マイクロソフトの気候変動への壮大な挑戦「カーボンネガティブ」

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[Publisher] The Guardian

この記事はThe GuardianのOscar Schwartzが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comにお願いいたします。

2020年1月、マイクロソフトの社長ブラッド・スミス氏が気候変動に対する「ムーンショット(人類初の月面着陸の実現のように人々を魅了する野心的な目標のこと)」計画を発表し、多くの称賛を集めました。

アマゾンやウォルマートなどの大企業がカーボンニュートラル(企業としてのCO2排出量が実質ゼロになること)を宣言する中、マイクロソフトが2030年までに実現を約束したのは「カーボンネガティブ」。すなわち、排出量よりも多くのCO2を大気中から除去することです。

同氏はさらに、創業年である1975年以来マイクロソフトが排出してきたCO2の総量に相当するCO2を、2050年までに完全に除去するとも述べました。

この宣言により、環境保全に取り組む人々や環境意識の高い従業員から拍手喝采を浴びたマイクロソフトですが、大きな疑問も投げかけられています。実際に、どうやって実現させるのでしょうか。

同社の計画の大部分は、まだ黎明期にある技術をよりどころとしています。またこうした動きは、石油会社との間で進行中の取引を正当化するための言い逃れではないか、という批判的な声もあります。

マイクロソフトの年間CO2排出量は、アマゾンAppleよりは少ないものの、Googleと比べると多くなっています。世界100カ国以上に15万人の従業員を抱えるマイクロソフトは、世間に名をはせるきっかけとなったWindowsやパソコン、Xboxなどのソフトウエアや消費者向け電気製品の開発に今も軸足を置いています。1990年代の全盛期を経て一時的なスランプに陥った後、現在では再びイノベーターとしての力を発揮し、世界をリードする人工知能(AI)やクラウドコンピューティング製品を開発するようになりました。

そしてマイクロソフトは、気候変動対策にもイノベーティブな手法をとろうと考えています。その一つは、『通常の企業責任計画の枠を越えて、CO2排出量測定の対象を拡大させる』ことです。

これまで、従業員の出張、社用車、自社の建物といった自社の事業運営に関わる範囲のみを対象として排出量を計算していました。

しかし今後は、自社が生産する製品寿命の全期間や、製品使用時に顧客が消費しうる電力も含めたサプライチェーン全体の排出に責任をとろうと計画しています。

一方で、この宣言には偽善だという指摘も存在し、同社の計画を慎重に吟味する姿勢も強まっています。2019年だけを見ても、マイクロソフトは大手石油会社3社と長期的な技術提携を結んでいます。そのうちの1社であるエクソンモービルは、マイクロソフトの技術を活用することで、1日当たりの石油生産量を数年以内に5万バレル増加させるとしています。これにより大量のCO2が大気中に排出されることになりますが、その分は、マイクロソフトが排出量の測定範囲を拡大した後も、その対象に含まれない可能性があります。

マイクロソフトは、このような提携は偽善的ではないとしています。移行期に石油会社が引き起こす環境への悪影響はCO2回収・除去技術によってある程度相殺できるだろうと考え、こうした技術を自社の気候変動対策に組み入れています。とはいえ、これらの技術はまだ黎明期にあり、規模を拡大してもうまくいくという確証はありません。

計画の策定を担当したマイクロソフトの関係者は、新たに気づいた事実に自ら対応しているのだと主張しています。その事実とは、CO2排出量の削減だけでは不十分で、破滅的な気温上昇を防ぐためには大気中のCO2を除去することが絶対に必要だということです。そのためマイクロソフトは、自社のすべてのデータセンター、建物、事業所において2025年までに100%再生可能エネルギーへの切り替えを果たすことのほか、大胆な目標の達成に向け、数々のCO2排出量削減施策を構想しています。

具体策としての森林保護、植林

マイクロソフトは手始めに、CO2回収のために森林保護と植林に注力するとしています。これは、排出量相殺の手段としてこれまでも長年用いられてきました。しかし同社は、リモートセンシング技術の活用により森林の潜在的なCO2吸収量を正確に予測し、自社が管理する範囲において甚大な森林破壊を防ぐことで、さらなる成果を挙げようとしています。このため、同社はシリコンバレー発のスタートアップPachama社と提携し、Pachama社がマイクロソフトに代わり、アマゾンの熱帯雨林6万ヘクタールと、米北東部に広がる2万ヘクタールの森林調査を実施します。

