東南アジアにおけるフィンテックサービスの普及動向

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[Publisher] e27

この記事はe27のKay Banzonが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comにお願いいたします。

金融包摂(誰もが金融サービスを利用できるようにすること)の推進においてはフィンテックが重要だと指摘する記事は、数え切れないほどあります。ほぼ誰もが金融サービスを利用でき、国内外の金融システムに参加できるようになる状態を目指し、その手段の創出に取り組む革新的なスタートアップも台頭しています。

ところが、フィンテックを初めて使うという人にとって本当に使いやすい金融サービスは、現時点ではあまり多くないのではないでしょうか。特に、ブロックチェーンや暗号通貨を活用したサービスは、ハードルが高いものが多いのも現実です。アカウントを作成して利用するというプロセスも、モバイルアプリやウェブサービスを使い慣れていない人々にとっては、あまり分かりやすいものとはいません。

世界銀行のウェブサイトの金融包摂に関するページには、次のように書かれています。「取引口座があれば貯蓄ができるほか、お金を送ったり受け取ったりすることもできるようになります。そのため、取引口座を持つということは、金融包摂の推進の第一歩となります」。

しかし、最新式のスマートフォンに慣れておらず、メールのアカウントも持っていない人々にとっては、この第一歩さえも簡単ではないのです。

理想的なフィンテックサービスとは?

ブロックチェーンを活用するような高度なフィンテックサービスとしても、理想的には、現金と使い勝手がほぼ変わらないものであってほしいものです。どこでも利用できる万国共通、あるいは少なくとも国内共通の通貨として使える状態が望ましいでしょう。必要なのはお金だけで、あとはそれを使って買い物をしたりサービスの料金を支払ったりすることができる、というのが理想です。

多くの決済システムでは、インストール型もしくはオンライン型のアプリ(eウォレット)が必要で、それを財布として取引が行われます。Eウォレットを取得するにはアカウントの新規登録が求められますが、その過程では、メールアドレスやSNSのアカウント、電話番号などが必要になります。こうした手順は、簡単にできるものでなければ取り残される利用者が出てしまいます。

Eウォレットのアカウントを作成したら、同じウォレットを使っている人か、別のウォレットや銀行口座を持っている人から送金を受けてチャージ(アカウントにお金を追加)することになりますが、このプロセスもシンプルでなければなりません。また、送金センターやインターネットキオスク(公衆の場に設置されているインターネット接続のための情報端末)など、従来の送金手段を通じてチャージできるオプションも用意しておくべきです。

さらに、フィンテックにおける取引の手数料を、従来の金融サービスよりもずっと低く設定することも重要です。また、不安の種になる法規制の壁もあってはなりません。

克服すべき三つの壁と解決策

残念ながら、こうした理想を実現するのは実質不可能です。金融包摂の推進を阻む障壁として、特に重要なものは三つあります。それは、ユーザビリティ、利用者の不信感、そして政府の規制です。

障壁:ユーザビリティ

ブロックチェーン企業の多くでは、アカウントの登録プロセスを簡単かつスピーディーにする取り組みをすでに行っています。例えば、新たにローンチされたMaiarのEウォレットは、電話番号だけで登録できるようになっています。ユーザーはただ、アプリをダウンロードして、アプリ上で電話番号を入力してアカウントの新規登録を行い、認証コードを待つだけで良いのです。コードを入力したら、あっという間にアカウント作成の完了です。

ですが、アカウントの登録は、はじめの一歩にすぎません。モバイルアプリの利用に慣れていない多くのユーザーにとって、実際にお金を受け取ったり送ったりするプロセスは難しすぎることがあります。

例えば、ウォレットのIDを安全に保管するという問題があります。こうしたIDは、文字を長々とランダムに連ねたものなので、覚えるのは不可能です。また最適化されていないアプリでは、取引の最中にデータが壊れてしまう可能性も生じます。

解決策:シンプルで使いやすいシステムと、利用者への啓発

ブロックチェーンを活用したEウォレットのサービスの使い勝手を、もっとシンプルにするにはどうすれば良いでしょうか。ここでも、Maiarが参考になります。Maiarは、すぐに登録できることに加え、送受金のプロセスをメッセンジャーアプリに似せることで、ユーザビリティのさらなる向上を図っています。

