かあったときにすぐに即応できるようにして、事前に準備するわけだ。ここではそのための3つのポイントを紹介する。

(1)定点観測を行う

優れた経営者は、自身の事業にかかわりのある出来事についての定点観察を行っている。ポイントを定めることで「変化」が見えやすくなるし、事情がよくわかっているから見誤らない。彼らは変化そのものではなく、その背後にある重大なトレンドを読み取ろうとする。

(2)自身の感覚とのギャップ

優れた経営者は、自身の感覚とのギャップを大切にしている。「なぜ若者たちは購買意欲が低いのか」「なぜ、これほどまでに従業員を大切にする社会風潮に変化していったのか」といった素朴な疑問が、重要なトレンドを探り当てるきっかけとなる。何に注目すればよいかがわかれば、具体的なイベントを拾い出すことができるからだ。

(3)イベントとイベントを線で結ぶ

最後に、優れた経営者はある出来事と別の出来事とを線で結ぶ。「気づき」と「気づき」を線で結べばトレンドが浮き彫りになる。健康への関心の高まりでいえば、2005年のメタボ基準の制定、2014年の健康経営銘柄の登場、そして、2015年の大手広告代理店での過労死を線で結ぶということだ。

無関係に思える出来事でも、何か大切なトレンドを象徴している可能性がある。そして、複数のトレンドの交わりやぶつかり、相乗効果や相反関係を評価する。

トレンドをつかむための4つのアクター

卓越した経営者は、一般のビジネスパーソンが注目しないような出来事にも注目する。それはささいな出来事かもしれないし、業務とは一見直接関係ないような出来事かもしれない。現在のビジネスの枠を一歩超えて視野を広げ、潜在的に重要なトレンドを見定め、環境の変化に備えるのである。

どのようにすれば、潜在的に重要なトレンドを見極めることができるのか。スタンフォード大学の未来洞察のプログラムでは、視野を広げてイノベーションを生み出すための社会ネットワークを築くように促す。大切なのは次の4つのアクターである。

(1)カタリスト=触媒してくれる人

カタリストとは、あなたに洞察、気づき、あるいは刺激を与えてくれる人のことだ。彼らと接することで視野が広がり、一見すると自身のビジネスとは直接関係のないような出来事やトレンドに目を向けることができる。

(2)コネクター=つないでくれる人

カタリストはどこにいるのか。良い縁結びを促す人がいて、初めて意外な人との出会いが促される。コネクターとは、他者への引き合わせを通じて、あなたのアイデアや行動を促進してくれる人のことである。

(3)イネーブラー=実現してくれる人

イネーブラーとは、アイデアの実現に向けて直接的な行動をとってくれる人のことだ。せっかく未来洞察からアイデアが得られたとしても、それが実現できなければ意味がない。組織において権限をもって資源を動かせる人の協力が不可欠なのである。

(4)プロモーター=周知してくれる人

プロモーターとは、他のネットワークにあなたのアイデアやあなた自身を広く売り込んでくれる人のことだ。顧客や社外のパートナーの協力が必要なオープンイノベーションでは特に重要な役割を果たす。

追い詰められたときこそ、視野を広げる

人間は追い詰められるほど、近視眼的にもなり、創造的な解決策を見つけられなくなる。四六時中、喫緊の課題に悩まされ、そればかりに向き合っていると、探索の範囲が狭められてしまう。その段階で考えうる「答え」に縛られ、それに関連するトレンドしか探さなくなる。

しかし、そんなときにこそ視野を広げる必要がある。「触発する人」や「つなぐ人」との交流が活発になれば、これまで見えなかった出来事やトレンドが見えるようになる。大切でなかったものが、大切に思えるようになる。

ヤヌスコーンを描くにあたって、すべてを自分で調べ、描こうとしてはならない。蛇の道は蛇、その道の専門家に聞いて、簡便な方法で複数のトレンドを描き出せばよい。まず自分のビジネスにかかわる出来事から、次に、視野を広げてほしい。より遠い未来に備えることができるはずだ。

線としてのトレンドが見えてくれば、それらの線が相互に影響を及ぼし合う可能性も評価できる。複数の流れが1つに収束していくようなトレンドは見逃してはならない。大きな流れを意識することで、未来についての洞察ができるようになる。

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