社長が「会社売却」を真剣に考える、よくある5理由 その「一世一代の決断」は「会社」を救えるか?

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/執筆:藤井一郎』(初出日:2021年6月23日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

元々は三菱商事で商社マンだった藤井一郎氏は、M&A業界に転身して約15年間、M&Aコンサルタントとして数多くの中堅・中小企業のM&A案件を担当し、譲渡価格で200億円超の案件も成約に導いてきた。現在は新進気鋭のM&A仲介会社インテグループの社長として、コンサルタントに対する助言および経営業務に専念している。

「中小企業M&Aの最新の動向を盛り込み、中小企業のM&Aに関わる方々にとって最も役立つ入門書をつくりたい」との思いから、「買い手」「売り手」「仲介会社」「ファンド」などさまざまな視点ですべて公開した『M&A仲介会社の社長が明かす中小企業M&Aの真実 決定版』を上梓した藤井氏が、「社長が会社売却を考える5つの理由」について解説する。

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売却を検討する理由は「後継者不在」だけではない

現在、「後継者不在による事業承継」が中小企業の大きな課題となっており、経済産業省では、「黒字廃業」を防ぐために年間6万件の「第三者承継」を目指すとしています。

しかし、中小企業のオーナー社長が「子どもや社員」に継がせるのではなく、第三者への承継を選ぶ理由は「後継者不在」だけではありません

中小企業のオーナー社長が会社を売却する理由は、大きく5つに大別されます。本記事では、5つの理由について解説していきます。

【売却理由①】「後継者不在」のため

1つめの売却理由は、一番大きな課題になっている「後継者不在」です。

社内に親族などの後継者がおらず、かといって会社を清算すると従業員や取引先に迷惑をかけるため、「譲渡によって事業承継をはかる」ケースです。

帝国データバンクの調査によると、国内企業の社長の平均年齢は約60歳で、そのうち3分の2の企業は後継者が決まっていないという状況が続いています。

病気や家族内の介護の問題がきっかけとなったり、また第2の人生、ハッピーリタイアを志向したりして、売却を決断するオーナー社長が増えています。

2つめの理由は「創業者利益の獲得」です。

【売却理由②】「創業者利益の獲得」のため

30代から50代のまだ働き盛りの経営者が「いったん会社を売却して、それで得た資金で別のことをしたい」または「アーリーリタイアしたい」ケースです。

実際には、日本ではアーリーリタイアを望む人はまだまだ少なく、次にやりたいことが決まっているかどうかは別として、「資金を得て別のことにお金を使いたい」という動機がほとんどです。

次のことが決まっていない場合は、売却したあとに今度は買い手に転じてM&Aによる買収を検討する、ということもよくあります。

「事業の立ち上げは好きでやりがいを感じるが、いったん出来上がったビジネスを管理することにはあまり面白みを感じないため、一度売却してまた新たな事業をしたい」という経営者が、「創業者利益の獲得」を志向します

欧米では会社を売却できることは「成功者の証」

多くのベンチャー企業の社長がIPO(新規株式公開)をひとつの目標として目指したとしても、実際に国内でIPOができるのは年間100社程度と狭き門です。

M&Aによる売却によって創業者利益を得ることは、ベンチャーの本場であるアメリカでは当たり前のこととして受け止められています。

ベンチャーキャピタルが投資したアメリカ企業において、エグジットの際のIPOとM&Aによる売却の割合は、1対9でM&Aによる売却がほとんどです。アメリカでは、「はじめから大手企業への売却を目指して創業する」こともよくあります。

日本では売却を目指してベンチャー企業を立ち上げるということは、まだ一般的ではありませんが、IPOが現実的には非常に狭き門であるなか、売却が創業者利益を得ることの最も現実的な手段になってきています。

自分の会社を売却して新たなビジネスを始めるなど、何度も新しいビジネスを手掛ける起業家は、欧米では「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」と呼ばれていますが、日本でもシリアルアントレプレナーは徐々に増えてきています。