Maiarのユーザーは、長たらしいウォレットIDを使う代わりに、Maiarのアプリ内でウォレットIDを連絡先情報に紐づけることができます。知らない人とやりとりするときに電話番号を教えたくないという人もいることを踏まえ、転送用の番号(エイリアス)を作成するオプションも用意されています。Maiarでは、こうしたエイリアスは「@herotags」と呼ばれ、Elrondの高速ブロックチェーンで運用されています。

チャージに関しては、最初に使うサービスとして理想的な、使いやすい仕組みを提供する企業が東南アジアにも数社あります。例えばフィリピンのGlobe Telecomでは、プリペイドで購入した携帯電話のデータ通信量をGcash(Eウォレット)に交換し、Coins.phなどのブロックチェーンアカウントにチャージすることができます。

一方で、何もかもシンプルにできるわけではありません。ブロックチェーンに基づくアカウントの利用においては、データ通信量をプリペイドで購入するような手軽さには至っていない部分もあります。フィリピンではAMBERLabが行っているような啓発活動によって、金融包摂を進められます。

障壁:規制

Eウォレットでは、たちまち送受金に制限がかかることが多々あります。中には、認証プロセスが完了するまで、アカウントにチャージできる残高に上限をもうけているサービスもあります。

米国では金融サービス業の顧客確認に関する規制(Know Your Customer)にのっとり、政府発行の身分証明書を一つ以上提出することが求められます。そうした規制は通常、テロリストの資金調達防止に関するマネーロンダリング(資金洗浄)対策法に基づいています。

解決策:官民協働

一方、東南アジア諸国ではすでにブロックチェーン技術の採用に寛容になりつつあります。ブロックチェーンを支援するため、多くの国で規制の緩和が行われています。規制は、正確には障壁ではなく、生活者を守るためのものです。政府とブロックチェーン企業は、規制が障壁ではなく支えとなるように、協働することが求められるでしょう。

障壁:信用問題

生活者が新しいシステムをなかなか信用しないというのは、これまでもあった話です。お金が絡むと特に難しくなります。PR会社Edelmanによると、フィンテック製品・サービスを信用していると答える人は半分にも満たないといいます。個人間(P2P)送金やデジタル決済は信頼できると答えた人はわずか47%、ロボアドバイザーやデジタル資産運用会社のサービスを信頼している人は49%、ブロックチェーンや暗号資産の企業を信頼している人は48%でした。

解決策:普及活動

ブロックチェーン技術は東南アジア諸国ではすでに広まりつつありますが、比較的まだ新しいものとされています。同技術をベースとする金融サービスの利用をためらう人が多いのも実情です。解決策のひとつは、セキュリティーや規制の順守、価格や利益に関する透明性を担保すると、フィンテック企業が宣言するキャンペーンを行うことです。こうしたキャンペーンは、ブロックチェーンは詐欺などの不正に使われるのではという懸念に対して積極的に対話するチャンスにもなります。

例えばEウォレットサービスをグローバルに展開するSkrillは、自社のすべてのサービスについて、クレジットカードの国際的なセキュリティー基準であるPCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)のレベル1基準を満たしているとアピールしています。法定通貨から暗号資産への交換も、その対象となっています。さらにSkrillは、不正管理の強化やチャージバックによる保護を実施しているほか、顧客体験を高めるために多言語でのカスタマーサービスも提供しています。

規制は、生活者の不信感に対処する手段とも捉えられます。国際通貨基金(IMF)のトビアス・エイドリアン金融資本市場局長は、IMFフィンテックラウンドテーブルの中で次のように指摘しました。「(フィンテックについて)人々から信頼される枠組みを構築できれば、規制当局は起業家精神に刺激を与え、イノベーターの創造力を最大限に引き出すことができるでしょう」。規制当局と民間企業は、不必要に制限をかけるのではなく、信頼性を高めるような規則の策定に力を合わせて取り組む段階に来ています。

一般の人々にとって、ブロックチェーンをもっと身近に

デロイト社のレポートには、「銀行の口座を持っていない人々や銀行のサービスを利用できない人々の金融包摂を推進するにあたり、ブロックチェーンは必要」と書かれています。同様の指摘をする調査は、ほかにも多数あります。しかし、規制やユーザビリティ、コスト、信頼といった障壁がある中で、ブロックチェーンを身近なものにするには、現実的な行動が引き続き求められています。


本記事「ブロックチェーンを活用したフィンテックサービスで金融包摂を進めるには」は、e27に掲載されたものです。


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