森林保全に取り組む非政府組織(NGO) Fernで環境運動家として活動するケルシー・パールマン氏は、最先端技術を活用したマイクロソフトの熱帯雨林保全活動について心強いと感じる一方で、保全活動は技術的な問題の枠を越えた、複雑で多面的なプロセスだと強く主張しています。「森林のCO2吸収量がどれくらいかというだけでなく、これまで誰が森林を伐採し、防ぐにはどうすればいいか、どうやって生物多様性を優先するかといった問題もあるのです」とパールマン氏は言います。

回収・貯留付きバイオマス発電への期待と課題

マイクロソフトは、2025年頃まではまず自然へのアプローチを中心に用いてCO2排出量削減に取り組めるようにしたいと計画しています。しかし2030年までに排出量を上回るCO2回収を実現するためには、CO2除去を加速する技術の確立に移行していかなければなりません。

この目標に向けてマイクロソフトが賭けているのが、回収・貯留付きバイオマス発電(BECCS)を活用した発電手段の変革です。BECCSの発電設備では、石炭の代わりにウッドチップなどのバイオマス燃料を使用します。バイオマスを燃やす際に出るCO2は、大気中に排出される前に回収され、地中深くの岩石層に超高圧で注入されます。これにより自然のサイクルからCO2を除去できるだけでなく、バイオマス燃料となる木材が成長するときにはCO2を吸収することにもなります。

ところが、バイオマス燃料で動く世界については、答えの見えない二つの疑問もあるのです。一つは、バイオマスエネルギーが本当にカーボンニュートラルであるかどうかについて、科学者も結論が出せていません。

もう一つは、石炭からバイオマス燃料に移行するには広大な燃料を生み出すための土地を確保する必要があるということです。その面積は、インド1~2国分になるという予測もあります。環境運動家のパールマン氏によると、これは、エネルギー業界は食料生産の分野と土地の確保で競争になる可能性があるということです。しかも将来的には、世界全体で100億人もの人々に食料を提供する必要が出てきます。さらにバイオマス燃料への移行は、工業的な植林地の大幅な拡大と生物多様性の減少も伴うだろうと言います。「土地利用のあり方が大きく変化し、土地の私的購入も増えるでしょう。それにより、とても危険な影響が出てくる恐れがあります」とパールマン氏は言います。

直接空気回収に賭ける

マイクロソフトのカーボンネガティブ計画に描かれた技術の中でもっとも未来的に感じられるのは、直接空気回収(DAC)かもしれません。この技術は、非常にCO2吸収効率の高い人工樹木のような働きをする機械を用いて大気中のCO2を直接取り出し、炭素ベースの無害な固体やガスに変換させるというものです。

エアコンのような機械が大気中からCO2を吸収するというイメージには興味をそそられます。しかし、大気中からCO2を直接回収するには大量のエネルギーが必要なうえ、莫大(ばくだい)なコストがかかります。2011年の時点で、大気中から1トンのCO2を抽出するのにかかるコストは600ドル(約6万5000円)でした。2018年には1トン当たり推定94~232ドル(約1万~2万5000円)に下がりましたが、マイクロソフトの予測によれば、2020年の同社のCO2排出量は1600万トンに上ります。仮にDACのみでCO2排出量実質ゼロを目指すとなれば、35億ドル(約3800億円)ものコストがかかることになります。

マイクロソフトの最高環境責任者を務めるルーカス・ヨッパー氏は、CO2除去のコストが高いままなのは、この技術がまだ成熟していないからだと指摘しています。同社は今後数十年かけてこの技術に集中的に投資し、成熟させる戦略を立てています。「まだ大きな規模になっていない、求める価格帯に達していない技術に当社は賭けています。それを実現するには、今から投資を始めなければなりません」とヨッパー氏は語ります。

ヨッパー氏によれば、マイクロソフトはすでに気候変動関連のイノベーションを支援するための資金調達モデルを社内で確立していると言います。

2012年7月、マイクロソフトは社内向けの炭素価格制度をいち早く導入しました。社内の各部門から、CO2排出量1トン当たり15ドル(約1600円)を徴収するという制度です。これにより集められた資金はサステナビリティ関連の改善策に充てられ、カーボンニュートラルという目標の達成につながりました。

