どうなる、日本のカーボンクレジット市場 企業に求められる戦略とは

[Publisher] 日本ビジネス出版

この記事は、日本ビジネス出版『環境ビジネスオンライン』(初出日:2022年5月9日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

COP26以降、注目を集めるカーボン・クレジット市場。しかし、価格・内容はまちまちで認証機関も乱立するなか、自社の目的に合致した質の高いクレジットを選んで購入することは難しい局面にある。日本国内における排出権取引制度の現状と今後の方向性について、伊藤忠総研副主任研究員の岩坂英美氏に聞いた。

まずは自主的な取り組みから

排出権取引制度として一番に頭に浮かぶのは、キャップ&トレード(排出量の上限を定めて取引する)原則に基づいた欧州のEU-ETS。日本では、一部、東京や埼玉で緩やかなキャップ&トレード制度を導入しているものの、政府がキャップをはめるカタチで規制し、それを超える分と足りない分を取引するという明確な市場はないのが現状。国として、キャップ&トレードを導入するか、炭素税を課すかは議論中だ。

経済産業省が気候変動分野をリードする企業群を生み出す目的で『GXリーグ』を創設する予定だが、ここでの排出権取引は政府が規制をはめるものではなく、企業の自主的な取り組みにとどまる。ただし、この自主的な『GXリーグ』も、進捗が芳しくない場合には強制的なシステムとなる可能性は残されている。

「強制的なものを作った方が日本の目標への道すじもきちんと立つのでしょうが、産業界の反応を考え踏み切れない部分がありますので、まずは自主的な手上げで状況を見ようということかと思います」と伊藤忠総研の岩坂氏。

一方、世界では民間主導のボランタリークレジットの取引量が増えている。日本政府のJクレジットの累積発行量が約700万トンなのに対し、世界で最も流通しているVCS(Verified Carbon Standard)は約8億トンにのぼっている。

こうしたボランタリークレジットを含めた、国内での適切なクレジット活用のあり方について、現在、経済産業省の『カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会』で検討がなされている。年央に向けて、クレジットの需要・ 供給・ 流通面の課題及び方向性を整理したレポートがとりまとめられる予定となっており、企業にとって一つの参考になると考えられる。

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図1 クレジットメカニズムの種類と例
出典:伊藤忠総研(Wold Bank “State and Trends of Carbon Pricing 2020”より作成)

『GXリーグ』での排出権取引

『GXリーグ』では、参加企業が1.5°C目標の実現に向けた目標設定と挑戦を行い、取り組みを公表するプレッジ&レビュー方式を取り入れる。CO2排出削減については、目標に達しない場合クレジットの活用を行えるよう、国内でクレジット市場を作っていくという建付けだ。

ただ、議論は複雑化しており、サプライチェーン全体を巻き込んだカーボンニュートラルの実現や、生活者の意識や行動変容までを含めた、広い範囲への取り組みへと発展。現在は賛同企業を募集しており、今後2023年4月以降の本格稼働に向けた実証試験、ルールメイキングを進めていく予定だ。

『GXリーグ』でやり取りされるクレジットは、国際的に議論されている基準をクリアしたものにしていくことが重要な観点。ただ現在、国際的な基準についても、自発的炭素市場拡大に関する国際タクスフォース『ICVCM(前TSVCM)』などが議論している最中で、その結論を待って日本市場でやり取りする制度にも反映していく必要がある。クレジットの質を担保しなければ、国内市場を作っても意味がなくなってしまう。

CO2排出量の削減については、産業ごとで課題も取組みも違うが、『GXリーグ』に早くから賛同することのメリットとしては、ルールメイキングの時点から関われるという点で、自社の経営にはプラスに働くことが予想される。

世界から批判されないオフセットを

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図2 ビジネスとしてのクレジット創出イメージ
出典:伊藤忠総研

世界では様々な環境団体から、クレジットを買って企業の排出量をオフセットすることについて批判の声も上がっている。ただ、2050年を見据え、企業がどうしても削減できない分についてクレジットを活用せざるをえない状況にあるのは事実だ。

「現状、技術革新が追い付いていないところについては、実質的にクレジットを活用していくといった国際的な潮流はあります。まずは、批判されないようなオフセットを行わなければならないというのが大前提としてあります」。

企業は、ネットゼロ宣言や2030年までの目標を立てた上で、すぐにオフセットを考えるのではなく、まずは、エネルギー効率の改善や省エネ、再エネを活用したエネルギー転換などにより、極力低炭素化していくことが必要だ。その上で、2050年にどうしても残ってしまうものについて、クレジットを活用する。もしくは、製鉄のように技術革新までにもう少し時間がかかるものについては、新たな技術ができるまでの間に出るものについてオフセットするという順序が重要となる。

「カーボンニュートラル期に残った排出量をオフセットするという中長期的な視点で見れば、再エネや省エネなどの排出削減系のクレジットより、植林やDACCS、BECCSといった、大気中の炭素を吸着、削除する炭素吸収・除去系クレジットを活用することが望ましいと言えます」。

クレジットの質については、現在、国際的な議論と整理が行われている最中だが、足元でもすでに、炭素吸収・除去系クレジット価格は、排出回避・削減系(REDD+や再エネ等)のクレジット価格を上回っている。2021年8月時点の平均価格は、排出削減系のクレジットが1.71ドルなのに対し、炭素吸収・除去系クレジットは7.98ドルで、さらに上昇の兆しを見せている。

「オフセットをする企業が増えるに従い、どのクレジットでオフセットしたのかという内容が問われるようになっていきます。国内外へ様々な情報を開示していかなければならない時代、本質的にCO2を除去したり、人権に配慮しているといったクレジットの質が問題になっていきます。企業においては、国際的な議論の状況を鑑みつつ、自社の方針において、どの程度の割合をどのクレジットに振り向けるかといった戦略が必要になっていくかと思います」。

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