SDGsとGDPは両立できる?の問いがズレている訳 オードリー・タンが語る「169分の1」

[Publisher] 東洋経済新報社

この記事は、東洋経済新報社『東洋経済オンライン/撮影・執筆:近藤弥生子』(初出日:2022年3月12日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

環境問題や脱炭素について語られることが増えてきています。そこでよく問われるのは「経済を成長させながら、環境問題やSDGsのゴールを達成させることができるのか」ということです。台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タン氏に、この問いについて聞いてみました。『まだ誰も見たことのない未来の話をしよう』(語り手 オードリー・タン 聞き手 近藤弥生子)より抜粋して紹介します。


オードリー・タン氏が語るSDGsの本質とは?(撮影:近藤弥生子)

〈SDGs〉の達成について語る時、よくとりざたされるのが〈GDP(Gross Domestic Product、国内総生産)〉、つまり経済成長とのバランスのとり方です。地球上で暮らす人類を誰も取り残さずに私たちの未来を創ろうとする時、現代の経済成長を目指した市場経済との間には矛盾があるという指摘ですね。

その答えはとてもシンプルで、「〈GDP〉は〈SDGs〉に169あるターゲットのうちの一つでしかない」ということです。169分の1ということですね。〈GDP〉も大事ですが、他の169のターゲットも同じように大事なのです。

もしかしたら皆が〈GDP〉のために費やす時間も169分の1でいいのかもしれません。

公共の議題について討論する時、これまでの私たちは〈GDP〉を用いて政策を計測してきました。一つひとつの政策が終わる時、その年の〈GDP〉にどのくらい貢献できたのかが問われます。貢献しないわけにはいかないということですね。

でも、〈GDP〉を追求する時に、それが温室効果ガスの増加にどれだけ影響を与えてしまうのかを問う人はほとんどいませんでした。皆が〈GDP〉が下がるのは悪いことだと思っている、それは私も理解できます。でも温室効果ガスの増加だって、十分悪いことですよね。その悪さは同じレベルで、どれも169分の1です。ただ、実際には温室効果ガスの削減は数倍重要だといえなくもないのですが。

社会や環境の破壊は、経済損失よりも大きな痛手

一般的に「〈GDP〉をこれ以上下げてはならない」というラインを〈ボトムライン(Bottom Line)〉と呼びます。商業社会においても、企業経営で税金などを引いた後の純利益を〈ボトムライン〉といい、株主に損をさせないよう、「我々の今年の〈ボトムライン〉はこれで、これを下回ってはならない」などといった形で使われています。

私がここでお伝えしたいのは、〈SDGs〉は私たちに〈ボトムライン〉は一つではなく、さまざまな種類があると教えてくれているということです。

いわゆる「普通の商業社会」にだけ〈ボトムライン〉があるわけではなく、仕事を求めて台湾に出稼ぎに来た人々を攻撃してはならないことや、大気圏のオゾン層を破壊してはならないこと、地球温暖化をこれ以上進めてはならないことにもまた、〈ボトムライン〉があるのです。

これは古いものを否定しているわけではなく、古いものだけで解釈していては成り立たないということを意味しています。そして、どれも同時にやり遂げる必要があります。少なくとも「経済」「社会」「環境」の三つ、〈トリプル・ボトムライン(Triple Bottom Line )〉だけは達成しなければなりません。

重要なのは、純利益が下がって損失を出すのと同じように、社会や環境を破壊することもまた損失であるということです。あなたが環境を破壊する方法で事業を営めば、後世の人々が事業を興すための資源がなくなってしまいます。

台湾にはこれを表す「竭澤而漁」という諺があります。大きな池や湖に棲むすべての魚を一度にすくい上げられたら、多くの魚を売りさばいてすごく儲かった気がするものですが、その場所には魚がいなくなってしまうので、二度と同じことは起こらないという意味です。今後、その人の子孫たちがその場所で魚を獲る可能性を摘んでしまうことになるのです。

ですから、まずは私たちが「短期の経済成長を追求することで未来の経済の可能性を犠牲にすること」を“損失である”と捉えられてはじめて、経済成長と環境保護の両立についての対話が始められるでしょう。もし私たちが後世を犠牲にして、現代を豊かに生きることを“利益を出した”と呼ぶのなら、私たちが他にどれだけ環境によいことをしても相殺され、すべてはなかったことになってしまうでしょう。

何かを手放さなければ〈SDGs〉を達成できない?