中小企業は、なかなか規模のメリットが働かず、取引先に対する交渉力も弱いため利益率が低くなりがちです。そうすると、ひとたび不況になったり、経営判断のミスがあったりすれば、すぐに倒産の危機に陥ってしまう場合があります。

また、人口が減少している日本において、多くの業種が不況業種となっており、「先行き不安や業績不振により売却を希望する」ケースが増えています。

「売上が急拡大」しても「不安」が増すことがある

【売却理由③】「先行き不安」と「業績不振」

当面はまだなんとかなるとしても、不透明な経済環境の中、将来にわたって独力で会社を運営していくことに不安を感じ、資金力がある大手企業の傘下に入ったほうがいいと考える経営者もいます。

将来に対する不安は、業績の悪い会社の経営者だけの悩みではありません

売上が急拡大してくると、運転資金の増加や新規の投資のために借入金が膨れ上がってくることがあります。

通常、オーナー社長は借入の個人保証をしますので、「もし将来、売上が下がれば本当に借入が返せるのか」と不安になる経営者もいます。

構造的に業績不振が続いていて、再生支援のスポンサーを探すというケースもあります。借入金が過大で返済の目途も立たない場合は、法的整理も含めて検討することになります。

好んで再生案件に投資するファンドや事業会社もありますが、彼らも当然経営再建できる可能性が高い案件にしか投資しませんので、技術、顧客、商圏など何らかの「大きな強み」がないと売却は容易ではありません。

【売却理由④】「選択と集中」のため

複数の事業を行っている企業による、「ノンコア(非中核)事業」や「子会社の売却」です。ノンコア事業の売却により資金を獲得し、コア(中核)事業に経営資源を投下していくことになります。

欧米では、経営している複数の事業をポートフォリオとして考え、売上や利益、成長性などで社内の基準を満たさなくなった事業は撤退や譲渡によって入れ替えをはかり、恒常的に選択と集中が行われています。

日本企業もノンコアの事業・子会社の売却をもっと真剣に検討するべきです。なぜなら、一般的にM&Aは買い手より売り手のほうがリスクも低く、満足度も高くなるからです。

買い手は買収した会社がうまくいくかどうかはわからず、成功もあれば失敗するケースも当然ありますが、売り手は契約違反によって損害賠償請求を受けないかぎり、売却した時点でお金が入り利益が確定するためです。

最後は、オーナー社長が純粋に会社の発展や従業員の将来を考えたときに、自分が経営を続けるよりも、「よりよい環境、よりよい経営者のもとで会社および社員の成長を目指すべきであると考え、売却に至る」ケースです。

【売却理由⑤】「会社の発展」と「社員の将来」を考えて

資本力があり、大企業の顧客基盤をもつグループに入ることで、より大きな仕事をすることを望んで、経営権を譲渡してグループ入りすることもあります。

また、個人商店から従業員が徐々に増えてきて、「企業」に脱皮する過程において、自分の手には負えないと感じて、「しっかりとした会社に経営を任せたい」といって譲渡を望む経営者もいます。

これは後継者がいない、お金がほしい、また業績の不安があるというのが売却の主因ではありません。先代社長から経営を引き継いだ2代目(以降)の社長がこのような判断をする傾向があります。

この場合、いつまでに売却しなければならないということはないので、必ずしも売却ありきではなく、あくまでいい相手先があれば、売却、経営統合を検討するということもあります。

「最後までわからない」のがM&Aの世界

中小企業のオーナー社長が会社を売却する理由は本記事で紹介した5つに大別されますが、売却理由は完全にどれかひとつに分類できないことも多くあり、2~3の理由が合わさっていることもよくあります。

売却にはさまざまな理由がありますが、売り手にとって自らの会社を売却するということは「一生に一度あるかないかのこと」であり、よくよく考えたうえでの決断です。しかし、売り手と買い手が出会い、相思相愛になったとしても、売り手は「感情的な問題」で、売却をとりやめることがあり、「最後までどうなるかわからないのがM&Aの世界」です。

したがって、M&Aを進めていく中で、買い手としては、売り手のオーナー社長の感情に配慮した交渉や対応(断るときでも)が求められるのが、M&Aの世界なのです。

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