世界初の完全リサイクル。人と海をつなぐウエットスーツ

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[Publisher] The Guardian

この記事はThe GuardianのLaura Snapesが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comにお願いいたします。

英国・コーンウォール北岸の険しい斜面にある村、セントアグネス。その頂上には、小さなユートピアがあるのです。そこには廃坑があり、立ち並ぶ倉庫が地元産業を再活性化させる様子を見下ろせます。ここには、海洋保護団体の草分け的存在である「Surfers Against Sewage(下水と戦うサーファー)」の本部があり、その大きなグリーンの瞳でできたロゴマークは、廃棄物ゼロのショップ「Incredible Bulk(インクレデブル・バルク)」を見つめています。その隣には、コミュニティを対象としたカフェ、食堂(キャンティーン)があります。5ポンド(700円前後)で食べられる食事が人気で、長い架台式テーブルには地元の住民が集まります。灼(や)けつくような夏の日には、崖の下が真っ青に染まる入り江やビーチに、地元住民たちが出向くことも少なくありません。

また、サステナビリティと機能性を重視した英国のアウトドア用アパレル会社、フィニステーレ社のオフィスと旗艦店もあります。15年前に会社を設立したトム・ケイ氏とオフィスの小会議室で会うことができました。そこには、甘いサーフボード・ワックスと潮の匂いが立ち込め、ケイの犬、オーティスが従業員の机の下をうろうろしていました。

ヒッピーであり、大きなビジョンを持つビジネスマンでもあるケイ氏は、フィニステーレ社の目的は「人々と海をつなぐこと」だと語ります。「海と触れ合うことは、人々に幸せや心身の健康を与え、より安らげる場所を生み出すことができると考えています」と、彼は言います。フィニステーレ社では、毎週火曜日に、スタッフがボートやサーフボード、あるいは遊泳など、各自が好きな方法で海と戯れる「Sea Tuesday(シー・チューズデー)」を設け、皆がそれに参加できるよう、就業時間を1時間遅らせています。「海を保護することの重要性を認識し、環境に対する責任感を育んでくれたらいいですね」。

多くの恵みをもたらしてくれる海。私たちは海に対して、恩返しをしたことなどほとんどないのではないでしょうか。デイビッド・アッテンボローの「Blue Planet II(ブループラネットII)」をきっかけに、海にたまった使い捨てプラスチックごみに関する議論が世界中に巻き起こりました。海とつながりが深いサーファーですが、サーファーが海に与えるダメージはほとんど報告されていません。ウエットスーツは本来、埋め立て地の補強用合成ゴムの一種であるネオプレンが素材として使われています。保温性が高く、12月のサーフィンでも体温を保つというメリットがありますが、環境にはあまりよくありません。

フィニステーレ社によると、毎年、380トンものウエットスーツが廃棄されていると言います。2017年11月、ケイ氏はこの問題に対して行動を起こすことにし、世界初のリサイクル可能なウエットスーツ「Wetsuits from Wetsuits(ウエットスーツから生まれたウエットスーツ)」というプロジェクトを始めたのです。

すでに、フィニステーレ社では生物分解可能なゴムをウエットスーツの素材に取り入れています。廃棄された漁業用網やカーペットタイルを再利用したEconyl(イタリアに本社を置く世界大手の原糸メーカー、アクアフィル社が開発したリサイクルナイロン)から生地を作っています。次に同社が目指すのは、完全リサイクル可能なウエットスーツです。「もし実現できれば、プラスチックごみの問題解決に向けて一歩前進できます。
私たちは、この問題にイノベーションという立場で深く関わっているのです」と、彼は語ります。

フィニステーレ社では、持続可能なソリューションを模索するため、世界で唯一の「ウエットスーツのリサイクルをすることは、可能だ」と宣言する人物を雇いました。

それがジェニー・バンクス氏。

彼女は、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズの原料先物取引科卒業生。「通常、このようなプロジェクトが始動するときは、1年ぐらいかけて、過去の研究結果を見直すものです。今回は、その情報を見つけるのに苦労しました。ウエットスーツの特性と構造の評価基準に関する論文は1~2本ありましたが、評価基準のほとんどはダイビング用スーツの製造が始まった1950年代の軍事品をベースにしているのです」と彼女は言います。

また、必要なノウハウは、メーカーが「門外不出」としている可能性がある、とも言います。実際に、サンディエゴの物理学者、ヒュー・ブラッドナー氏が1952年にウエットスーツを発明して以来、ウエットスーツに関するイノベーションはそれほど活発ではありませんでした。「今もリサイクルできないウエットスーツを使っているのには理由があります。それは、とにかく性能が良いからです」と、バンクス氏は言います。

従来のウエットスーツの場合、15種類もの素材が混合されているため廃棄するときに、分解することは不可能です。

そこで、フィニステーレ社は、リサイクル時に回収できるゴムなどの品質を最大限高めるため、限られた種類の材料でウエットスーツを作ることを考えました。

バンクス氏は一般的なウエットスーツを細かく刻み、構成部品の応力や耐久性の評価を始めました。「ウエットスーツの生地は、伸びすぎないという点では非常に優れているのですが、リサイクルしにくいのが難点です。これがデザインの見直しにつながりました。つまり、ウレタンを強く、かつ、リサイクルしやすくするにはどうしたらいいか?これがポイントです」。

