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すべての始まりは金融から
ビジネスを創造して進化するオリックス
オリックス創立50周年 誕生を振り返る
2 「自分の足で立つ」
〜オリックスのDNA 故乾恒雄名誉会長の経営哲学 #1〜

設立時に感じた限界

「この会社に残る意志はありますか?私と一緒に新しい会社をつくりましょう」

三和銀行(当時)の取締役ニューヨーク支店長から転じ、オリックス(当時 オリエント・リース)の社長となった乾が社員一人一人に、告げた言葉です。

会社の成長のために、「どうやって社員にいきいきとがむしゃらに働いてもらうか」ということを考えていた乾。しかし、設立時のメンバーは株主各社から出向していた混成部隊。彼らを一つにまとめ上げることに限界を感じていました。

立派な会社にするための覚悟

「会社というものは自分の足で立つべきだ」
そう考えていた乾は、銀行の重役の座を捨てオリックスに転籍し、自らの退路を断ちました。
「オリックスを立派な会社にする」という思いを身をもって示したのです。株主会社に頼っていては成長などあり得ないと。

そして、設立翌年から新卒採用を開始し、6年目には株主会社からの出向社員をなくしたのです。

あらゆる面での自立

自立は、人事面だけにとどまりませんでした。
営業面においては、株主会社を経由しない事務機器リースに進出するなど、独自の営業網を開拓。
資金面においては、株主以外の都市・地方銀行や保険会社、共済連(農業資金)、さらには外国銀行からのインパクトローンまで広く調達先を開拓し、安定的な資金調達を実現しました。

そして、株式上場へ

そして、自立路線の仕上げともいえるのが、株式上場。

------「企業は特定の個人や団体のためにあるのではなく、社会のためにある。企業はパブリックな存在であるべきだ」というのが乾の考えでした。

乾が、上場に携わった宮内(現シニア・チェアマン)に与えた準備期間はわずか1年弱。
創業7年目にして、大証二部(当時)へ株式上場を果たしたのです。

各場面において相当な苦労を伴いましたが、このときの英断がなければ、オリックスは商社か銀行の傘下で、親会社の一リース部門として違う道を歩んでいたかもしれません。
このように、オリックスの基礎は、乾の志によって築かれたのです。

当時の上場広告

当時の上場初値

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