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すべての始まりは金融から
ビジネスを創造して進化するオリックス
オリックス創立50周年 誕生を振り返る
1 歓迎”オリエント・ソース”御一行様
〜リースとは何か?からのスタート〜

1964年、3商社5銀行によって設立

本社が入居していたビル

オリックス(当時 オリエント・リース)は、ちょうど50年前、東京オリンピックの開催された1964年の4月17日に、3商社5銀行によって設立されました。

1964年といえば、新幹線や首都高速が開通、1955年から始まった年平均10%以上の高度経済成長のまっただ中。ちなみに、この年に発売された電子式卓上計算機[CS−10A早川電機工業(現=シャープ)]は重さ25kg。価格は 53万5000円 と高価で企業にとって負担の大きい設備投資でした。

ソースやウイスキー会社に間違われた過去

当時、米国においてリース業は成長産業でした。日本でもオートメーション化が進むなか、株主会社である商社は、機械部門の販売強化につながると日本での将来性に注目していました。
設立時の社員は13人。集まった精鋭たちは、新しいビジネスの創造という挑戦を前に、活気づいていました。しかし、「リース」という概念は、日本ではほとんど認知されていませんでした。
社員旅行で訪れた旅館には「歓迎 “オリエント・ソース” 御一行様」・・・。ソースの会社に間違われたり、「オリエン・トリス」と、ウイスキーの会社に間違われたり・・・。

社内勉強会によってリースの知識を習得

オリックス社内でもリースを完全に理解しているのは、米国のリース会社で研修を受けてきた現シニア・チェアマンの宮内だけ。まず、社内勉強会から始めなければなりませんでした。

また、リースの概念が分かっても、日本人は“所有”することに大きな価値を見いだしていましたから、物を借りて“使用”するというリースに対する心理的な抵抗もまだ強かったようです。

リースという仕組みのPR活動からスタート

「鯨がとりたかったら……捕鯨船をお貸しします」
「リースは、いま話題の新しい経営戦略です」
「時代遅れの設備や機械は会社の恥です」

当時は、リース契約を獲得するためというより、リースの仕組みの浸透を図るためのPR活動がほとんどでした。50年前、オリックスはこのような状況でスタートを切ったのです。

当時の広告

当時の会社パンフレット

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