その解決策の一つが「スキン・フィニッシュ」を使うことでした。これは、生地の中に水分が閉じ込められ、体を冷やさないように工夫した生物分解可能なゴム繊維です。しかし、この素材は議論の的です。環境への影響が理由ではありません。「スキン・フィニッシュは1970年代に使用され、レトロな素材と考えられています。スタイルの観点から、今もこの素材を使用しているブランドもあります。好きだと言う人もいれば、嫌いと言う人もいます。スタイルとサステナビリティのバランスを取る必要があります」と、バンクスは語ります。

しかし、フィニステーレ社のオフィスでケイ氏が見せてくれた試作品は、非常にシャープでデザイン性の高いものでした。レディース用のウエアはカットしにくいこともあり、試作品はメンズ用でした。

そのウエットスーツを水中でテストしてみると、厚さ3mmの夏用ウエットスーツでしたが、やや暑く、脱着しにくいのが問題であることが分かりました。ケイ氏に促されて、袖に腕を入れてみましたが、皮膚に張り付くような感覚でした。ベストなタイミングでウエットスーツを脱ぐのは、かなり難しそうです。それでも「現状の製品の中では、最もリサイクルしやすいウエットスーツです。ラミネート加工を施していないし、縫い目をなくすこともできるので、理論上は完全リサイクル可能です」と、ケイ氏は胸を張ります。

評価するべき項目は数多くあります。今後は、彼をはじめとする試験担当者は、より正確な温度状態を評価するため温度センサー付きのウエットスーツで試験する予定だそうです。

これは、リサイクル可能なウエットスーツを作るという「Wetsuits from Wetsuits(ウエットスーツから生まれたウエットスーツ)」の「上流工程」です。「下流工程には、製品がお客さまに使用いただいた後、リサイクルされずにそのまま捨てられてしまう現状」と、ケイ氏は語ります。

ここで、別の化学的なリサイクル手段が登場します。

ケイ氏は、オーストラリアの熱水処理プラント 「ReNew ELP(プラスチック廃棄物を再利用しエネルギーや素材に変える工場)」 と出会いました。触媒作用による熱加水分解を利用して、シドニーのビーチに廃棄された古いウエットスーツや海の廃棄物を分解し、バイオ原油にする工場です。フィニステーレ社が中古のウエットスーツをオーストラリアに送ってほしいと呼びかけたところ、2日で100着が集まったといいます。

バンクス氏は、この取り組みで自らが手掛けるリサイクル可能なウエットスーツそのものが不要になる可能性があるとも認めています。しかし、このバイオ原油工場に通常のウエットスーツを投入するほど、その後により多くの蒸留が必要になり、コストが高くなります。「ウエットスーツの素材をシンプルにすれば、リサイクルウエットスーツの製造工程で高品質で混ざり気の少ない素材を最大限に回収・再利用できます」と彼女は説明します。

当然、このプロセスも環境に影響がないわけではありません。「リサイクルが環境におよぼす影響と、純正品による影響のバランスを把握するため、ライフサイクルアセスメントを行うパートナーを探しているところです」と、バンクス氏は明らかにしました。

これは、フィニステーレ社の企業秘密を開示することになります。

しかし、これが重要だと言います。

「他のサーフブランドならこんなことはしないでしょう。でもこれは、業界にとって良いこと、正しいことです。それでも、経済性を示せれば追従してくるでしょう。これからの時代におけるビジネスの成長をつくるイノベーションというは、ごみを資源にするものでなければなりません。オーストラリアの工場でバイオ原油の抽出に成功し、原材料コストの半分を節約できることがわかったとしても、突如として経済上の議論が始まります。もし、ウエットスーツのリサイクルは可能だということをサーフブランドが証明できれば、私たちにとってこれほどうれしいことはないくらい、本当に追い求めていることなのです」と、ケイ氏は語ります。

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当初、2年計画でとして資金を集め、始められた「Wetsuits from Wetsuits(ウエットスーツから生まれたウエットスーツ)」は、2019年11月に終了することになっていますが、現実的に見ると、5年計画が妥当であり、大規模な支援が必要だとバンクス氏は言います。「この2年が終わる頃には、試作品のほか、ウエットスーツの試験担当者や研究室からの情報を開示し、”絶対にやれますよ、一緒にやりましょうよ”と言うはずです。私たちは、ウエットスーツ業界全体で見ると、本当に小さなブランドにすぎません。次のステップは、パートナー提携と共同作業であり、ウエットスーツ業界全体でリサイクルの機運を作り、仕入れ先にアプローチし、変化を起こすことです」。

フィニステーレ社は、このプログラムでは利益を上げていませんが、市場で発売された後は、買い求めてもらえるように働きかける必要があります。ケイ氏は、異常気象への対応が急務であるという関心は高まっているものの、ほとんどの人はサステナビリティに投資することはないだろうと言います。

「ここからが本当の挑戦となります。コンセプトを実証し、リサイクル素材のウエットスーツを評価した後初めて、経済性について検証し始めるのですから」。

ここまで来るのには、ケイ氏とバンクス氏が当初考えていたより時間がかかったようですが、2人ともこれからのことを考えると、興奮を抑えられない様子でした。

「大手ブランドが動き出すのを待つこともできましたが、私たちはそうしませんでした。これこそ、環境を守り、プラスの変化をもたらそうと、誠心誠意取り組んでいる証明になるはずです」と、バンクス氏は語ります。

サーフィンの楽しさは完璧さの飽くなき追求にあります。彼らはこのミッションにウエットスーツのようにピッタリだといえるでしょう。

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