「〈SDGs〉の達成と経済成長は両立しないのではないか?」と、その狭間で悩む人もいるかもしれません。私たちは日々さまざまなものを生産しすぎていて、そもそもそれらを生産しなければ、消費も廃棄も起こらず、地球への負担が減らせるのではないかといった指摘もあります。

そのヒントとして、台湾はゴミのリサイクル率が非常に高いということが挙げられます。「ゴミのリサイクル率が非常に高い」という前提がある時、「ガラス瓶を製造すべきではない」という意見はあまり論理的ではなくなりますよね。なぜならガラスの瓶は一時的に瓶の形状をしているだけで、回収された後にまた熱せられて、今度はアート作品に変わることもできるからです。

けれど、もし良好なリサイクルの循環ができないのであれば、それはとても残念なことです。

つまり、すべては「その資源がリサイクルできるようコントロールできているかどうか?」によるのです。コントロールの精度が高ければ高いほど、現在は暫定的にとある形状で生産されていたとしても、後世の人々に影響することはありません。けれどリサイクルされないまま地面に埋められてしまったら、子孫たちはそこに資源があることを知らないまま、掘り起こすこともできないでしょう。そうした前提であれば、確かに「最初から生産すべきではない」という議論が必要になるかもしれません。

ちなみに、モノの中には「リサイクルすると価値が高まるもの」も存在します。そうなれば、より多くの人々がリサイクルしようとするようになるでしょう。携帯電話に使われていた金属がオリンピックのメダルに使えるとなると、皆が喜んで集め始めて、その価値はとても高くなりますーーそもそも携帯電話に金属を使うべきだったのかどうかは疑問が残りますがーー。

反対に、リサイクルのたびに価値が減少し、ある時点でリサイクルのためのコストがその価値を上回ってしまうと、誰もそれをリサイクルしようとしなくなりますよね。

〈GDP〉は国内総生産を表す指標としてこれからも使い続けられていくでしょうが、社会には人が幸せであるかどうかとか、〈GDP〉以外にもっと重要なことがありますよね。

それらの指標はたとえば、きれいな水が飲めていること、よい教育を受けていること、自分の能力を発揮できていることなどの項目によって構成されているのかもしれません。測るものによって、指標やその測り方は異なりますよね。

私にとっての指標とは、「共通の価値観」のように、皆で一緒に創り出すものです。

私個人が特定の議題を大事だと思うかどうかは重要ではなく、皆が討論を重ねる中で、「社会が『これが大事だ』と思える共通の価値観を見出していくこと」です。

〈SDGs〉は世界共通の価値観

もし私が「これは大事なテーマだ」と思ったとしても、社会がそれを大して重要だと思わないのであれば、それはおそらく私自身の問題です。その場合、私はまず先に自分が重要だと思っているテーマを同じように重要だと思っている人々を探し出すべきですね。そして、そのコミュニティの中で、そのテーマの重要性や、伝え方について討論していくことが大切です。

「皆がこのテーマを重要だと思っていなくても、私が重要だと思うから、皆にやれと命令する」ということでは、まったく意味がありません。

「共通の価値観」の形成には、これまでもプラットフォーム〈Join〉や、AIによる合意形成アルゴリズムシステム〈Pol. is〉などを利用してきましたし、最近では若者間での討論会〈Let’s Talk〉で心理カウンセリングや遠隔心理医療について話し合っています。そして、こうした話し合いで出された結論は、現役の専門家たちにどう思うのかを聞いてみるようにしています。そこでさらに「共通の価値観」を見出すことができれば、次は「何か一緒にできることはないか?」といったように、対話を重ねていくことができますからね。

そうした意味で、〈SDGs〉は世界共通の価値観だといえます。

「共通の価値観」を見出し、それをより多くの人々に伝えたいと思った時、私はよく「ソーシャルイノベーション」を用いることをおすすめしています。

本来であればそのテーマについて討論するはずもなかった人々が「ソーシャルイノベーション」によって新たにつながることができるからです。
たとえば私が今着ているジャケットは、回収したデニム生地をアップサイクルすべく、デザイナーが現代にフィットするデザインを考え、出産や介護などさまざまな理由で仕事から離れていた地元女性たちに裁縫を依頼して作られたものです。

そこに「ソーシャルイノベーション」があったからこそ、もともと一緒に仕事をしているわけではなかった人々が「共通の価値観」を見出し、ともに能力を発揮することができています。

これまでの考え方の延長線上で〈SDGs〉の17のゴールを同時に達成しようとすると、難易度が高いと感じるかもしれません。ですがそこに「ソーシャルイノベーション」の概念が浸透するだけで、〈SDGs〉という世界共通の価値観を実現する可能性を無限に広げることができるのです。


まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう』 (SB新書)

環境エネルギー事業・サービス

法人のお客さま向け事業・サービス

サステナビリティ

ページの先頭へ

ページの先頭へ