この炭素価格制度はこれまで、マイクロソフトが直接的な責任を持つ範囲におけるCO2排出のみを対象としていました。同社の計画によると、今年7月からこの社内向けの炭素価格制度の対象を広げ、直接的な排出と間接的な排出の両方を含めるとしています。対象拡大後の同制度を通じて集められた資金の増加分は、10億ドル(約1000億円)の気候変動イノベーション資金とともに、回収・除去技術への投資に用いられます。「多額の追加資金をこの市場につぎ込むことで自然へのアプローチや技術の確立で価格帯と規模を、当社が求める水準に持っていこうとしているのです」とヨッパー氏は言います。

この業界に集中的に投資しようというマイクロソフトの計画は、同業界に従事する人々にとって非常に喜ばしいものです。DACに取り組む理論物理学者のクラウス・ラックナー氏は、1990年代からCO2除去こそが大幅な気温上昇を防ぐ唯一の実現可能な手段だと主張してきました。彼は、「この手法が技術的に実現可能であることは実証できましたが、それを求める人は誰もいませんでした。しかし、マイクロソフトは同意してくれました。コストはかかりますが技術が実際に活用され、ほかの企業が後を追うことになるでしょう」。

マイクロソフトが賭ける技術はまだ黎明期にあるものの、CO2回収・除去の分野はここ数年で前向きな進化を遂げています。ラックナー氏とアリゾナ州立大学は、同氏の考案したCO2回収マシンを製造するため、アイルランドのシリコン・キングダム社と協定を結びました。風力・太陽光発電所にマシンを導入し、回収したCO2を飲料会社に販売、炭酸飲料の生産に活用してもらう計画です。また英国では今年、欧州内で特に大きな汚染原因となっていたドラックス社の発電所が石炭からバイオ燃料に移行しました。

しかし、CO2回収・除去のプロジェクトの規模を拡大しようという取り組みは、失敗しているケースが多いのも事実です。ミシシッピ州のケンパー発電所プロジェクトは、米国の随一のCO2回収プロジェクトともてはやされていましたが、2017年に頓挫しました。50億ドル(約5,500億円)の予算オーバーとなり、3年延期されてもなお操業開始に至っていません。

モラルハザードは生まれないのか

決して小さくはない失敗のリスクがある中、気候変動へのソリューションとして黎明期や未来の技術に頼るのはモラルハザードになるのではないかという指摘もあります。CO2除去を約束することが、政府や主要なCO2排出主体が今すぐに行動を変えなくても良いのだと考える動機になるのではないかという指摘です。

行動を促そうと取り組むエンジニアのオンラインコミュニティーを運営するITエンジニアのクリス・アダムス氏は、マイクロソフトが大手石油企業と提携しているという事実こそ、モラルハザードが実際に起こっている証拠だと言います。「同社は石油業界が変化しなくてもいいように支援してしまっています。同時に、もしこの言い逃れともいえる挑戦に失敗すれば、世界全体が代償を支払うことになるのです」。

アダムス氏は加えて、マイクロソフトの計画に組み込まれた期待の持てるCO2削減策の多くは、環境意識の高い従業員による社内での企画から生まれたものである一方、マイクロソフトの公式なビジョンとしては認められないことが多いと言います。アダムス氏に言わせれば、目の前の積極的な行動を見過ごして未来の技術に力を入れることは、テック系企業でよくある問題への対処法です。「この10年の間、技術を利用して多くの問題に対処することで影響力を蓄積してきたマイクロソフトなら、あらゆる問題でこういった考え方をしてしまうのも納得がいきます」。

この問題についてガーディアン紙が疑問を投げかけたところ、マイクロソフトのヨッパー氏の回答は、世界の人口増加に伴うエネルギー需要に応えるには、短期的には再生可能エネルギーと従来のエネルギーの両方が必要になるというものでした。またヨッパー氏は、マイクロソフトはこれらの業界と対話を続けることで、将来的には行動を変え、より良いモデルへ移行できるようにサポートしたいと考えていると述べました。「先頭に立ってリードする存在がなければ、歩みを進めるのは非常に困難です」とヨッパー氏は加えました。

同社の計画に盛り込まれている技術の可能性については、リスクはあるものの、リスクがあるからこそ人々を挑戦に向かわせる「ムーンショット」なのだとヨッパー氏は話します。「当社の計画について、全部が全部、実現可能性やリスクを把握できているわけではありません。ただ世界全体で科学的に必要とされていることをやってみようという、それだけのことなのです」。

この記事は、アースデイ発足50周年記念として実施される気候変動ソリューション関連報道週間キャンペーン「Covering Climate Now(気候報道を今)」への参加記事です。ガーディアンは、気候変動に関する報道の強化に取り組む報道機関の世界的なコラボレーション「Covering Climate Now」のリードパートナーです。

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